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第47回 アカデミーから広がる音楽家と支援者の輪 in Kronberg【後編】

前回に引き続き、世界の際立った才能を持つ若手演奏家たちが学ぶドイツのクロンベルク・アカデミーに焦点を当てます。

創立から30年の節目を迎えたアカデミー。5月の室内楽フェスティバル「Chamber Music Connects the World」に出演した同アカデミーの卒業生や、パトロン制度を通して彼らを見守りつづける人々は今、何を感じているのでしょうか。


世代の近い個性豊かな共演者たち

3日間で6曲もの演奏に加わったヴァイオリニストの毛利文香さんは、2021年に同アカデミーを卒業した後も、音楽祭やジュニアの指導プログラムなどに携わっています。

「時期は違っても同じアカデミーで勉強し、クロンベルクという小さな町を知っている人たちと弾くのは特別だと思います。

クロンベルクの卒業生はとても個性豊かなので、一緒に弾いていて刺激やインスピレーションをもらいました。初めて会う人もいましたが、音楽も人柄も素晴らしくて、数日に凝縮されたリハーサルから本番にかけての時間も楽しかったです。


以前はこの音楽祭にイッサーリスなどのスターが来ていましたが、私たちのことを同じアーティストとして接してくれて、先生と生徒という雰囲気ではなかったのですが、こちらがリスペクトして学ぶという姿勢が強かったです。

世代の近い個性豊かな共演者たち

3日間で6曲もの演奏に加わったヴァイオリニストの毛利文香さんは、2021年に同アカデミーを卒業した後も、音楽祭やジュニアの指導プログラムなどに携わっています。

「時期は違っても同じアカデミーで勉強し、クロンベルクという小さな町を知っている人たちと弾くのは特別だと思います。

クロンベルクの卒業生はとても個性豊かなので、一緒に弾いていて刺激やインスピレーションをもらいました。初めて会う人もいましたが、音楽も人柄も素晴らしくて、数日に凝縮されたリハーサルから本番にかけての時間も楽しかったです。


以前はこの音楽祭にイッサーリスなどのスターが来ていましたが、私たちのことを同じアーティストとして接してくれて、先生と生徒という雰囲気ではなかったのですが、こちらがリスペクトして学ぶという姿勢が強かったです。

今回は、卒業生たちがお互いに良い刺激を与えあっています。それぞれが思ったことを言っていて。個性のぶつかりあいもあります。今まで演奏したことがある曲でも曲の解釈に関して新しい発見があって、面白い経験でした。

例えば(5月12日に演奏した)ブラームスのピアノ四重奏第1番はテンポの変化も激しい曲ですが、楽譜に書かれていなくても慣習的にテンポを遅くする箇所などがありました。でも、今回この曲を初めて弾くヴィオラのハヤン・パクが「どうしてここはテンポを遅くするの?」と質問してくれて、気づきがあったのです。

また、すでに演奏したことがある人は『以前はこう弾いた』と教えてくれて、発見があって面白かったです。1人で練習していたら思いつかなかったような発見があるんですよ」

 


ゆるやかに流れる時間と距離の縮まる空間

現在ベルリンに在住し、ケルン音楽大学で学ぶ毛利さんにとって、クロンベルクは2015年に留学生活をスタートさせた特別な場所です。

 

「自分で暮らすのも初めてでした。プライベートで人数の限られた学校なので、家族のように気にかけてもらい、色々なサポートがあってありがたかったです。シェアハウスではすごくいいフラットメイトに恵まれ、いい海外生活のスタートでした。

クロンベルクは時間の流れ方がゆっくりしている。街の空気なのだと思います。あと、町が小さいので外を歩いていると(指導や演奏に来た)アーティストに会うこともありました。皆で一緒に夕食をとる機会もあり、偉大な方たちの人としての面も見ることができる。これはクロンベルクならではだと思います」

ジュニアを教えるプログラムでの学び

「22年4月に初めてコーチングに行きました。私自身は教えた経験がなかったので、一緒に弾いて見せていきました。一緒に弾くと一緒に呼吸をするし、何を考えて弾いているのかが体感できる。
教える時には言葉でも伝えないといけないので、考えましたね。いつも自分が弾く時に何を考えているかというのを考えなおす機会にもなりました。


コンクールで入賞していても室内楽の経験がない子もいて、どう説明したら一緒に弾けるようになるか考えなければいけないことが多く、エネルギーを沢山使いました。でも、披露演奏会でうまくいくと達成感がありましたね。

自分が指導している時は、特定の先生の言っていたことを意識していたわけではありませんが、師匠のミハエラ・マルティン先生たちから自然に受け継いでいるエッセンスはあると思います」

意見をオープンに交わせる仲間たち

ガブリエル・シュワーべさんはベルリン出身で、現在につづくカリキュラム制度ができた頃に入学したチェリストの一人です。

音楽祭最後の公演では、昨年卒業したばかりのマリー・アストリッド・フローさん(ヴァイオリン)とジャン・セリム・アブデルモラさん(ピアノ)と共に、明瞭さが魅力的なベートーヴェンのピアノ三重奏第4番「街の歌」を披露しました。


「クロンベルクで素晴らしいなと思うのは、皆のオープンな態度です。自分のアイディアを持ち寄るだけではなく、他の奏者のアイディアに対してオープンでいることで、意見を交換しあい、結果として皆に共通するビジョンをつくれるからです。

アカデミー生はそれぞれ異なるキャリアや個性の持ち主ですが、違うのは当然だと思います。室内楽の音楽祭とは本来、互いの音楽的な規範を確認しあい、アイディアを交換して合意していく場なのです」


10代からアカデミーに縁のあったシュワーべさんは、チェロの聖地・クロンベルクでチェリストとしての経験値を積みました。


「15歳でジュニアが出演できる音楽祭に参加したのがクロンベルク・アカデミーとの出会いでした。コンクールの副賞として、より経験のある演奏者とも共演する機会がもらえたのです。

その後、2006年にフォイアマン大賞で賞をいただいたことで、クロンベルクとの関係がより深まりました。チェロ科のプログラムを用意していると聞いて興味を持ち、応募した上で入学しました。コースができてから最初の学生の一人だったと思います。

当時は今と違って専用のホールやレッスン室はなく、町中の小さな部屋を間借りしていました。チェロが主体で質素なスタートでしたね。


音楽的・芸術的なアイディアは、当初から変わっていません。知識だけではなく、なぜ音楽をしているのかという価値の部分を伝えるのがアカデミーのミッションのひとつです。演奏家として真剣に取り組み、人々にその価値をもたらすことが重要なのです」


伝説的アーティストとの出会い

コロナ禍の影響があり、今でこそ40名近く学生が在籍中ですが、これ以上学校の規模を拡大することはないとアカデミーの年間報告書には書かれていました。学生への行き届いたサポートや、学生同士もお互いの顔が見える規模を維持することは、理想的な環境づくりのために欠かせない要素です。


「10人から15人程度の小さいグループで学びます。意見を交換したり、何に興味を持っているか話したり、あのアーティストを招いて欲しいという意見も伝えられます。いつも教わっていたフランス・ヘルメルソンの他にも、たとえばゲイリー・ホフマンやシフ、エッシェンバッハなどの素晴らしいアーティストと出会えて、毎回新しい経験ができました。豊かで新しいアイディアをいつも家に持ち帰れるのです」


2008年、まだ10代だったシュワーべさんに忘れられない出会いが訪れました。ハンガリーの巨匠ヤーノシュ・シュタルケルから学ぶ機会を得たのです。


「当時、彼は80歳を超えていましたが、演奏能力がけっして劣っていなかったことに衝撃を受けました。シュタルケルは伝説的すぎて、会っても現実味がないほど。素晴らしいレッスンをしていただいたのも、クロンベルクだから可能だったことだと感じています。私の演奏を認めてくれたことも大きな励みになりました」

完成された形の学び

パリ音楽院とベルリンのハンス・アイスラー音楽大学で学んだあと、クロンベルク・アカデミーに移ったヴィオラのシンディ・モハメドさんには、アカデミーへのはっきりとした期待がありました。

「大きな学校で学んだ後、集中できる場所を求めていたのです。演奏を重視するという点も気に入りましたし、マスタークラスではヴァイオリンやチェロ、ピアノも一緒に学ぶので、いつも一緒で楽しかったですね。学生グループは少人数で、親密な雰囲気。小さな学校なので学生をよく見てくれるのです」

 

アンドラーシュ・シフから直接レッスンを受けたときの驚きについては、こう語ります。

 

「シフのようなアーティストと演奏する機会を得ることは、他の学校ではまずあり得ません。アイドルのような存在の彼と小さなレッスン室で指導を受けた時、『じゃあ一緒に弾いてみようか』と言われて……ワオ!と驚きました。

シフだけではなく、毎月のように新しいアーティストから指導を受けることができました。違う楽器の演奏家から、異なる角度のインプットを得られるのです。ピアニストからのレッスンではヴィオリストよりも音楽的なことを多く話し、ヴィオラの先生は演奏にズームして細部を見ていくというように。
ヴァイオリニストやチェリストとお互いのレパートリーをより理解し合うのにも最適です。新鮮な学びが得られました。

音楽院で4年間学んでからクロンベルクに来て、音楽のレベルが上がったと思います。求めていたものを得られましたね」

 

モハメドさんも教わるだけではなく、ジュニアを指導する機会に恵まれました。教え方だけではなく課題曲も指導に当たるアカデミー生が選択し、丸2日間で練習からコンサートでの演奏までいけるように曲を仕上げていくというプロジェクトです。

 

「教えるのはたやすいことではないな、と実感しました。自分にとって明確なことが、他の誰かにとってはそうでない。ですから、正確でありながら最もシンプルな形で伝える必要があるのです。指導することの楽しさに目覚めました」
と目を輝かせます。

 

かけがえのない仲間たちと出会えたことも収穫の一つだと語ります。

 

自分に集中しながらも集団で学ぶ必要があります。お互いに聞き合って一緒に演奏し、自分で指導もする。そして素晴らしいアーティストから教わる。全体として、完成された形の学びがあるんです。

さらに、他の音楽家たちと時間を過ごすことで、今ではかなり親しい友達もたくさんできました。まるで家族のようです。喧嘩することもあるけれど、それは音楽において、個人やプロの音楽家としてお互いに向き合う必要があるからです」

成長の一助になれる喜びと発見


同アカデミーには、個人や一家でパトロンとして同アカデミーの学生が必要な資金を提供するシステムがあります。チェロのアカデミー生のパトロンになったフランクフルト在住のカップルはこう語ります。

「国際的な水準の素晴らしい学生や人々に魅了されて始めました。すると、ピアノしか聞かなかった私たちが室内楽という新しい世界に足を踏み入れるようになり、視野が広がりました。

世界から集まった若い演奏家の熱心さというのは素晴らしくて、見ていて報われる気持ちがします。過去にはスペインやコロンビアの学生にパトロンとして出会いました。少なくとも3年間は支援します。向上心の高い学生や人々に出会い、サポートして活動の一部になれることが私たちの喜びです。スポンサーとして与える側であっても、いつも何か受け取っているんです。今では人生の大切な一部ですね」


シフやダニエル・バレンボイムのマスタークラスにパトロンとして特別に参加すると、10人ほどの小さな空間で、音楽の解釈について学生がレベルアップしていくのを目撃できる。どのようにして行われるのか、見ていて面白いですし、『結果』としてのコンサートチケットだけではなく、過程の一部分になれるのです。


例えば、クリストフ・エッシェンバッハが私たちの学生を指導している時、すでに素晴らしい若いプレーヤーがどのようにアイディアをアップグレードさせるかがはっきりと見える。音楽の質が最高水準だからこそ、素人である私たちにも耳で真実だとわかるのです。世界水準の若い音楽家が成長する過程の一助になるというのは、新しい体験ですね。

カザルス・フォーラムという音響も建築も素晴らしいホールができましたし、ぜひ皆さんに聞きにきていただきたいですね」

パトロン以外にも年間1万円程度からサポーターの輪に加わることができる制度があり、関わり方の間口が広いこともアカデミーの特徴です。
アカデミーや特定の学生をサポートすることで、聴衆としての立場から一歩踏み込み、世界が変わる体験をしたという人々は少なくありません。

豊かな音響で包み込むホール

目玉の一つは、「室内楽の最高の音」にこだわって建てられたカザルス・フォーラムです。
舞台までほんの数メートルの位置にも座席があり、プレーヤーの息づかいが感じられます。2階のバルコニー席は六角形の曲線に沿っていて、ホール中央へとゆるやかに張り出しています。ひとつながりのソファ席では、聴衆が静かに身を寄せ合って、親密な空気の中、音楽に耳を傾けます。


個人的には、各弦楽器とピアノの音がバランスよくまじりあって聞こえる2階の座席が素晴らしいと感じました。構造上、舞台から遠くならないので、臨場感も十分に味わえます。

ホールをぐるりと囲むロビーからは自然光が差し込み、開放的です。上演中にはカーテンが閉められ、落ち着いた空間に変化。グリーン電力を使用し、欧州初のカーボンニュートラルでコンサートを行える会場だという点も画期的です。

ホールの壁にはパブロ・カザルスの言葉が刻まれています。

‟ 私たちは自分自身のことを全人類という樹木の一葉のように考えるべきなのです。“


カザルス没後20年の1993年に開かれたチェロ・フェスティバルから始まったアカデミー。文化の違いや国境を越えて、あらゆる人がつながれる共通言語としての音楽の豊かさを途絶えさせてはならないという思いは、創設時から変わっていません。

争いに巻き込まれ、知らないうちに人々を分け隔てる力が強くなっている現代。今こそ、カザルスの思いを受け継ぐ音楽家や聴衆が必要な時代ではないでしょうか。

街ぐるみで育てる創造の空間

クロンベルクの小ぢんまりとした町の中心部を歩くと、至る所にフェスティバルのポスターが貼られ、赤いのぼりがはためいています。かつてコンサート会場として使われていた教会の塀には、アカデミーの赤い垂れ幕がかかっていました。


14世紀の城を頂上に抱く美しい町であり、緑豊かな高級住宅街としての誇りを持つクロンベルク。音楽への底知れない情熱を持つ世界的レベルの音楽家たちとサポートする人々の存在が、町全体に浸透しているからこそ、アカデミーの歴史が続いているようです。

30年の時間をかけて地道に広がった音楽への愛情と支援の輪が、町のあちこちに見えるようでした。


なお、クロンベルク・アカデミーとして来日ツアーが行われる今年6月、ついにクロンベルク日本友の会が設立されました。日本からでもアカデミーの学生や卒業生、携わるアーティストたちの活動を詳しく知るために、ぜひ下記サイトをチェックしてみてください。

<公演・掲載情報>

◆2023年6月にはフランス・ヘルメルソン(チェロ)や今井信子(ヴィオラ)らクロンベルク・アカデミー指導陣と現役アカデミー生・卒業生による日本ツアーが東京・大阪で開催。

・6月13日大阪公演の情報はこちら
・6月15日・17日東京公演の情報はこちら

クロンベルク・アカデミー公式サイト

クロンベルク・アカデミー日本友の会

音楽メディアFreude(フロイデ)クロンベルク・アカデミー特集記事

Text : 安田真子(2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。)