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第34回 オルタナティブな個性派チェロ・フェスティバル in Dublin

アイルランドのダブリンでは、2016年から「スパイク・チェロ・フェスティバル」という個性的なチェロのための音楽祭が開催されています。2022年2月11日から13日には、コロナ禍の余波の残る中、第5回目のフェスティバルが無事に開催され、他では聞けないオリジナリティあふれる演奏が繰り広げられました。開催時の様子の一部をレポ―トします。

ライトアップされた教会での演奏


同フェスティバル初日の夜、冷たい雨がちらつくダブリンの中心街から離れた教会Pepper Canisterに人々が集いました。お目当ては、オルタナティブな音楽を奏でるチェリストばかりが出演するスパイク・チェロ・フェスティバルのコンサートです。

会場となった教会の祭壇部分はステージに成り代わり、暗めの照明に浮かび上がるのは、舞台左右の巨大なスピーカーと祭壇奥の大きなスクリーン。ステンドグラスの美しい教会の外観からは想像のつかない様相のステージが用意されていました。

最初に演奏したのは、アドリアン・マントゥという地元アイルランドのチェリストでした。スモークとともに単独でステージに上がると、自ら多重録音したアイルランドの伝承音楽をもとにした作品や、エジプトの現代作曲家による作品やジョヴァンニ・ソッリマ「ラメンタチオ」、フラメンコ・ダンサーの映像とのコラボレーションなど、チェロ好きでもあまり耳にする機会のないユニークなプログラムを披露。技巧的なレベルの高さだけではなく、圧倒的な熱量で、ソロ・ステージを盛り上げました。

続いて、同フェスティバルのために結成されたチェロ6重奏が、教会の音響をフルに活用した、瞑想的なミニマル音楽の作品を演奏。曲の間じゅう、教会の天井や壁など全面にわたって海の底のような照明効果が施されており、音楽に合わせた色や動きで、観客を魅了しました。

注目の若手チェリスト・シンガーソングライターが登場


プログラムの最後には、近年注目を集めているアヤンナ・ウィッター・ジョンソンが登場。シンガーソングライターでチェリストのウィッター・ジョンソンは、チェロを立奏しながら紡ぐ歌声と独自のナンバーで、クラシックとR&Bをつなぐ稀な存在として人気を誇っています。ダブリンのステージでも、自身のルーツにあるジャマイカの音楽を取り入れた作品や、しっとりと歌いながらチェロの低音を伴奏にする部分、さらにパーカッションとしての使用など、個性が光るパフォーマンスを繰り広げました。
さらに、聴衆に「演奏曲のリクエストはありますか?」と質問したり、「このメロディを繰り返し歌ってくださいね」と呼び掛けて演奏に参加するよう招いたりと、フレンドリーで積極的。会場の観客の心をぐっとひきつけました。

終演後には、運営スタッフらから無料でワインがふるまわれました。聴きに来た人同士で話し込んだり、ミュージシャンに興奮冷めやらぬ様子で感想を伝えたりする人々で、会場は一気に賑やかになりました。教会というよりは、ほとんどライブハウスのようなオープンな雰囲気です。ダブリンの町中に多く見かけるパブのようでもありました。

同フェスティバルは、2016年にリオバ・ペトリエとマリー・バルネカットというダブリンのチェリスト2人によって創設されたのが始まりです。コンサートの幕が開かれる前、舞台挨拶に出てきた2人を、教会の長椅子に腰かけた観客が温かい拍手で迎えるようすからは、リピーターの地域の音楽ファンからの人気が伺えました。

他では聞けないようなオルタナティブな音楽を、海外からもチェリストを招聘して、フェスティバルとしてまとめて聞かせるこのイベントには、主催者たちのこだわりが溢れています。規模はさほど大きくないものの、その分観客と出演者やオーガナイザーの距離が近く、親しみやすい雰囲気のもと、音楽をサポートする人々の存在で支えられています。

2021年にはコロナ禍で開催できなかったため、今年の開催には特別な思い入れがあるようです。コンサートに参加した観客の表情からも、1年越しの喜びが見て取れました。

美術館を巡る「チェロ・トレイル」

フェスティバル2日目は、朝からは無料のオープンイベント「チェロ・トレイル」が開かれました。市内の公立の美術館やギャラリーの中庭や建物内のあちこちを使って、1時間弱のミニ・コンサートを開催するというものです。ダブリンのアートスポットを巡りながら、チェロ・ソロの演奏も楽しめる催しで、「チェリンスタレーション」(チェロ+インスタレーションの造語)という副題つきのミュージアムコンサートがそれぞれ異なる出演者によって開かれました。

午後14時半には、世界最古の現代美術館であるヒュー・レーン・アートギャラリーの展示室内で、チェリストのアキが「チェロ・アルペジオーネ・ダモーレ」という珍しい楽器のコンサートを行いました。チェロ・アルペジオーネ・ダモーレは、アルペジオーネに着想を経て作られた楽器で、共鳴弦を含めると24本の弦が張られており、ボディの形はチェロと同様です。

多数の弦を同時に弾くために、通常とは異なる緩さで毛を張った特別な弓や、ギターのように弾く奏法など、遠目ではチェロに見えても音色の異なる楽器で、演奏テクニック上では難易度が高いけれど、大きな可能性を秘めた楽器として印象深いステージを披露しました。

チェロにまつわるイベントして、演奏曲目だけではなく、楽器まで『オルタナティブ』なプログラムが用意されていたことに、チェロ・ファンとしてあまりに知らないことが多かったため、筆者は驚きをもってそれぞれのコンサートを鑑賞しました。
今年の音楽祭では、オンラインの演奏ワークショップやヨガ・チェロなどの珍しいイベントも開かれました。さらに、同フェスティバルの公式サイト上では、風土火水という4つのエレメントにまつわる即興の録音がプロジェクト「チェロの眩惑」として、公開されています。オーガナイザーの2人自身も、これらの演奏にチェリストとして参加しているところが特徴的です。

チェロの眩惑 https://www.spikecellofest.com/cello-daze

同フェスティバルでは、一人ひとりの演奏家が観客と距離の近いコンサートで、メインストリームの音楽にはないような、独自の世界観をおそれることなく共有しています。
今の時代において、自分たちは果たしてどのような音楽を必要としているのかを、音楽の聴き手として、今一度主体的に考え、感じるきっかけになるようなフェスティバルでした。


◆2020年開催時の映像

取材・文 安田真子
写真 Oleysa Zdorovetska