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第45回 越境するヴァイオリニストたちの賑やかな一夜 “Nacht van de Viool” in Utrecht

1月27日金曜、オランダ・ユトレヒト駅至近のコンサートホール“TivoliVredenburg”では、ヴァイオリンのための新しいフェスティバルが開催されました。“Nacht van de Viool”、直訳すると『ヴァイオリンの夜』と銘打った、ヴァイオリンに情熱を注ぐ人々にとっては見逃せない一夜限りの音楽祭です。

多文化のヴァイオリン・フェスティバル

同フェスティバルの舞台には、幅広い音楽ジャンルのヴァイオリニストが登場しました。今回に限っては、クラシック音楽を奏でるプレーヤーはごく少数派ジャズやアイリッシュ・フィドル、ジプシー音楽、さらにはインドのラーガ、アラブの音楽など、他ではあまり聞く機会のない、独創性あふれる演奏をするヴァイオリニストばかりが揃いました。

今回、オランダ人ヴァイオリニストのティム・クリプハウスが音楽祭キュレーターとして参加。自身がジプシー音楽やジャズを演奏するプレーヤーでもあるクリプハウスが、各公演の短いイントロダクションをする司会役をつとめました。

メインのホール"Hertz"に加えて、5つの小さなホールが同音楽祭の会場です。約5時間のあいだに合計16公演がが詰め込まれていたため、来場者は聞きたい公演の情報をスマホの専用アプリでチェックして、各ホールを自由に行き来することになりました。

コンサートの合間には、会場内のバーでビールなどを飲みながら談笑する人も多数。金曜の夜らしいカジュアルで肩の力の抜けた雰囲気が漂っていました。
また、小ホールの客席には通常の椅子に加えてテーブルのついたソファ席があったり、2階の張り出し席があったりと、いつもとは異なる楽しみ方ができるようになっていました。コンサートホールというよりも、ちょっとしたライブハウスのような印象です。

写真:オランダ生まれでスリナムを含む多国籍の音楽を奏でるヴァイオリニストShauntell Baumgard

ヴァイオリンの多彩な表情を引き出す

軽妙ながら、大きな風景を描き出すように歌うフランキー・ガヴィンのアイリッシュ・フィドル。ツィンバロン奏者とともに、哀愁あふれるメロディや遊び心たっぷりの演奏で聴衆の心をつかんだロビー・ラカトシュのジプシー・ヴァイオリン。この大御所2人の公演は、大きな注目を集めました。

オランダ人音楽家たちも、海外で身につけた独自の演奏スタイルをもって喝采を浴びました。
バンドネオン、コントラバス、ピアノとのバンドでピアソラ『リベルタンゴ』を迫力をもって弾きこなしたイサベル・ファン・ケーレン。胡坐をかいた足首にヴァイオリンのネックを接ぐという変わった演奏法で、タブラ奏者とともにインド古典音楽を演奏したレネケ・ファン・スターレンも印象的。
ベテランプレーヤーたちはヴァイオリンという楽器からさまざまな表情を引き出して、お年寄りから子どもまで幅広い年齢の聴衆を魅了しました。

一方、若手の活躍も見逃せません。現在オランダ・ロッテルダムで学ぶシリア出身のヴァイオリニストAnan Al-Kadamaniも、アラブ・ギリシャ・オスマントルコの音楽に影響を受けた独創的な曲の数々を、自身のバンドと共に披露しました。

小ホール”The Pit”で行われた『パガニーニ・バトル』は、ホールの入場制限がかかるほどの人気に。昨年のオランダヴァイオリンコンクールの受賞者2名が、交互にパガニーニのヴァイオリン独奏曲を披露するというものです。実はヒップホップの文化にヒントを得て、『1対1で腕を競う』というコンセプトで開かれた同公演ですが、最後にデュオを演奏し、和気あいあいとした雰囲気で幕を閉じました。

異なる世界観を持つヴァイオリニストたちですが、弦楽器の花形であるヴァイオリンの奥深い魅力と華やかさ、そして多彩さを見事に伝えていることが大きな共通項だといえるでしょう。

写真:ひときわ強い存在感を放っていたロビー・ラカトシュ(左)

スリリングな挑戦

ラカトシュの舞台では、予想外のコラボレーションも生まれました。オランダ人のジュニア世代のヴァイオリニスト、ユリア・フォスがステージに飛び入り参加し、モンティ『チャルダッシュ』のメロディを交互に弾くという展開になったのです。

即興を交え、滑らかにメロディを紡ぎ出す百戦錬磨のラカトシュとは対照的に、少し気圧されて緊張したようすで演奏する10代のプレーヤー……普段とはまったく異なるシチュエーションで楽器を奏でるのには、勇気やチャレンジ精神が欠かせません。ラカトシュとともに曲を弾き切った若手とラカトシュに、観客は大喝采。聞く人にとっても、演奏者にとっても刺激的な一場面に注目が集まりました。ヴァイオリニストの将来に、こういった経験が影響を与えることは想像に難くありません。

最終公演では、キュレーションを務めたクリプハウスも出演者に参加。ヴァイオリニストだけではなくピアニストやギタリスト、ツィンバロン奏者などがステージに勢ぞろいし、フェスティバルを締めくくりました。

写真:楽器を携えて舞台に加わったクリプハウス(写真右端)

クラシック以外の音楽も支援するコンクール

同フェスティバルを開いた『オランダヴァイオリンコンクール』という団体は、オランダ国内の3つのコンクールを統合する形で、2016年から2年おきにユトレヒトでコンクールを開催しています。

活動の目的は「演奏レベルやジャンルに関係なく、国内で活動中のすべてのヴァイオリニストの成長や発展」を実現すること。さらに、「目指すべきプロの音楽家というものは、技術的・芸術的な高さだけではなく、広い芸術的関心を持つさまざまな文化背景を持つプレーヤー」だと定義しています。
その上で、国内外のヴァイオリン界を牽引する存在になるため、オランダ国内のヴァイオリン文化の発展と広がりをサポートするべく、同音楽祭のようなイベントやコンクールを行っているのです。

同コンクールは、2022年から『Young Makers Prize』という賞を新たに設け、クラシック以外のジャンルのヴァイオリニストを表彰。背景には、若い演奏者たちにクラシック音楽の枠にとらわれず、幅広く音楽を追及していってほしいという強い願いがこめられています。

前回の受賞者であるValentine Blangéは、即興、独創性、作曲の能力などが高く評価され、今回のフェスティバルにも登場しました。

ヴァイオリンの魅力の奥深さ

クラシック音楽だけではなくジャズやフィドルなどの他ジャンルにおいても、人気を誇るヴァイオリニストたちが過去に存在することは周知の通りです。
ただ、若手演奏家にとっては、クラシック以外のヴァイオリン音楽の受け皿は決して大きくはありません。より積極的に幅広いジャンルのヴァイオリニストに脚光を当て、活躍の場長期的に生み出すことが必要なのではないでしょうか。

ヴァイオリンコンクールを主催する同団体が、あえてクラシックではない幅広いジャンルのヴァイオリン音楽にも焦点を当て、これからのヴァイオリン音楽の可能性を広げていく。そこには、聴衆からのクラシック以外の音楽ジャンルへの関心の高まりに応えながら、多国籍の人々が集うオランダならではの広がりを加えていくというねらいもあるようです。

音楽の在り方は、時代に応じて変化していきます。従来のイメージに捉われることなく、多方面に花開くヴァイオリニストたちの才能に注目し、メジャーではないプログラムにも脚光を当てられるフェスティバルの力が活きてきます。

たった一夜ながらも、オランダの聴衆にとっても、若いプレーヤーにとっても契機となる豊かさと広がりがあった『ヴァイオリンの夜』。次回は2024年1月26日に開催予定です。どのような才能に出会えるのか、今から楽しみです。

写真:パガニーニ・バトルで火花を散らしたJoshua Tavenier
Photo: Eric van Nieuwland
Text : 安田真子
(2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター)