弦楽器メルマガ
BG Newsletters 配信中!
BG Newsletters に登録する登録する

日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays

10:30~18:30

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

連載32回 遊び心あふれる抗議活動『ヘアサロン・シアター』


コロナ禍バージョンの年末年始を過ごすのも2回目でしたね。新年が始まってから身近に感染者が増える中、体調がいまいちすぐれなかったり、気分が上がらなかったりする方もいらっしゃるのではないでしょうか。(筆者もその一人です……!)

今回は、オランダのコロナ禍の近況をお伝えするとともに、多数の文化施設やアーティストを巻き込んだユニークな試みをご紹介します。

劇場を美容院としてオープン


昨年12月からイベントは軒並み中止で、2人以上で連れ立って外を歩いてはいけないというルールまであったオランダ。食料品店や薬局などを除くほとんどの商店には営業許可がなく、普段はにぎやかな中心街を歩いても、人はまばらです。劇場や美術館などの文化的施設も、図書館を例外にすべて閉鎖されているので、休日は公園が人であふれる一方で、夜間は町全体が静まり返っています。

1月半ばからはイートインの飲食店を除く一般小売店や美容院、ジム、教育機関などは再オープンしたものの、文化施設に関しては変更がなく、ずっと閉鎖されたままでした。
つまり、芸術・文化セクターにおいては実質2か月以上にわたって、大きな会場を使ったイベントの実現は物理的にも経済的にも不可能な状態が続いているということです。行政からには、この問題に対して、積極的な対策が見られません。

この状況を見かねて、今月14日に『ヘアサロン・シアター』というユニークな形の抗議活動が企画が誕生。1月19日に限定して、オランダ国内の70近いホールや美術館でいっせいに抗議活動が繰り広げられました。

内容は、劇場のステージやギャラリー空間を使って、ヘアサロンやネイルサロン、ヨガやエクササイズなどの『現在のコロナルールでも許可されている活動』を行うというものでした。アーティストや一般のアートファンなどの人々を巻き込んで、社会的に注目を集め、皆で楽しみながら広く疑問を投じるのが目的です。

「『劇場はまだオープンできないはず』ですって? いえ、今日だけはれっきとしたヘアサロンですよ。ソーシャルディスタンスや、ワクチンパスポートなどのルールはちゃんと守っています」とは首謀者の談。確かに、劇場を美容院に変えてサービスを提供してはいけない、というルールは無いですね……!

生オーケストラを背景にヘアカット


1月19日にはアムステルダムのコンセルトヘボウでも、ステージの前方に美容院の椅子が2台並べられ、プロの美容師によるヘアカットと、オーケストラのリハーサルが同時進行で行われました。

ステージの一角が美容院に成り代わり、コンセルトヘボウ管弦楽団チャールズ・アイヴス交響曲第2番を奏でます。同ホールの公式SNSでは、「ヘアカットのBGMには、セヴィリアの理髪師、それともバーバー(Barber)の作品でしょうか?」とユーモアたっぷりのメッセージに添えて、映像が公開されました。



なお、アイヴズの交響曲は、本来なら1月21日に演奏されるはずだったプログラムの一部でした。出演予定だったスザンナ・マルッキが指揮をしています。

同ホールのディレクターは、メディアの取材に対してこう応じました。
「文化セクターに対して、公平で予測可能なポリシーの決定に向けて進んでいくことに私たちも賛成しています。長期的な視野のもと、再開のため準備をできるように。安全な状況を保証するためにあらゆる努力をすることはもちろんです」

他にも、ゴッホの自画像の前でネイルサロンの施術を行ったり、17世紀の名画に囲まれた空間で集団エクササイズをしたり……というものまで、さまざまな活動が繰り広げられました。参加者には、たくさんの応募があったようです。

▽名画に囲まれながらエクササイズをする人々
https://twitter.com/i/status/1483771499626573824

文化セクターの活動再開への呼びかけ


「ヘアサロン・シアター」の公式サイトには、「よりバランスのとれた、人道的で文化的にも責任あるコロナ・ポリシー」が必要だと訴えています。

ジムや小売店など営業が再開された他業種と比べても、コンサートホールや美術館などの文化施設や、文化的なイベントでの感染リスクや安全性には差がないことも注目すべきポイントです。さらに、精神の健康に大きく影響する文化セクターへの対策はより考慮すべきではないかということが、問題として提起されています。

長期的な計画なしに短期間で変更が相次ぐ国のコロナ対策に左右され、2年かけて準備された音楽祭が中止となったり、劇場が年間プログラムなどを組むことができなかったりする状態が続いていることや、芸術分野のプロフェッショナルとして働く人々の生活が立ち行かなくなることも大きな問題です。

「文化活動の再開を」というムーブメントの広がり


ヘアサロン・シアターの企画は海外でも報道され、国際的に話題をさらいました。それ以降、オランダ国内ではSNS上で「#opencultuur」つまり"Open Culture"のタグをつけて、文化セクターの活動再開を求める声が広がっています。テレビやオンラインでトークイベントなどのディスカッションの場がいくつも設けられ、人々の関心も高まり、生の音楽やパフォーマンスなどの芸術に飢えているアートファンの声も集まっています。

19日の段階では、実際の開催許可を出す立場にある市町村の行政スタッフの反応は、けっして好意的なものでは無かったようです。
ヘアサロン・シアターの企画について耳にしたアムステルダム市長は、「許可を出さないので抑止が入ると考えてほしい」と答えたと報道されています。
ただ、劇場を公に使う許可が出ていないからと言って、生演奏やパフォーマンス、運動や美容サロンなど、別の場所では許可されて行われていることを警察官が止めに入る……というシーンは、想像しづらい状況です。ユトレヒトのオルゴール博物館での集団エクササイズには抑止が入ったようですが、それ以外に問題が起きたというニュースは、筆者が確認した範囲では今のところありませんでした。

ウィルス対策にあたって、欧州でも国や人それぞれで対策の違いが明るみに出ています。

できるだけ安全で公平な、人間らしい生活のためのコロナ・ポリシーを考えることは、他の誰かの仕事ではなく、自分自身の大切にしたいことや生活上のポリシー今一度ふりかえるチャンスなのではないでしょうか。

◆ヘアサロン・シアター公式ウェブサイト(オランダ語) https://kapsalontheater.nl/

※1月25日付の発表では、その翌日以降、3週間は22時まで文化施設もオープン可能になりました。コンサートホールなどにとっては、座席が指定されていても対人間1.5メートルを保つという部分が問題となって、興行として成り立つのはいまだ難しい状態です。(1月26日追記)
記事中の写真 (c)Milagro Elstak
取材・文 安田真子