弦楽器メルマガ
BG Newsletters 配信中!
BG Newsletters に登録する登録する

日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays

10:30~18:30

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

若手クァルテットがオンラインで届ける現代曲

オランダの劇場など、文化セクターにもコロナウィルスの影響が及ぶようになってから、今月半ばでちょうど1年が経ちました。
世界的にオーケストラや室内楽を中心に無観客コンサートのストリーミング配信がすっかり定着し、SNSなどで積極的に発信するソリストを始めとする音楽家の姿も数多く見受けられるようになったことはご存じのとおりです。
読者の中にも、演奏を録音・録画して配信したり、リモート・アンサンブルの企画に参加したり、パソコン上で音楽鑑賞をしたりするスタイルが定着してきたという方が多いのではないでしょうか。

オランダでも音楽のオンライン化が定着する一方、日常生活では長引く自粛生活に相当な疲れを感じているという声がしばしば聞こえてきます。先が見えない日々に、経済的ならびに精神的なダメージを受けている業界が多いのが現状です。

そのような状況下、アムステルダムを拠点とする若手の弦楽四重奏団『アダム・クァルテット』が勢いも新たに自主企画をスタートさせました。その名も『アダム作曲家クラブ』。
2月の初め、フェイスブックのアーティストページで以下のような内容を投稿し、次世代を担う若い作曲家に向けて、広く参加を呼びかけたのです。

『実際に演奏を聞いてみたい新曲はありますか? 譜面をメールで送ってもらえれば、私たちアダム・クァルテットがリハーサルをして、録音します!』

詳細を見ると、弦楽四重奏で演奏できる2分間の新作(もしくは曲の抜粋)なら、ジャンル不問で受けつける……と書かれています。
この企画は、若い作曲家にとっては自作曲をクァルテットの演奏で聞くためのまたとないチャンスですし、聴衆にとっては、視聴しやすい短時間の映像を通して、現代の若手作曲家の新作に出会える機会になります。

主催のアダム・クァルテットのメンバーに、同プロジェクトについて話を聞きました。

ロックダウンを有意義に乗り越えるための目標

プロジェクトが誕生した日のことを、アダム・クァルテットのメンバーでヴァイオリン奏者のハンネロル・デ・フイストはこう語ります。

「2月の初め、リハーサルの最中のことでした。ロックダウンはもう始まっていて、この先1か月の公演もキャンセルが決まっていました。
政府の発表を聞いた後、私たちはすぐにテーブルを囲み、『このロックダウンを意義のある目標を持って過ごすために、どのようなプロジェクトができるか』を話し合いました。そして、1時間ほどのブレインストーミングの結果、この『作曲家クラブ』のアイディアが生まれたというわけです」


『アダム作曲家クラブ』第1弾の映像では、GIJS IDEMA作曲『Shifting Perspective』を演奏

アムステルダムの作曲家の新作を続々初演

現在までに、アダム・クァルテットは合計3作品を初演し、映像を公開しました。応募作品は先着順で録音・映像化されていきます。この先もいくつか計画が決まっているそうです。

メールで応募された現代曲を演奏するにあたって、どのような手順を踏んで初演に至るのかをアダム・クァルテットに聞きました。

「まず、メンバーが一緒にスコアを眺めて、リハーサルを始める所からスタートします。楽譜を読み通して、作曲家に質問したいことをリストにまとめます。今のところ、私たちは同じアムステルダムに住んでいる作曲家と仕事をしているので、次のステップでは作曲家をリハーサル・スタジオに招待して、練習を直接見てもらいます。
リハーサル中、私たちは作曲家から質問に対する答えをもらい、作曲家は私たちの演奏を聴いた後、必要なフィードバックをくれます。
通常は、音やダイナミクス、アーティキュレーションについて調整していきます。作曲家自身がスコアに小さな変更をしたいことに気づく場合が多いですね。この段階において、私たちはとても役に立っていると感じられます。作曲したものを本物の楽器で初めて聴くことは、作曲において重要な部分なのです。
とりわけ現在のような困難な時代において、若い音楽家に与えられるものは多くないので、若い作曲家にこのような経験を与えられることに、私たちは大きな喜びを感じています。

新しく入った情報をもとに、録音しても良い段階になるまで、曲のリハーサルを続けます。
レコーディングには、作曲家に同席してもらうよう頼みます。最終的なコメントをもらった後で、私たちの録音・映像エンジニアのイアン・デ・ヨングの助けを借りて、録音作業を始める……という流れです」


同プロジェクト第2弾のGEERTEN FELLER作曲『A La Deriva』

第2弾として2月21日に公開された『A La Deriva』の映像には、昨年の秋から再開されたロックダウンの最中に書かれた作品だという説明が書きそえられています。曲のタイトルは、『行くあてなく彷徨う』という意味を持ちます。
コロナ禍で何度も繰り返すルールの緩和と厳格化に惑わされ、不安定になる心の状態を、音楽で表現する作品だといえるのではないでしょうか。

よりクリエイティブで実業家的になるための契機

アダム・クァルテットのメンバーは、いずれもアムステルダム音楽院を卒業した20代の若手です。本格的に活動を開始したのは1年半ほど前なので、クァルテットとしてのキャリアを歩み始めたばかりのタイミングで、コロナ禍の影響をもろに受けたことになります。
同プロジェクトには、コロナ禍で演奏者と同様に困難な状況に直面している次世代の若手作曲家と力を合わせ、音楽活動を止めることなく発展させていきたいという思いが込められています。

「昨年は、若くて発展中である私たちのクァルテットにとって、呪いでもあり、幸運でもあった1年でした。コロナの状況は、私たちの距離を確実に縮めてくれました。今までとは違って時間ができましたし、一緒に練習してレパートリーを築くだけではなく、友人としても大切な瞬間を過ごせました。この期間に訪れた試練は、私たちをよりクリエイティブに、より起業家的になるように背中を押してくれたのです。
そのようなポジティブな発展とは裏腹に、がっかりさせられることは何度もありました。何週間も準備をしたプロジェクトが直前に中止になるのが、最近の傾向のようです。この先の数か月について、希望を持ちつづけて楽観的になるのが難しい時もありますが、音楽家としてお互いに励ましあって、誇りを持ち、新しい可能性を探っていくのが大切だと私たちは考えています。
『コロナはこの世代を止められない』というタグ(#)を付けて、文化的な世界に向けて、私たちの闘志をシェアしたいのです」


第3弾の映像 BAS VAN YPERENによる作品『Strijkkwartet 1』
なお、『アダム作曲家クラブ』では現在でも新作の応募を受けつけています。日本の作曲家の参加も歓迎とのことなので、アダム・クァルテットに演奏してほしい自作曲があれば、ぜひ応募してみてください。

同プロジェクトの映像を観ていると、次世代の音楽家たちが今の状況をどう感じ、音楽に昇華しようと試みているかが伝わってきます。本来なら形に残らない思いや感情が演奏映像として残されるということに価値を感じます。同じ時代に生きる私たちが共有する思いを受け止めてくれるだけではなく、いつか振り返って見た時にとても貴重な記録となるのではないでしょうか。

同プロジェクトの今後の展開や、アダム・クァルテットの活躍にも注目していきたいですね。

◆アダム・クァルテットのフェイスブック上の公式ページ
https://www.facebook.com/ADAM-Quartet-747041408992471


取材・文 安田真子