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連載『心に響く、レジェンドからのメッセージ』

1984年から1993年まで、文京楽器が発行していた季刊誌Pygmalius(ピグマリウス)より、インタヴュー記事を復刻掲載します。当時、Pygmalius誌では古今東西のクラシック界の名演奏家に独占インタヴューを行っておりました。
レジェンドたちの時代を超えた普遍的な理念や音楽に対する思いなど、心に響くメッセージをどうぞお楽しみください。

第22回 堀 正文/ Masafumi Hori

引用元:季刊誌『Pygmalius』第10号 1985年7月1日発行
■堀 正文 プロフィール

5歳からヴァイオリンを始める。 京都市立堀川高等学校音楽科(現京都市立京都堀川音楽高等学校)を経て、フライブルク音楽大学に留学し、ウールリヒ・グレーリング(ドイツ語版)、ウォルフガング・マシュナーに師事する。在学中より、ハイデルベルク室内合奏団のソリストとして、ヨーロッパ各地への演奏旅行を行う。1973年、同大学を卒業と同時に同大学の講師となる。1974年、ダルムシュタット国立歌劇場管弦管弦楽団の第1コンサートマスターに就任する。同年、フランクフルト放送交響楽団とのヴィニャフスキ/ヴァイオリン協奏曲第1番を共演。
1979年、東京でNHK交響楽団とのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を共演したのを契機に、9月、NHK交響楽団にコンサートマスターとして入団。その後、長年、ソロ・コンサートマスターを務め、同楽団退団後、現在は同楽団の名誉コンサートマスターに就任している。N響での功績に対して有馬賞を受賞している。
1988年には、ヴァーツラフ・ノイマン指揮/チェコ・フィルハ-モニー管弦楽団日本ツアーのソリストとして共演するなど、海外の著名なオーケストラへの客演も行う。
演奏活動のかたわら、ジュネーヴ国際音楽コンクール、フォーバルスカラシップ・ストラディヴァリウス・コンクール、レオポルト・モーツァルト国際ヴァイオリン・コンクール、シュポア国際コンクール、仙台国際音楽コンクール、名古屋国際音楽コンクール、日本音楽コンクールなどの音楽コンクールの審査員を務め、また桐朋学園大学主任教授として後進の指導にあたる。

1. 健康な楽器がポイント

早速ですが、学生さんやアマチュアの方が楽器を選ぶ時に、何か気をつけて見るべきポイントというものがありますか。


 そうですね、やはりまず健康な楽器かどうかが大切ですね。傷などの少ない、なるべくオリジナルに近い状態が望ましいのですが、古い楽器だとそうもいかない場合もあるでしょうね。僕の場合は、ニスなども、出来るだけオリジナルのニスが残っている程に健康なものが欲しいと思いますね。


ー例えば、楽器を傷つけると修理せざるを得ないわけですね。


 そんな時は、傷のためにニスがはがれたり、もしくは部分的にはがさざるを得ないようなことが起こるわけでしょう。そこでニスも補修されたりするから、オリジナルではなくなる部分が出てくるわけです。


ーひどいものになると全部はがして塗り替えられたものもあるようですね。


 オリジナルのニスがほとんど残っているオールド楽器は、本当に少ないそうですね。でも音の面からいっても、オリジナルのままであればある程度、安定したよい音色が期待出来るでしょうね。


ーオールド楽器の修理法を聞いたことがあるんですが、傷ができた場合、板の裏側に薄い板を貼って補強したり、もっとひどいものは、そっくり一枚の薄板を貼りつけてしまうらしいですね。むこうではこういう楽器を”ベニヤ”と呼ぶらしいですけど、あの建材のベニヤを連想して、なるほどと妙に感心してしまったのですが(笑)

 そういうものは、音質も音量も落ちるでしょうね。


ーただ、健康であるという定義づけに一つコメントがあるのですが、1800年以前に作られたものは、まあ150年以上経っているわけですけど、こういう古いものになると、通例、無傷といわれているものでも、表板の柱が魂柱があたる部分にだけは、薄板を貼って補強してあるのが一般的ですね。この部分だけは、かなりの力がかかっているわけですから、柔らかな材料で作られている表板だけはいたしかたないようですね。…その他の点はいかがですか。

2. アーチのよいフラットな楽器

僕はフラットなのが好きですね。まあ、ひとくちにフラットと言っても色々あるでしょうけど、むこうでフラットな楽器というと、決して平らというわけじゃないんですよ。何というか、要するにアーチのよいフラットということでしょうね。


ーある程度の適度なふくらみがあって、こん柱もぐっときいているのが良い音に結びつく望ましい楽器ということになりそうですね。ところでフラットなものとふくらんでいるものとの決定的な違いはどんなところに出てくるのでしょうか。



ふくらんでいる楽器はね、例えば音色はあっても音量がないとか……音量は必要ですからね。そこで、フラットの方がとにかく音量は出ますから、その中から音色の好きなものを選べばよいと思います。…昔は、といっても170~180年位前ですけどね、その頃はどちらかといえば音量よりも音色中心という考え方だったろうと思いますね。

僕のイメージの中にあるフラットという意味の理想のフォームは、何といってもデルジェスですね。カローダス(1743年)とか、ヨアヒム(1737年)とかキング・オブ・ヨゼフ(1737年)などがみなそうですけども、アーチが理想的で音量、音色とも最高ですね。

 

 

3. 材料の密な弓を

ー弓についてはいかがですか。


 弓はね、何といっても材質じゃないかしら。スティックの材料が密なもの、これしかないんじゃないですか。


ー密であれば、強度や粘質、いわゆる”腰“のある弓という条件を満たすと…


そうだと思います。重さもそこそこであれば良いですし。


ー重さとバランスとの関係はどうでしょうか。


 良い弓というのは、大体、同じような位置にバランスの中心がきてますね。これは重さとは関係ないみたいですね。


ー子供の音楽教育についても、一言伺いたいのですが、やはり小さい時から始める方が良いですか。


 毎日の積み重ねでしょう、音楽は。だから、物心つくまでに習慣にしてしまった方が、良いでしょうね。「よく遊び、よく学べ」というのがありますけどね。本来、音楽は音を楽しむということで、playという言葉からみても遊び的な要素は必要だと思います。これはもちろんよく学ばないと出てこないものでしょうけど。


ー作曲家では誰が好きですか。


 う〜ん……やっぱり、モーツァルトかな……

 

ーモーツァルトが好きだという人は、よほど真面目な人か、よほど不真面目な人かの、どちらかだという人もいますが…

 
 ハハハ…どちらでしょう。お父さんのレオポルドね。バイオリンのボーイングの本を書いていますけど、これは素晴らしい本だと思いますよ。


ーお父さんは、バイオリンも弾いたんですね。


ええ、ザルツブルグの宮廷オーケストラのメンバーでね。家では子供たちに、バイオリンを教えたりもしていたらしいですね。


ー先生もドイツ留学が長くていらっしゃいますが、向こうの音楽系の学生さんと日本の学生さんとは違いますか。

 レッスンとかは、日本も進んでいますしね。ただ向こうでは、すぐ街へ出て習った曲やなんかを人前で弾くんですね。僕もよくやりましたね。お小遣いにもなるし(笑)


ー路上で弾いても、人前だから緊張はするでしょうね。


 ええ、いい意昧で、と っても良い経験になりますね。


ー日本でも、そういうことをやればいいのにといつも思うんですけどね。


 大賛成ですね。僕自身、やってみようかなと思うこともあるんですよ(笑) 


ーさいごにお好きなものを。


 美しいものと美味しいものは素晴らしいですね。すべて優しさが美しさに通じると思っています。