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第18回 イタリア再出発への願いを込めて鳴り響く若手オーケストラ in Ravenna

今夏、ご存じのようにコロナウィルスの影響で、世界各地で数多くのイベントがやむなく中止となりました。コンサートや音楽祭も例を漏れず、関係者や聴衆の落胆は図り知れません。
この状況の中、6月から7月にかけてイタリア・ラヴェンナでは『ラヴェンナフェスティバル』が開催方法やプログラムを変更したうえで開催されました。今回は、このフェスティバルの一環として7月23日に行われたとある個性的なオーケストラの公演についてレポートします。
(c) Luca Concas

4月の段階で開催を決定

ラヴェンナは5・6世紀のモザイク芸術で有名ですが、音楽好きにとっては、1990年から始まった『ラヴェンナフェスティバル』でも知られています。
同フェスティバルは例年6月から7月および11月に開かれ、コンサートを中心に舞台芸術に関するイベントが連日行われる規模の大きな催しです。その背景には、ラヴェンナ出身・在住で指揮者リッカルド・ムーティの妻であるクリスティーナ・ムーティの存在があります。今年からはクリスティーナ・ムーティは名誉総裁となり、フランコ・マソッティ、アンジェロ・二カストロの2人を芸術監督に迎え、クラシック、ジャズなどの著名アーティストが登場する多彩なプログラムが用意されました。

2月からコロナウィルスの影響が出はじめたことで、開催を見送るイベントが多数を占める中、同フェスティバルは4月中旬という早い段階で開催を決定一定数の観客を入れた上で、安全にコンサートを開くための対策が練られていました。

ラヴェンナのブランカレオーネ城塞の一角に特設された野外ステージ
 
具体的には、まず感染の危険が少ない屋外の空間を活用すること。幸運にも、ラヴェンナにはブランカレオーネ城塞という、フェスティバル創設時から使われている屋外ステージ向きの場所がありました。
ソーシャルディスタンスを確保するために、観客席の数を減らすことは避けられませんでした。さらに、「緊急事態で既に被害を受けている人々に負担をかけたくない」という考えのもと、チケットはほぼ形だけの価格にすることを決定。実際に10~15ユーロという破格でチケットが販売されました。
加えて、コンサートのライブ映像をストリーミングするための設備を整え、高画質・高音質で配信が行われたので、インターネット環境さえあれば誰でも無料で視聴することができるようになっていました。
同フェスティバルには多くのスポンサーがついていたからこそ、収益度外視のこれらの内容を実現できたのでしょう。今回のフェスティバルは、特殊な条件が揃ったからこそ実現されたものであることがうかがえます。

会場でのウィルス対策

演奏会の夜、城壁内へ入るときに体温チェック(37.5度以上は入場不可)と手指のアルコール消毒、マスクの着用確認が行われました。チケットは全席指定で、座席ブロックごとに入場する時間帯が分けられていたため、入場時の混雑は免れました。
その他の基本的なルールは、同一世帯の人以外とは最低1メートルの距離を取ること、握手やハグの禁止、移動時はマスクを着用すること、着席・退席時はスタッフの誘導を待つことなどでした。

15世紀に築かれた城塞の一角を活用した野外ステージには、独特の雰囲気が漂います。空が暗くなり、日中の暑さを忘れさせるようなひんやりした風が吹きはじめた頃、舞台にマスクを着けた音楽家たちが入場しはじめました。拍手の音がどこか新鮮に響きわたります。演奏家たちは席に着いてからマスクを取り外し、譜面台に引っ掛けていたので、演奏会の間じゅう、いくつものマスクが夜風にたなびいているのはどこか不思議な光景でした。

座席は全て指定席。同一世帯以外は2席空けて座る。 (写真は筆者撮影)

型破りなオーケストラの活気

舞台に上がった『オルケストラ・ノットゥルナ・クランデスティーナ(Orchestra Notturna Clandestina)』の始まりは、2012年に閉鎖されようとしていたローマのヴァッレ劇場の状況を見かねて、自発的にコンサートを開くために集まったメンバーでした。団体名をそのまま訳せば、夜行性アンダーグラウンド・オーケストラといったところ。劇場を存続させるために、いわば乗っ取って使用していたという経歴を持つ団体ですが、昨年はクイリナーレ宮殿(イタリア共和国大統領官邸)に招かれて演奏をするなどの活躍を見せています。

創設者で指揮者のエンリコ・メロッツィは、作曲家、チェリストとしても活動しています。少年時代にA面にモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》、B面にロックバンドのニルヴァーナを録音したテープを流して学校の廊下を巡っていたというメロッツィのジャンルの枠を限定せずに音楽に向き合う姿勢は、同オーケストラのレパートリーの幅広さや、アフリカ民族楽器の演奏家やイタリアの若手ラッパー、ポップスの歌手たちとも積極的に共演を重ねてきたことに表れています。

同オーケストラには、マンドリンがあったり、『通奏低音の代わり』のピアノがあったりと通常のオーケストラとは編成が異なります。どの曲も全員で演奏できるように、メロッツィらがオーケストレーションを施して楽譜を用意するのだそうです。

モーツァルトの交響曲第25番第1楽章、イドメネオ序曲では、目が覚めるような溌溂とした響きと、弾むように早く生命力にあふれるテンポで走り抜けるように、新鮮に聴かせてくれました。
モーツァルトに続いて、同オーケストラ首席チェリストでもあるレイラ・シルヴァーニを独奏に迎え、ペルシア民謡をもとにメロッツィが作曲した『ペルシアのテーマのハーモニー』、マヌエル・デ・ファリャ『火祭りの踊り』、ジャコモ・プッチーニのオペラ《トスカ》より『歌に生き、愛に生き』、ジョアキーノ・ロッシーニのオペラ《セビリアの理髪師》より『今の歌声は』といった曲を披露。チェロの歌声とオーケストラの一体感を存分に味わいました。
さらに、同オーケストラの誕生時にも深く関わり、共演を続けているチェリストのジョヴァンニ・ソッリマが舞台に登場し、自身の作品『イジウル』、『アリア』を同オーケストラの伴奏で披露。オーケストラに溶け込み、しなやかさを引き出すような魅力ある独奏に会場が沸きました。
続けて、ソッリマ、シルヴァーニのソロでメロッツィがベルリンの壁崩壊後25周年記念に際して書いた『ザ・サウンド・オブ・ザ・フォーリング・ウォールズ』を演奏。破壊の後の「再生」を希求するような、メッセージ性の高い作品です。カデンツァの途中、ソッリマが立ち上がってシルヴァーニに近づいたとき、ソーシャルディスタンスが守れないためか律義にマスクを着けなおす場面があり、聴衆の笑いを誘いました。
締めくくりはロックの名曲・ニルヴァーナ『スメルズ・ライク・ティーン・スピリット』。思わず体でリズムをとりたくなるような躍動感で聴衆の心をつかみ、聴衆の熱を上げていくようすは感動的です。
どの曲でも、演奏中のプレーヤーたちの表情がとても豊かでのびのびしていて、それが音楽にそのまま現れていることがとても印象的でした。観客はスタンディングオベーションで応え、歓声が上がります。

その一方で、現在音楽家だけではなく多くの人々が置かれている厳しい状況も見逃せません。演奏会の最中に、メロッツィがマイクをとってこう語ったことが印象的でした。
「劇場は『危険』な場所だから封鎖すると言われ、イタリアでは長い間、コンサートが開かれませんでした。その数か月の間に、たくさんの音楽家が生命を絶ったんです。とても有名な人が2人、他にも数多くの音楽家が……。私たち音楽家にとって、音楽をできないというのは、栄養を摂れないのと同じことなんです」
メロッツィが言う有名な2人の音楽家とは、エンニオ・モリコーネエツィオ・ボッソのことを指します。彼ら2人以外にも、実際に生命自体は絶たれていなくても、演奏の場所を失い、声を上げることもなく音楽家としての道を閉ざされ、希望を失った多くの音楽家の姿が浮かび上がってくるようで、文化事業への支援が後回しになっているという事態の深刻さが思い起こされました。

聴き手のエネルギーが栄養

チェロ首席とソロを務め、心に訴えかけるようなチェロの歌声で聴衆を魅了したレイラ・シルヴァーニは、コロナウィルスの影響が出てからの数か月を振り返ってこう語ります。
「今回のロックダウンは、私たちにとってどれほど聴衆が重要なのか、人々からすぐに反応が返ってくることがどれほど本当に表現するために重要なのかを教えてくれました。
私たちは聴き手のエネルギーを栄養にしていて、受け取るものが大きいほど、向こうに返すことができるのです。卓球のようだと言えるかもしれません。コンピューターの画面を通すと、この魔法は使えなくなってしまうのです!」

同オーケストラには特別な思い入れがあります。
「このオーケストラは私の目の前で誕生しました。私自身、創設者の一人です。最高の音楽家であることに加えて、他のオーケストラと異なるのは、本当にモチベーションが高いこと。いつでも100パーセントの力を出し切る。彼らと演奏すると、信じられないような力をもらえます」
同オーケストラの創設にもかかわったレイラ・シルヴァーニ(画面左手)

今回のプログラムでは、歌曲の独唱パートをチェロで担当しました。
「いくつかの言語では、チェロを『演奏する』と言わず、『歌う』と言うのですよ。実際、チェロは私の声なので、非常に適した言葉だと思っています。歌曲を演奏するときはとても自然に弾けますし、私のこの楽器で演奏すると本当に人間の声に近づけるのです」

現在、シルヴァーニは同オーケストラとチェロを主役にしたCDアルバムを準備している最中とのこと。ピアニストで実妹であるサラ・シルヴァーニと組んでいるデュオの新しいプロジェクトもあります。また、子どもたちと演奏することもとても好きなので、野外での教育活動の再開を計画中だということです。

音楽の力を糧に再出発

精神的にも経済的にも大きな打撃を受け、まるで戦後のような状況だとも言われるイタリアですが、現地にはもう明るさを取り戻し、前を向いて先へ進み始めている人々がいます。生き生きとした演奏をする同オーケストラが演奏を再開することは、イタリア再出発への希望のシンボルのように見えてきます。
一方で、このラヴェンナフェスティバルは無事に開催されましたが、世界的に見れば、開催を中止するという判断が必要な場所やイベントがまだ多数を占めることが容易に想像されます。再出発の道のりは険しくても、音楽が与えてくれる大きなエネルギーを心の糧に、一人ひとりが安心して暮らせる場所が増えるよう、まずは自分ができることから着実に続けていこうと感じさせるできごとでした。


◎同公演の一部や、同フェスティバルの他公演の映像は以下で視聴できます。

・オルケストラ・ノットゥルナ・クランデスティーナ 公式フェイスブックページ
モーツァルト 交響曲25番第1楽章
https://www.facebook.com/watch/?v=286075169323192

メロッツィ『ザ・サウンド・オブ・ザ・フォーリング・ウォールズ』
https://www.facebook.com/RavennaFestivalOfficial/videos/744162059729820/

ニルヴァーナ『スメルズ・ライク・ティーン・スピリット』
https://www.facebook.com/sollimamusic/videos/1265520410462679/

・ラヴェンナフェスティバル 公式ストリーミング映像ページ
https://www.ravennafestival.live/archivio/
写真 (c)Luca Concas (筆者撮影の1点を除く) 

取材・文/安田真子