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1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
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第52回 コリヤ・ブラッハーが子どもたちに語るヴァイオリンの道 in Tokyo

11月14日に東京の浜離宮朝日ホールで、ヴァイオリニストのコリヤ・ブラッハーさんが「こどものためのトーク&コンサート」に出演しました。

愛器ストラディヴァリを奏でたうえ、音楽や演奏家としての人生についてステージで語ってくれたブラッハーさん。集まった子どもたちやそのご家族、駆けつけたファンの方々との交流も生まれました。今回は開催時の様子をレポートします。

 子どもたちのための特別な公演

冷たい秋風が吹く火曜日の夕方。オフィスビルが立ち並ぶ都会的な地区にある築地の浜離宮朝日ホールに人々が続々と集まってきました。お子さんを連れた方も多くみられます。
今日の公演は、ドイツから来日したヴァイオリニストコリヤ・ブラッハーさんによる「こどものためのトーク&コンサート」です。
 
文京楽器が主催した公演で、小学生や中学生、高校生が事前予約制のもと、無料で招待されました。
大学生以上でもチケットを購入すれば入場できたので、成人の方も多数来場しました。中にはプロヴァイオリニストの方の姿も見られ、注目度の高さが伝わってきました。
ブラッハーさんは京都でオーケストラとベルクのヴァイオリン協奏曲を演奏するために来日しました。今回はその機会に合わせて、ドイツでよく行われているという子どものためのコンサートを実現したい、という思いが身を結んだのだそうです。
 
ブラッハーさんはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを経て、現在ではソリストとして国際的に活躍するヴァイオリニストです。ご自身の演奏活動のほか、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学やクロンベルク・アカデミーでのマスタークラスなど、欧州各地の主要な音楽院・大学で指導に当たっている世界的に知られている優れた指導者でもあります。

ブルッフとベルクの組み合わせ

舞台に登場したヴァイオリニストのブラッハーさんとピアニストの島田彩乃さんは、あたたかい拍手で迎えられました。最初の演奏曲は、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番の第一楽章です。

ブラッハーさんが肩の力の抜けたごく自然な流れで楽器に弓を載せて弾きはじめると、独特の輝かしい音がひろがりました。使用楽器は1730年製のアントニオ・ストラディヴァリ作のヴァイオリン「トリトン」。その響きは特別で、観客は一気にブラッハーさんの音楽世界に引き込まれました。

続いて「ちょっと難しいかも」と前置きをしつつ、ベルクのヴァイオリン協奏曲の第一楽章ならびに第二楽章の抜粋が演奏されました。ブルッフとはがらっと変わった現代的な響きの音楽をヴァイオリンで自在に描き出すブラッハーさんに、客席は釘付けです。
さらに、ブルッフの第二・三楽章を演奏。うっとりするような高音から凄みのある低音まで、ストラディヴァリウス独自の豊かな響きを堪能することができました。

ブルッフとベルクという対照的な2つのヴァイオリン協奏曲を組み合わせ、違いを聞かせ、聞く人を決して飽きさせない1時間強のプログラムでした。

親しみやすい人柄の見えるトーク

演奏の合間には、ブラッハーさんによるトークが挟まれ、コンサートは和やかに進んでいきました。通訳・進行の大島路子さん、ピアニストの島田彩乃さんのやりとりが繰り広げられ、ブラッハーさんの親しみやすい人柄が滲み出ていました。
ブルッフの第一楽章を弾き終えたブラッハーさんが「この曲を弾いたことがある人は?」と客席に問いかけると、たくさんの手が挙がりました。熱心なジュニアプレーヤーが集まっていることがわかり、「上手く弾かなきゃ…」とちょっと焦ってみせる場面も。さっそく、客席から笑いが漏れます。
 
ブラッハーさんは、父に作曲家、母にピアニストを持ち、音楽一家に育ちました。15歳の頃、ズッカーマンやパールマンを教えたジュリアードの教師に就くために、アメリカに渡りました。今、60歳を迎え、新たなライフステージに突入する段階にあるようです。過去をふりかえって、こう語ります。
 
「プロの演奏家は、かなりの時間を移動時間に費やす必要があるんです。なので、私は4人の子どもたちと離れている時間がとても長かった。
今日の客席にはソリストになりたい、という人もいるかもりれませんが、飛行機やホテルの部屋で一人で過ごすことになるというのも華やかなソリストの人生の一部だというのも知ってほしい。
オーケストラの仕事や教える仕事のミックスというのもいいかもしれない、というのが私にとっての落とし所でした。自分はそこを拠点にして仲間と演奏するということを考えました。ソリストは孤独な職業なので、それも知っておいてほしいと思います」
 
ソロでもオーケストラでも活動してきた演奏家の率直な言葉には説得力があり、印象に残りました。

盛り上がった質問コーナー

時間が進むにつれて交流が深まり、会場の客席と舞台の距離がどんどん縮まっていきます。プログラムの最後には、ブラッハーさんが一番楽しみにしていたという質問コーナーが用意されていました。
 
「ヴァイオリニストになりたいのですが、ブラッハー先生は子どもの頃、どのくらいの時間ヴァイオリンを練習していましたか?」という質問には、「あんまり練習しないでね」と小声でささやいたあと、こう答えました。
 
「練習の量ではなく、質、どんな練習をするかが大切です。フレッシュな頭で臨むことや休憩を十分にとることも大事です。外遊びやスポーツなどの自由時間があればあるほど、練習の質が上がります……(低い声で)これはご両親へのメッセージです」
こう答えたブラッハーさん。楽器を練習する時間だけではなく、感性を豊かに育てるためには楽しみやさまざまな体験が役に立つのだ、と伝えたかったのではないでしょうか。
 
練習のコツについては、「練習している理由がわからなかったら、練習しないでください。ゆっくりと練習することと、指を動かすのだけではなく、頭を使いながら練習することが大切」とも語りました。
 
「どうしたらヴァイオリンが上手くなりますか?」という6歳くらいの子からの質問には、「ちょっと説明が難しいのですが、小さい頃には、サッカーや野球のようにボールを使ったスポーツをするようなら、本当に小さい子には、スポーツのように考えるといいかもしれません」というアドバイスも与えられました。
 
「国際的な生物学者になりたいのですが、人前で緊張してしまいます。どうやって乗り越えましたか」という、高校生からの質問も出てきました。
「(乗り越えるには)時間がかかりましたね。自分も14歳の頃はよく緊張していましたが、ある時気づいたんです。私が演奏で間違っても、誰かに殺されるようなことはない。それに、7万人の前でプレーするサッカー選手や、誤れば危険な手術をする医師と比べたら、私のミスはそんなに重大ではないですよね」
プレッシャーのかかる幾多の場面を乗り越えてきたであろうブラッハーさん。肩の力の抜けた回答に、会場の皆もふっと笑顔になりました。

質問コーナーの後には、J.S.バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より「ガヴォットとロンド」が演奏されました。場が清められるかのような、凛としたヴァイオリンの響きの美しさ。観客たちの熱を帯びた拍手とともに、公演が幕を閉じました。

ヴァイオリン試奏のチャンスも

終演後は、楽器体験会とサイン会がホールのロビーで開かれました。ブラッハーさんや島田さんと直接話をするチャンスに、多くの方が参加し、和気あいあいとした空気が流れていました。
 
「楽器体験会」では、楽器を演奏したことがないジュニアでも、自分の体にあったサイズのヴァイオリンを気軽に試すことができました。すでにヴァイオリンを習っている子どもたちは、楽器の音色を試したり、練習中の曲を弾いてみたりして、にぎやかな場が生まれました。
 

未来のヴァイオリニストたちの感想

終演後のホワイエは、コンサートの余韻を味わう人たちでにぎわいました。ヴァイオリンを演奏している小学校低学年の女の子は、「(演奏の)速いところが楽しかったです。一曲目が一番好き」と嬉しそうに話してくれました。

「コンサートでプロの演奏家がピアノ伴奏でコンチェルトを弾いてくれることは少ないんです。ピアノ伴奏だからこそ音の立ち上がりなど、ブラッハーさんのヴァイオリンの生の音、さらにホールで響く音の両方が聞けて。豪華なコンサートでした。マイナーなベルクも子どもたちにも聞かせるすごく良い機会でしたね」と、ご自身もヴァイオリンを演奏されるお母様も微笑みます。
 
もうすぐ11歳にしてヴァイオリン9年目という男の子は、こんな感想を教えてくれました。
「たくさんのお客さんがいても堂々と演奏していることも素晴らしいし、出入りやお辞儀の仕方も見たことがなかったので勉強になりました。ブルッフでは曲の説明をうけた後に演奏を聞いたら、作曲家の意図が伝わってきて楽しかったです」


演奏者としても、指導者としても第一線で活躍するブラッハーさんですが、自分を決して飾ることなく、ヴァイオリニストとして生きることの意味や経験、本音を共有してくれました。率直な言葉や演奏からは、誠実で肯定的な姿勢が伝わってきて、誰もが勇気がもらえるように感じられます。

舞台からヴァイオリンを通して思いを受け取った子どもたち、そして大人たちとともに、心あたたまるコンサートを体験しました。またこのような機会があることを願っています。
 
Text : 安田真子(2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。)