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バイオリン商 デビッド・ローリーの回想録
第11話 謎の名器・その1


私がパリに滞在していたある日、ガン氏が「都合の良い日に付き合ってもらえまいか?」と頼みに来た。彼が言うには、一緒に「ある家」に出かけて行って、ヴァイオリンの鑑定をして欲しいというわけである。

我々は、翌日の午前11時におちあうことに決めた。その日、馬車に乗って目的地へ向かうあいだも、ガン氏は事の詳細を説明しなかったことを詫びながらも、なぜか話題を他へそらそうとしていた。

ずい分と走った後、馬車はある何階建かの家の前に停った。

我々は二階の、ある家の一部屋に入った。そこには背の高い、中年の紳士が礼儀正しく立っていて、二人を丁重に招き入れた。数分後、部屋から出て行った紳士は、すぐにヴァイオリンのダブルケースを携えて戻ってきた。ケースを開けると、ヴァイオリンは一丁しか入っていなかった。

彼はそのヴァイオリンを取り出して私に手渡し、「このヴァイオリンについて、あなたの意見を聞かせて下さい」と言った。私はヴァイオリンを持って窓の所へ行き、腰をかけて注意深く調べた。その間、二人の紳士は部屋の離れた所で語り合っていた。

そのヴァイオリンは”つくり”がとても良く、非常に美しいものだった。しかも保存状態も良く、光沢のある赤みがかったニスで充分に覆われていた。表板は心持ち高いふくらみをして、象眼は普通より少し縁に近いようだった。木質は精選された極上のもので、f字孔も完全な出来であった。しかも音質は壮麗の一語につきた。
そのヴァイオリンのあらゆる点について詳細に調べた後、私はかつてこれほどのヴァイオリンを見たことがあったかどうかを思い出そうと、非常に長い時間を費やした。私は二人の紳士に、こんなにお待たせして申し訳ないと言わなければならないかと思っていたところ、持ち主の紳士は、「こんなに丁寧に調べて項いて感謝しています」と逆にお礼の言葉を述べた。

たっぷりと半時の後、作者が誰であるか決断しかねた私は、ようやくしぶしぶ立ち上がった。その楽器がイタリア製だということはまちがいなかったし、又、その作者が沢山の傑作を手掛けているだろうことも議論の余地がなかった。それでは、この他の逸品はいったい何処に埋もれているのだろうか?又、この偉大な作者は、どこの誰なのだろうか?

私にはこの疑問を解くことが出来なかった。
私は、黙ってヴァイオリンをガン氏に手渡すしかなかった。ガン氏が、「製作者は誰?」と聞いたが、私はただ首を横に振っただけだった。さらに、「同じ作者の他の楽器、あるいは全体的に特徴の似ているものを、かつて見たことがあるか?」と聞いてきたが、私は、「一度もないですね」と答えるしかなかった。

彼の説によると、「このヴァイオリンはストラディヴァリの奇作か、あるいはストラディヴァリの弟子の一人が作った楽器を彼自身が改造したものではないかと思う」という。しかし私は、「それはちがいます」とはっきり彼に反論した。

このヴァイオリンを見る限り、何の修正も必要としない見事な出来栄えです。それにストラディヴァリとのフォームの相違点が、この作者の独自の芸術的精神を示していると考えます。なぜならこのヴァイオリンは一つの芸術品であって、決して模造品の類ではありませんから。


私の言葉は、このヴァイオリンに対してたいへんな賛辞を送ったことになるのだが、所有者に対しては反対の効果を与えてしまったようであった。私は大変驚き、かつあわててしまった。彼はすっかり気落ちしてしまったのである。

その様子から察するに、ガン氏と紳士の父親が、彼にそのヴァイオリンをストラディヴァリだと信じさせていたのだろう、ということがわかった。勿論、私にはこの問題が彼にとって如何に重大なことであったかは知る由もなかった。

第12話 〜謎の名器・その2〜へつづく