■日曜・月曜定休
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KASUGA Station (E07)

音楽のまわりには、いつも忘れられない瞬間が生まれます。時間や空間を超えて、人や作品、記憶がつながる出会いの瞬間を捉え、エッセイ形式でお届けする連載です。
長テーブルの上に散らばっているのは、ゴム製チューブやプラスチックの筒、紙切れ、つるっとした木の棒や空っぽのブリキ缶など。それらの材料に手を伸ばすのは、5歳くらいの子どもから、とっくに育ち切った子どもたちまで。雑多な素材から思い思いの楽器を作り出すために、手を動かしつづける。チェロ・ビエンナーレ・アムステルダムの会場の一角には、このような楽器作りワークショップの光景が広がり、自由な工作の場があった。
かねてより音楽祭を手伝ってみたかった私が2024年のチェロ・ビエンナーレ・アムステルダムにボランティアとして初めて関わった時、配属された先は「Build your own cello」と題した楽器づくりワークショップだった。
東京で子ども向けの工作ワークショップの手伝いをするのが大好きだった自分にとっては願ってもない機会だったが、不安はあった。オランダの教育シーンには関わったことがなかったし、オランダ語にもまったく自信がなかった。
ワークショップ当日。私を含めて3人のスタッフは、朝10時ごろからぱらぱらと集まり、会場の入口すぐの壁ぎわに作業用のテーブルを並べた。誰でもふらっと立ち寄れるように、開放的なホールの通路に、ワークショップのための空間が生まれた。
ワークショップを仕切るのは、オーストラリア出身のジェイコブ・プローイ(Jacob Plooi)さん。厚い丸メガネの奥で、瞳が無邪気に輝く。鮮やかな色のTシャツにデニムのつなぎを身につけた、少年がそのまま大きくなったような人だった。
真剣な面持ちでオリエンテーションに参加する私たちボランティアに、ジェイコブさんは「まずはみんなでつくってみようか」と言って、机の上に色とりどりの風船をばら撒いた。
まず、好きな色の風船をひとつ選ぶ。それから、風船のゴム口の部分を好きなようにハサミで切り取る。袋の部分は「くちびるに当てて、ブーっと鳴らしてみて!鳴らせた?」。間抜けな音が出て、まずはここでみんな笑ってしまう。決まり事はほとんどなくて、自由この上ないものだとも、すぐに知らされる。
次に、袋の部分はその辺に放っておいて、好みの色のビニールテープを使って、ゴム口の部分に3cmくらいのゴムチューブを接続する。チューブの口もテープで覆ったら、息を吹き込んでみる・・・すると、びっくりするほど大音量のブー!と鳴る楽器が完成した。
そうこうするうちに、通りがかりの親子が立ち止まって「作れますか?」と話しかけてくれる。何も言わずに机に着く子どもたちも。早速、さっき習ったばかりの風船楽器を一緒に作っていく。おばあちゃんと孫が一緒に参加してくれることもあった。
楽器づくりはうまくいったり、いかなかったり。上手に息を吹き入れて、ブー!と鳴らせたときの表情は、大人も子どもも変わらず、驚きの中に大きな喜びが現れていて、見ていて嬉しくなる。
隣のテーブルでは、ジェイコブさんが1台目の「かんたんチェロ」を作り始めた。
紙製のブックスタンドを2つ組み合わせて箱型のボディを作り、孔を開けて木製の棒を通して、棒の上下にわたって弦を一本でも張れるようにできたら、完成!とはいっても、素材を変えたり形を変えたり、ウクレレ型にしたり、琴のようにしたりと、アレンジは無限大だ。
大きさも形も、素材や弦の本数も違う楽器が、子どもや大人の参加者たちの手で、次々に生み出されて行った。ワークショップリーダーは、彼の作業台の前に群がる子どもたちの疑問やリクエストにひとつずつ答えていく。楽器やアイディアが違えば、答えも異なる。ひとつとして同じ楽器がないからこそ、毎回頭を捻る。
次第に、ジェイコブさんの前には行列ができていく。効率を考えたら、紋切り型のメソッドで対応してもいいだろう。でも、クリエイティブで前向きなジェイコブさんはそんな制限を許さないようだった。
ひっきりなしにやってくる参加者に対応する私たち。ランチタイムに差し入れされたサンドイッチを頬張る暇もなく、ドリルで穴を開けてあげたり、材料箱をひっくり返したりして、作者と一緒になって、それぞれのアイディアに合った部品や方法を、夢中で探しつづけた。
人の波が途絶えたとき、中東系の風貌をした初老の紳士がふらりと立ち寄ってくれた。フルートを吹くのだと言い、プラスチックに横穴をひとつ開けただけのものを手に取ると「ちょっといいかい?」と言って吹き始めた。
すると、驚くべきほどに雅やかな音色が・・・。後に聞いたところによると、彼は横笛のネイを演奏するプロの民族楽器演奏者だった。弘法筆を選ばず、もとい、笛を選ばず、なのだった。
紙箱をボディにしたかんたんチェロで、ドヴォルザークのチェロ協奏曲を弾く若手チェリストもいた。コンクール優勝者の手にかかると、手づくり楽器でも聴きごたえがある曲を演奏できるというわけだ。
スタッフである私たちも、空き時間で自分の楽器を作った。私が手がけたのは、使い古した木の絵の具箱をボディにした細長い”チェロ”風の楽器。チェロビエンナーレの音楽祭グッズである鉛筆を魂柱にし、2本だけ弦を張ってAとDに調弦した。テールピースは、ピアノの部品であるハンマーを1つ拝借して作った。
完成が嬉しくてジェイコブさんと一緒になって楽器を眺めていると、通りがかりの老夫婦が興味深そうに近寄ってきてくれた。男性が弾いてみたいというので、喜んでお貸しすると……私の楽器が出すかすかな音に耳を傾けながら、熱心に5分近く弾いてくれた。その瞬間は、涙が出そうになるくらい嬉しい時間だった。
さっきまで廃材だったものでも、楽器になれば用途が生まれる。そして、楽器を演奏する人がいるからこそ、楽器は音楽を奏で、ひとときの間、命を吹き込まれてまばゆく輝く。その魔法のような”変身”を目の当たりにする空間があった。
Text : 安田真子(Mako Yasuda)
弦楽器をこよなく愛する音楽ライター。2016年から2026年までオランダで活動。地域のイベントや市民オーケストラでチェロを弾いています。 http://makoyasuda.com/