文京楽器工房長の岡本です。ストラディヴァリは生涯をかけてf字孔についてのその位置、大きさ、傾きなど、数多くの試みを行ったと言われています。それはヴァイオリンのスクロール、フォーム、隆起、ニスと同様に、彼が求めた理想に辿りつくための探究心の結果といえるでしょう。ここではエフ字孔と振動の関係性や、製作地による特徴の違いについて語ってみたいと思います。
響きのよいポジション
f(エフ)字孔の位置は、上図にみられるように、現代では過去の巨匠たちの楽器から帰納される寸法に基づいて決定されています。胴長を355mmとすると、f字孔の中央部の切れ込みまでは195mmとなります。これは、両方のf字孔の切れ込みを結ぶ線で表板を二分すると、表板の上部と下部でその重量がほぼ同じになる設計です。上部と下部の振動比を一定にするための条件といえます。
実際に巨匠たちは表板をたたいて最も響の良い点としてこの場所を決めていたようです。ストラディヴァリはまずf字孔の上下の円を決定し、図のようなテンプレートを用い、その傾斜を少しずつ変えながら様々なバリエーションを創造していきました。
音の振動を左右する
左右のf字孔の間のエリアは、音の振動を表板に伝えるための決定的な要因になっていると言われています。このエリアが広過ぎると振動がその部分から表板全体に伝わらず、音質も弱く浅いものとなり、パワーと輝きを失ってしまいます。逆にf字孔を狭めると、振動は中央部で締め付けられるだけで、音は高音域に寄ってしまうし、低音域が貧相な音質になってしまうのです。
ドイツ流とイタリア流
このようにして位置決めをされたf字孔は、表板の外側と内側のカーブを削り終えた後でカットするドイツ流と、外側の隆起をある程度完成させるものの、内側は大雑把に削っただけでf字孔をカットしていくイタリア流の二通りが存在します。後者では、f字孔を削った後でも表板の厚さを調整でき、f字孔と隆起のバランスをとることができます。
また、表板を水平においた状態で削りナイフを垂直に降ろすドイツ流では、表板の曲面に対し斜めになるので厚ぼったく仕上がる傾向にありますが、表板の曲面に対して直角になるようナイフを入れていくイタリア流では、表板の美しい隆起と表板の厚さに合わせた仕上がりとなり、製作者、国、メーカーの美意識の違いを見て取ることができます。
参考文献:季刊ピグマリウス 第25号, 1989.4.1, 文京楽器製造株式会社発行, 6ページ