弦楽器メルマガ
BG Newsletters 配信中!
BG Newsletters に登録する登録する

日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays

10:30~18:30

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

写真:水上に建つ現代的なコンサート会場『ムジークヘボウ』全体がビエンナーレの舞台として活用された

オランダでは二年に一度、チェロのための音楽祭『チェロ・ビエンナーレ・アムステルダム』が開かれます。7回目の同ビエンナーレは2018年10月18日から27日にかけて開催され、国内外から50名以上のソリスト、そしてオランダ、ベルギーのオーケストラや世界10都市の音大生らがアムステルダムの音楽ホール『ムジークヘボウ』に集い、演奏を繰り広げました。


■ 朝から晩までチェロが鳴り響く10日間

プログラムには、コンサートやマスタークラスなどのチェロにまつわるイベントが朝9時から真夜中までびっしりと詰め込まれていました。その気になれば、1日に多くて8つのイベントを楽しめるというチェロ好きにとっては夢のような音楽祭です。

ビエンナーレ期間中、会場は参加者で賑わい、のべ3万1千人の動員数を記録しました。聴き手の多くはオランダ国内のリピーターですが、国外からこのためにオランダを訪れる熱心なチェロ愛好家も少なくありません。目玉公演のチケットは開催の数か月前から完売し、キャンセル待ちも締め切られるほどの人気です。


■ 発見のある斬新なプログラム

ビエンナーレでは、普段私たちが聴き慣れている音楽とは一味違うチェロの世界を楽しむことができます。多くの聴衆を引きつける理由は、今注目されているチェロ奏者が数多く登場すること、そしてここでしか聞けないような魅力的なプログラムが組まれていることがあげられます。

プログラム作りに関わる芸術監督のマーテン・モスタートもプロのチェリストで、出演者と共に演奏者の目線でコミュニケーションをとり、アイディアを出し合って作り上げているところに、独自性のある企画の秘密が隠されているようです。


写真:
ソリストとしてロシアの新鋭アナスタシア・コベキーナ(左)とイタリアの演奏家で作曲家でもあるジョヴァンニ・ソッリマを迎え、オランダ・フィルハーモニー交響楽団がソッリマの作品『Antidotum Tarantulae XXI, Concerto for two cellos and orchestra』を熱演


ビエンナーレのプログラムは、朝のバッハ無伴奏チェロ組曲各番に始まり、マスタークラスや午後の一時間程度のコンサート、そして夕方の目玉公演を経て、深夜のライブ「CELLO FEST」で締めくくられます。

曲目を見ると、バッハ、シューマン、ベートーヴェンなどのソナタや協奏曲というチェリストにとって王道のレパートリーはもちろん、ジュリア・ウルフらの合計13人もの現代音楽の作曲家による委嘱作品の世界初演や、コルンゴルトのチェロ協奏曲などあまり知られていない名曲が目を引きます。

それに加えてチェロの登場するロック、ジャズやシンガーソングライター、民族音楽や古楽の演奏もメインプログラムの一部として取り入れられており、定着した人気を誇っています。これほど幅広いジャンルにわたるチェロの音楽を短期間で聞ける機会は滅多にありません。

前半は現代音楽、後半はエルガーやドヴォルザークのチェロ協奏曲などの定番のレパートリーといった組み合わせのコンサートが多いことも特徴です。現代曲を聴き慣れない人にとってもチェロという取っ掛かりがあるので親しみやすく魅力的な作品も多いため、『聴かず嫌い』が治ったという声もありました。

幅広い層の音楽ファンを取り込む間口の広さに加え、気軽に参加できる機会の多さも魅力です。1時間程度の休憩のないコンサートのチケットは17ユーロ(日本円で2千円程度)という手頃な価格で、世界10都市から招かれた学生と教授のコンサートは無料で誰でも気軽に参加することができました。


■ 聴衆やチェリスト同士が出会う場所

このビエンナーレでは、曲ごとに異なるチェリストが舞台に登場することが珍しくありません。一回の演奏会でミッシャ・マイスキーとジョヴァンニ・ソッリマといった有名チェリストの演奏が数曲ずつ聴けるという贅沢なコンサートも開かれました。シェク・カネー=メイソンやジャン・ギアン=ケラスなどの人気チェリストも参加し、ビエンナーレを盛り上げました。

写真:ハーグ・レジデンティ管弦楽団とキアン・ソルタニによるエルガーのチェロ協奏曲は、オーケストラと溶け合う音色や高度なアンサンブルで聴衆を魅了 © Melle Meivoge


卓越した表現力と技術のあるプレーヤーの演奏に、聴衆は惜しみない拍手とスタンディングオーベーションで応えました。アントワープ交響楽団とアルバン・ゲルハルトによるブレット・ディーンの新作であるチェロ協奏曲は、生命力に溢れ、シャープに描き出された名演でした。アルメニア共和国の首都エレバン2800周年記念日にちょうどあたる日に、ナレク・アフナジャリャンが故郷の作曲家ハチャトゥリヤンの『チェロと管弦楽のためのコンチェルト・ラプソディ』をアムステルダム音楽院オーケストラと熱演したステージも印象的でした。

ホールの客席を見渡すと、他の演奏会に出ていたチェリストの顔が見受けられることがしばしばありました。ビエンナーレはチェリストがお互いの演奏を聴き合い、交流する場になっているようです。ニコラス・アルトシュテッドいわく、その雰囲気は「決して競争にはならず、大きなパーティのよう」なのだとか。チェリストと一口に言っても、演奏スタイルや音色、レパートリーが異なるため、出演者それぞれの個性や魅力がより際立って見えるようです。

写真:弓は人の歌声のような音を出せる可能性を秘めています。17世紀の弓使いには今よりもずっと豊かなテクニックがありました」とマスタークラスでサヴァールは指導

今回、レジデンス・アーティストとして注目を集めたのは、スペイン・カタルーニャの古楽の大家ジョルディ・サヴァールと、イタリアのチェリストで作曲家のジョヴァンニ・ソッリマでした。

元チェリストで現在はヴィオラ・ダ・ガンバ奏者であるサヴァールは、古楽アンサンブル「エスペリオンXXI」の演奏のほか、マスタークラスでの指導も行いました。



写真:ビエンナーレで活躍したソリストや共演者が一堂に会する最終日の『チェロ・クーペ』の舞台 © Melle Meivogel

ソッリマは、バロック音楽や自らが作曲や編曲を手がけた作品を中心に八面六臂の活躍。その中でもバロック・アンサンブル団体『ホーランド・バロック』との共演では、ジョヴァンニ・バッティスタ・コスタンツィとバッハの作品にそれぞれ着想を得た新作を2曲披露しました。チェロ六重奏『Reflecting Costanzi(3 danze)』、バッハのブランデンブルク協奏曲に続けて演奏された『The missing Adagio』では、各楽器トップのソロとトゥッティの重厚な響きが交互に現れて対照をなす部分が鮮やかな傑作を披露しました。
また聞きたいと思わせるような新作がビエンナーレ中に数多く誕生したのは、今後のチェロ界にとって素晴らしいことだと感じます。


■ 楽器の展示販売・試奏会も充実

会場内では楽器や弓も展示販売され、プロ奏者による試奏会が2度行われました。オランダ、ドイツ、フランスなどの製作者による8台のチェロを弾き比べたのは、イギリスのチェリスト、コリン・カー。試奏には、どの楽器にも均等に時間を使い、同じフレーズを弾いて高中低の音域を聴くという形式がとられました。

楽器の特質はもちろん、駒のタイプにも注目したいとカーは力説。ベルギー駒は音が遠くへ飛び、フレンチ駒は深く広がる暗めの音が出る傾向があることを意識したうえで選んでみてはと提案しました。


写真:
ストラディヴァリ『バルヤンスキー』を手にするコリン・カー。写真左手は愛器ゴフリラー © Ronald Knapp


ウルフトーンについては、頬をわずかに弦に当てるなどして体と接触させると「ウルフを止められるうえに、音楽に没頭しているように見えるでしょう」と言って聴衆を笑わせました。

よく『バランスの取れた楽器』と誉めることがありますが、いろいろと違う音色を併せ持つ楽器も面白いのではないかと私は思います。楽器はまるで人間のようで、第一印象は良くても、深く知っていくうちにおかしな面が見えてくることがありますね」とも語りました。

その他、アンドレアス・ポスト氏によってストラディヴァリのチェロ『バルヤンスキー』が会場に展示され、試奏会も特別に開かれました。

ストラディヴァリのチェロにはおおまかに分けて2つのモデルがあり、大型のパターンと比べるとこちらのチェロは2センチほど小さいものの、後期の別モデルのストラディヴァリウスとは全く異なる音質を持つ楽器なのだそうです。

名前の通り、過去にロシアのアレキサンダー・バルヤンスキーによって使用されていた楽器で、このチェロでディーリアスの協奏曲が初演されました。また、エルネスト・ブロッホのヘブライ狂詩曲『シェロモ』はバルヤンスキーの妻による彫刻作品に着想を得て書かれたといわれています。それにちなんで、試奏会ではマット・ハイモヴィッツやコリン・カーらによって『シェロモ』の一部分が演奏されました。『バルヤンスキー』とそれぞれの使用楽器(3台のゴフリラー)が交互に演奏され、ストラディヴァリは特有のA線の甘い音色を、ゴフリラーは深みのある音を小ホールに響き渡らせました。



チェロ・ビエンナーレ・アムステルダムは、チェロに情熱を注ぐ人々が集まって成果を見せあい、刺激を与えあう場所であることを考えると、水上に建つ音楽ホールの賑わいがひとつの海港のように見えてきます。

時代に伴って変化していくチェロの音楽。その最先端を描き出すビエンナーレは、2年後にどのような景色を見せてくれるのでしょうか。今から楽しみです。




CELLO BIENNALE AMSTERDAM 公式WEBサイト
https://www.cellobiennale.nl/en/cello-biennale-2018-2/
取材・文/安田真子

プロフィール:オランダ在住。音楽ライター、チェロ弾き