イギリス・ヴァイオリン製作の夜明け前
今回から数回に分けて、イギリスのヴァイオリン製作史をご紹介します。初回はヴァイオリン製作の夜明け前ともいえる16世紀から17世紀前半の時代についてです。
写真:“The British Violin” - British Violin Making Association, 2000, 15page "A fete at Bermondsey" by J.Hoefnagel, 1568/9 より一部引用
黎明期、ヴァイオリン製作以前
16世紀から17世紀初頭にかけては、
ヴィオールと呼ばれる弦楽器の製作が盛んでありました。代表的な製作家は、Jay、Smith、Bolles、Ross、Addison、Shaw、Aldredなどが挙げられますが、いずれの作品もデザインが画一的であり個性に乏しいものでした。しかし、この時代に作られた弦楽器は、イギリスの弦楽器製作史の原点を理解する上で、とても興味深いものです。
写真:ヴィオール属 (左から順にトレブル、アルト、テノール、バスヴィオール)
壊れやすいヴィオール
ヴィオールはヴァイオリンにくらべ華奢な構造の楽器であり、ほとんどが
乾燥した薄い木材で作られています。裏板は
フラットバック(隆起がなく平板な裏板)で作られたものが多いですが、これらは音量がさほど必要とされない時代に見合った設計でありました。その為、経年に伴う変化に耐えきれず、壊れてしまった作品も多いのです。
17世紀になるとフランスでは、演奏会でのより大きな音量を求めて裏板に
アーチ(隆起)を持つ
トレブルヴィオール(カントン)が発明されました。カントンは17世紀半ば頃にイギリスにも伝わり、アーチを持つヴィオールの製作が急速に広まりました。このアーチをもつ弦楽器の需要に伴って、イギリスのヴァイオリン製作者達も活動が盛んとなったのです。
一方で、現在も初期ヴィオール属の名残を有している弦楽器が存在します。それが
コントラバスです。
ヴィオールと同じく4度音程で、個体差はありますが、なで肩のフォルムやフラットバックの裏板で作られた楽器もあり、弦の数も4本から5本など、外見に多くの特徴を残しています。
写真:Jacob Stainer(ca.1617-1683,Absam) 作のバス・ヴィオール。シュタイナーはドイツ・スクールの始祖。イギリス初期のバイオリン製作家たちは、彼の影響を受けたモデルの作品が多い。このバス・ヴィオールは4弦であり、現在のコントラバスとほぼ同じ形状である。
貴族文化の終焉とバロック音楽の衰退に伴い、ヴィオール属は需要を失っていきます。イギリスでは他国よりも比較的長くヴィオール属の製作が続きましたが、17世紀後半になると本格的なヴァイオリン製作工房が誕生し、イギリスにおけるヴァイオリン製作の歴史が夜明けを迎えることになります。
次回は1650年頃から1700年にかけての、初期ブリティッシュ・スクールの歴史についてご紹介します。
文:窪田陽平