弦楽器メルマガ
BG Newsletters 配信中!
BG Newsletters に登録する登録する

日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays

10:30~18:30

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

心に響く、レジェンドからのメッセージ

1984年から1993年まで、文京楽器が発行していた季刊誌Pygmalius(ピグマリウス)より、インタヴュー記事を復刻掲載します。当時、Pygmalius誌では古今東西のクラシック界の名演奏家に独占インタヴューを行っておりました。
レジェンドたちの時代を超えた普遍的な理念や音楽に対する思いなど、心に響くメッセージをどうぞお楽しみください。

 

第7回 林 峰男(チェリスト)

写真: ピグマリウス第27号より
引用元:季刊誌『Pygmalius』第12号 1986年1月1日発行

林 峰男 / Mineo Hayashi

幼少よりチェロを才能教育で学ぶ。桐朋学園にて斎藤秀雄氏に師事。その後、ジュネーヴ音楽院を第1位で卒業。翌年スイス・ローザンヌ室内管弦楽団のソリストとしてヨーロッパにおいてデビューを飾った。 1975年、ベオグラード国際チェロ・コンクール第1位に輝く。1976年にはワシントンD.C.とニューヨークのカーネギーホールでリサイタルを開き、ニューヨーク・タイムズが絶賛される。 また翌年にはスペインで開催された「カザルス生誕百周年記念コンサート」に招待され、日本を代表するチェロ奏者として知られることとなった。1976年以来、スイス/ロマンド管弦楽団、ザグレブ・フィルなど数々のオーケストラと共演する一方、室内楽、リサイタルなど数多くの演奏会をスイスを本拠地としながら世界各国で開いている。また、国際スズキメソード音楽院教授を務めるなど、後進の指導にも力を注いでいる

1.楽器との出会いが大切

ー早速ですが、現在楽器と弓は何をお使いですか。

5年位前からだと思いますがマッテオ・ゴフリラーを。弓は何本か持っていますが、中でも一番よいトルテを使っています。


ーゴフリラーの前は何を使っていらっしゃったのですが。

ヤナリウス・ガリアーノです。これも大変名器なんですが、独奏家として使うにはちょっと小振りで音量的な面とかボリュームにちょっと欠ける楽器でした。ガリアーノという人はいろいろと家族がありますが、その中でもヤナリウスはおそらく最上級のものだと思います。


ーゴフリラーの魅カにひかれたという事ですか。

そうですね、まず楽器を抱いて第一音を出した時にこれがチェロなんだと思いましたね。

ガリアーノだって名器ですけれど…。


ー楽器との出合いという事ですか。

そうですね、選ぶ選ばれるという事以上に出合いは大切…まあ少ないでしょうね、そうぴったり合う出合いというのは。


ーそれを大切にしたいという事ですね。

そうです。私自身の事を言えば、例えば世の中にチェロというのは何万とありますからね。それをーつ一つ見ても自分に合うのは本当に少ないだろうと思うし、どうしてといって聞かれてもそれだからという理由は言えないでしょうね。ただ人との出合いと同じで、何か感じる物があって、また逆に楽器だって生物だし弾く側にとっての一方的な出合いではなく、向こうも私の欲求を受け入れるだけの何かがあったのでしょうね。


ーそういった楽器を探そうと思われた事はあるのですか。

私は楽器に恵まれてましてね、楽器を探したという経験がないんですよ。何か楽器の方から来てくれるんですよ…。ゴフリラーにしても、あの時点ではガリアーノに満足していましたから全然探していなかったのですが、知人からこういう楽器があるよと言われて、ただ見に行って…。まあその前から言われていたのですが、演奏会などを聴いていて「チェロが負け 

ている。弾き手の欲求の方が多くて、チェロが欲求に応える能力をもう持っていない。だからチャンスがあったら替えた方がよいのではないか」と。しかし、現実にじゃあと探す訳にはいかないし…先程話したように、出合いですよ。


ー楽器と同じように弓についてはいかがでしよう。

そうですね、やっぱり何本か弓を持っていても、その…そうね、弘法筆を選ばずというけれど、同じ楽器を同じ演奏家が弾いても、弓によってやっぱり音色、 音量それからいろんな事が違ってきますね。ですから細かい事をいったら、松脂とか弦のメーカーの種類とか、いろいろありますけど、まあ演奏家・楽器・弓、この三つが本当にぴったりいかないと、良い音楽というのは出てこないのではないかしら。


ーちなみに今、楽器に使っていらっしゃる弦は?

A・Dはヤーガー(フォルテ)、G・ Cはスピロコア(ヴォルフラム)を使っています。ヴォルフラムは強めですが、音は割合やわらかいです。


ー楽器に合っているという事ですか。

 そうですね、やはり楽器を手に入れた時はもういろいろな弦を張ってみました。


ーアマチュアの方が楽器を選ぶ時はどんな注意がいりますか。

金額的な制約もありますので、私がアドバイス出来る事は、楽器に関しては何しろ弾きやすくて音が出やすい楽器という事が、まず第一条件ですね。新しい楽器に限らず、古い楽器でも弾きにくい、それこそ格闘しなければ音が出てこない楽器もありますしね…。それから弓に限ってはバランスがよいということ。やはり違いますからね。体格、腕の長さ、腕の太さ、結局その人自身に合った、バランスのよい弓という事が一番の条件だと思います。

2.日本人の方が音楽を知り過ぎている

―チェロを始められたきっかけは?

父が趣味でチェロをやっていまして、家に子供に触らせてもいいような安い大人のチェロがあった訳ですね、それが私のおそらくおもちゃのーつだったと思うのです。で、父が子供の才能を見分けたのかなにか、チェロをやらせたらよいのではないかというのがきっかけだったのです。


ー才能のある人であっても、家庭環境やきっかけに恵まれなかったら芽生えませんね。

ええ、私の父が謡(うたい)とかそういうものをやっていたら、チェロはやっていなかっただろうと思うし…。


ー先生はどなたについていらっしゃったのですか。

小学校三年で1/2のチェロを始めた時は、カザルスに教えを受けた初の東洋人である佐藤良雄先生について才能教育で始めました。高校へ行く時は芸大の附属高校を選んだのですが、結局高校二年の時からやはり齋藤秀雄先生につきたくて桐朋にかわりまして、23歳の時ヨーロッパへ行ってからはジュネーブでギー・フォローというフランス人の先生につきました。そのままずっと、と言いましても音楽院には一年在籍していまして、そこを出てから更に先生には2、3年ついていました。


ー現在はそのままずっと?

ええ、そのままずっとスイスにいて教官をやっています。幸いな事に一年に2回位、今年は3回帰ってきました。


ーじゃ当分は向こうに?

ええ、向こうの学校に入っていますし、生活の基本はまったくヨーロッパのスイスに置いています。


ー日本と向こうの音楽上の土壌についてはどういった風に感じられますか。

聴衆の反応というのは向こうといっても国によりますが、私が住んでいるスイスはやっぱり何というか、あまり生活の中に音楽が喜びとして入っているとは思えないですね。音楽会へでも行けば自分の環境が変わるみたいな上流社会…音楽会へ行くという事がひとつの見栄みたいなとこが感じられますけどね。でも、他のヨーロッパのドイツとか、特に東ヨーロッパはもう本当に聴衆の反応が直に伝わってきますね。まあ、それは人間の性格によるものかもしれないけど、日本の場合はそういう感情というか、喜怒哀楽をそのまま表に出してはいけないような、やっぱり風土ですからね。でも、日本の事で最近特に感じるのは、もう地方地方に立派なホールが出来て、いわゆる良い音楽を聴く器があるという事は素晴らしい事ですね。


ー向こうでは古いままのホールが多いんですか?

いわゆる音楽が出来るようなホールというのは本当に少ないです。幸いというか、ヨーロッパの場合は教会がありますからね。だから割合、演奏会をするのには事欠かないのですけどね。

…でも、日本で私が帰って来てあっちこっちで演奏会をやる時のような、立派なホールというのは、もう本当にそれは大家(たいか)でなくては使えないですからね。向こうではおそらく私達が行って演奏出来るようなホールではないし…そういう意味でのホールは少ないですね、やっぱり。


ー演奏会での反応という点ではいかがですか。

全部のヨーロッパとは言いませんが、スペインもそうですが反応は割合早く返ってきますね。日本人の方が音楽を知り過ぎているという言い方も変でしょうが、何というかヨーロッパの人間より音楽をよく知っていると思いますね。

だから音楽会というのはひとつのクールな見方で、いわゆるある曲を聴きに行こうとか、あの曲をあの演奏家はどのように弾くかとか、そういう割合専門的な耳をもって演奏会に来る場谷が多いのではないかと思います。日本の場合ですと、知識がものすごく豊富に入っていますよね。だから逆にその知識が邪魔をして、一つの演奏家のクラス別みたいな事が出来てしまう可能性がありますけれど。例えばロストロポーヴィッチは最高で、日本のチェリストは最低とまでは言いませんが差があるとか。


ー聴く前から先入観念で聴くというような……?

そうですね。ところがヨーロッパの人間は、もうまったく純にひとつの外出の理由としているというようなところがありますね。ヨーロッパの場合、私はそういう経験が二、三度ありますけれど演奏会を聴いてくれた人が、「私は先日、ロストロポーヴィッチの演奏会を聴いたけど、あなたの演奏の方が感動した」という事を言ってくれる人もいる訳ですよ。私にとっては嬉しいですね。

それはチェロ=ロストロポーヴィッチだけでしたら、私の存在価値もないわけですしね。でもひとつの演奏会を私がして、会場に一人か二人感動してくれる人がいれば、逆に日本みたいに林峰男、ロストロポーヴィッチと差別をしないで…。


 ―楽器でも同じ事が言えますよね。弾く前から何だ和製かといっ事で見るも、触りもしない。例えば「とにかくドイツ物ならばいいのだ」といった先入観で物の良し悪しを決めつけないで下さいという事がありますね。まあ50年位前まではやむを得なかった部分もあるでしょうけど。……最近はやっと良い物は良い、気に入った物は気に入った物だと素直に理解してくれる人が少しづつ増えてはきましたね。 

ええ。音楽に限って私は思うのですけど、世界でもトップクラスの力を持っている日本の経済と比較した場合、まあ20年は遅れていますね。経済の場谷はかなり日本のものが輸出されて進歩を認められているけど、日本の場合、音楽に限って言えばまだ外国のブランド指向のような横文字の演奏家が優遇される傾向ですよね。それから逆に外に出ていませんからね。いわゆる輸入専門での日本の音楽の世界というのがあって、日本の演奏家が海外へ出て行く機会というのはものすごく少ないですね。日本の演奏家の実力というのは世界のレベルに達しているのですけどね。

 

 

3.演奏会は十分な用意のもとに暗譜で

演奏会の時、ステージに上がった時にあがってしまうといった事はありますか。

ありますね、「あがる」時というのはやはりおそらく比較の問題ですけれど、自分の準備の段階において必らず何か問題があった時だと思いますね。だからーつの演奏会を持つ時に、まったく良い状態で準備が出来ていたら「あがる」という事は私の場合はまずありません。何か不安があった場谷に、やはり不安が「あがる」という事につながると思います。逆に演奏会の用意が整ったら、演奏会に早く出たいというより、何というか準備した物を人に早く伝えたいですね。

 

 ー今年はどんな活動をなさいましたか。

 今年はバッハ生誕300年で、おそらく日本人では初めてだと思うのですが、チェロのバッハ無伴奏組曲を6曲全部一晩で演奏する機会を日本で随分持ちました。5月に日本縦断コンサートをやりましたしスイスでもやりました。

バッハの場合、暗譜で弾かなければなりませんし、かなりハードなのですよね。人前で暗譜で弾くということは大変なんですね、記憶の穴が開いたりしたときに…私は昔から絶対に演奏会の時は、止まらないということを信条にしてきたんです。ごまかすという事を言ったらいけないかもしれないけれど、止まったら音楽というのはそこでおしまいですからね。

何とかこう音を繋いでいくということを心がけて来たものです。…よくバッハを弾いた時に大家でも止まってしまって、そこで謝って弾き直したという事を聞きますけれども、私は弾き直したという経験は一度もないし、失敗談というのはないですね。


ー選曲にあたっては、好みの作曲家というのはありますか。

いえ、私の場合好みの作曲家というのはないですね。やはり人に教えるときによく言うことですが、自分の経験を生かして。勉強している曲にいろんなアイデアを付け加えて、いわゆる家を建てるのと同じに何とか一曲を築いていくその過程で、いつも最後にはその曲を好きになると思う。ただ貧弱な自分の経験、アイデアをもとに、貧弱な音楽性をもとに弾いていえば、結局どんな曲だってつまらないと思うし。


ー演奏家の自己主張ということでしょうか。

ええ。演奏家の最大の義務ですね、自己主張というのは。結局私達は、チェリストならチェロという楽器を通して自分の言いたいことを人に伝えるのが仕事ですからね。この言いたい事が人に伝わらなければ意味がないし、よく言う事ですけれども、十二分に言いたいことを言わなければ聴く人には伝わりませんしね。それに日本だけでしたらいいですけど、やはりいろんな人種のもとに世界共通の音楽をしていたら、自己主張していかなければいけないでしょうね。…私は自分の楽器を通じて、その何百人もいるうちの一人でも二人でも心をつかめるということは最高の喜びだと思います。お客様というのは。時間のやりくりをして着替えて電車に乗って、演奏会のキップを買ってね。それで演奏を聴きに来て下さる訳で、忙しい時間のやりくりをしなければいけないし。そういう犠牲というのは大変なものですね。


ーそのためにも、すべての面でベストの状態を保った上でステージに上がるべきだということでしょうか。

ええそうですね。「ああ、今日はあの人調子が悪かったね」という話をよく聞きますけどね。私はそういう事は絶対に許されるべきではないと思うんですね。あれは調子が良いとか悪いということではなく、練習が出来ているかできていないか、準備が十分に出来ているかいないかの問題だろうと思うんですね。

 

 


ーそのあたりはプロのプライドということですね。

そうですね。

4.チェロを弾く方へのアドバイス

ー楽器についても、良い状態に持っていくために気遣いをなさるのですか。

まあ気遣いと申しましてもね、飛行機で海を渡ったりしますと、そう気を配ってもいられなくなる訳ですよね。常に同じ気温、同じ湿度の状態を保つという事はまず不可能ですからね……ですから私は大事にはしますけれど特に……これだけは絶対に駄目だという事はありますからね。それさえしなければ。


ー弓毛の張り替え等は?

やはり音色が変わってきますからね。いつも演奏会の一週聞前位までに張り替えを済ませます。


ー楽器の調整等は?

人間と同じで常に主治医とでもいうべきものを持つべきだと思うんです。自分と同じような音色の趣味を持った楽器屋さんに、定期的にみてもらうという事が一番大切だと思います。そうすれば説明もいらないし、体の医者と同じだと思います。


ー初心者の方にチェ口を弾く時のアドバイスをいただけますか

チェロはやはり楽器が大きいですからね、楽器が大きいという事は弦が太いから発音が難しいし、発音とは音を出す事ですから、結局ボーイングが難しいということになりますか。


ー左手とボーイングはどちらに重点を置かれますか。

左手と右手とは違うんですね、全く違う仕事ですからね。やはりどちらに重点を置くという事は出来ないので、常に別々に考えようと思います。両方共大切ですから、どちらが大切という事は言えないと思うんですよね。


ー今日はお忙しいところを、ありがとうございました。