弦楽器メルマガ
BG Newsletters 配信中!
BG Newsletters に登録する登録する

日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays

10:30~18:30

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

第51回 変わりゆくクレモナの楽器見本市『モンドムジカ』 in Cremona

イタリア・クレモナの国際楽器見本市『モンドムジカ』は、2020年初頭からのパンデミックが落とした影を乗り越え、2021年からふたたび継続して開催されています。今回はクレモナ現地からのレポートをお届けします。

国外からの出展数が回復

モンドムジカは国際的な楽器見本市のひとつで、30年以上前からイタリア・クレモナで秋に開催されています。


クレモナは、欧州の中でもとりわけコロナウィルスの被害の大きかった北イタリアにあります。その影響で2020年には開催中止となったものの、翌2021年にはいち早く再開された規模の大きいイベントのひとつです。


今年は9月22日から24日まで、例年と同じクレモナ郊外のフェア会場『クレモナ・フィエラ』で開催されました。

公式発表では、2021年に215社にまで減った出展者の数が今年は360社以上まで回復しました。うち半数以上は国外からの参加で、コロナ前の2019年と同程度の割合です。
コロナ後に足が遠のいた海外からの参加者の一部が
クレモナに戻ってきたことは、開催地クレモナにとって喜ばしいニュースでした。

期間中は、62カ国からの来場者と演奏家を含む約2万人が参加したと発表されています。例年同様に、欧米だけではなく日本や中国、アルゼンチンなどを含む海外の国々から70名以上のバイヤーも参加。会場では、イタリア語だけではなく英語やスペイン語などが飛び交い、国際色豊かな音楽ファンや関係者が交流しました。

日本人を含むイタリアに拠点を置く製作家たちの展示

モンドムジカの目玉のひとつは、現代の弦楽器製作家と直接出会い、話しながら新作楽器を試奏できることです。


なかでも、クレモナを拠点にする弦楽器製作家も多く所属するイタリア弦楽器製作者協会(ALI)ブースでは、伊東渚さんら日本人製作家にお会いして新作楽器を見せていただくことができました。


また、Consorzio Luitai Antonio Stradivariのブースもメイン会場の中央部分に設置され、訪れる人々の注目を集めていました。


どのブースでも製作家が自ら製作意図を説明したり、試奏をうながしたりする場面が多く見られます。イタリアの弦楽器製作の「今」が感じられる場所です。

 

(写真)イタリア弦楽器製作者協会(ALI)ブースにずらりと並ぶ新作楽器

材料から楽器ケースまで

モンドムジカには、楽器の製作家演奏家だけではなく、製作学校に通う学生や、販売に携わる業者、弦や電子楽器などのメーカー、楽器ケースなどの楽器アクセサリーを扱うメーカーなども国内外から集います。国際楽器見本市には、多方向でつながる人々のミーティングポイントとしての役割があるのです。


木材や駒などの楽器を作るための材料も販売されます。山積みになった木材や数えきれないほどの駒の棚の合間から、仕入れに集中するプロフェッショナルたちの姿が見られました。普段はなかなか目にすることができない光景です。


さらに、楽譜や教本の出版社だけではなく、イギリスの老舗弦楽器専門誌『The Strad』、イタリアの専門誌『Archi』などの音楽雑誌の出版社のブースが設けられています。雑誌の最新号やバックナンバーが購入できるほか、特別号が配布されている場合もあります。

 新作楽器とオールド楽器

今回のモンドムジカでは、オールド楽器に関して言えばマリーノ・カピッキオーニのヴァイオリンが目を引いたと数人の関係者が語りました。

マリーノ・カピッキオーニは、イタリア・リミニに拠点を置いて活動した20世紀の製作家です。イタリア・パルマのスクロラヴェッツァ&ザンレ工房の展示ブースにも、カピッキオーニの美しいヴァイオリンが2丁並びました。

(写真)1962年製と1968年製のカピッキオーニ作ヴァイオリンが2丁並んだスクロラヴェッツァ&ザンレ工房のブース

 

なお、過去にはモンドムジカで貴重なオールドの楽器を数多く展示し、来場者だけではなく関係者たちの関心を広く集めていたロンドンの老舗J&Aベアーなどの数社の出展はありませんでした。


もともとは、クレモナの弦楽器製作家たちが寄り集まって開いた展示会が、モンドムジカの始まりです。
オールドの楽器の展示が減ったことで新作楽器の存在がより大きくなり、現代の製作家と出会う場としてのモンドムジカの意味合いがふたたび重要なものになりつつあるのではと感じました。

循環型音楽プロジェクトの成果発表

特設ステージや個室では、3日間を通して約180のイベントが開かれ、多数のアーティストや専門家が登場しました。演奏家や制作関連のマスタークラスやトークイベントなどプログラムの内容は多彩です。


メイン会場の特設ステージで行われた『ストリング・サークル(The String Circle)』のプレゼンテーションでは、ミュンヘンを拠点とする若手の『アメリア・クァルテット』がラヴェル、ハイドン、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲を披露しました。


演奏に使われたのは、製作家ステファノ・コニアさんによるクァルテットの新作楽器でした。

同連載でも以前紹介しましたが、このプロジェクトはパートナー登録した製作家たちが若手演奏家にクァルテットの楽器を1年間無償で貸し出すというものです。現在は主にイタリアの製作家と欧州のクァルテット奏者をつなぐプロジェクトであり、関わる人すべてに利益のある『循環型』なのがポイントです。

経済的に厳しい状況にあることが多い若手プレーヤーにとっては高品質の楽器を使えるチャンスです。一方、楽器提供者は、将来を期待される若手プレーヤーとつながり、自身の名前をクァルテットのプロフィールなどを通して名を広められます。


「個人的にもとても応援しているプロジェクト」と熱弁するのは、自身がサポーターでもある『フレンズ・オブ・ストラディヴァリ』会長のパオロ・ボディーニさん。会場では周りの騒音が邪魔をして演奏をじっくり楽しむことが難しい状態でしたが、プレゼンテーションの翌日(土曜)には、コニアさんの工房の庭でもコンサートが開かれました。

ベテランだけではなく若手や、女性製作家にも脚光を当てていく予定なのだとか。今後の発展が楽しみな企画のひとつです。


(写真) 周りの騒音に負けず高い集中力で演奏するアメリア・クァルテットの演奏を聴きに集まった人々

会期中、とりわけ活躍がめざましい音楽家に贈られるクレモナ・ムジカ賞の受賞者も発表されました。2014年に創設されたこの賞は、過去にイヴリー・ギトリスやシュロモ・ミンツらが受賞しています。

2023年の演奏・弦楽器部門では、チェリストのスティーブン・イッサーリスが受賞。群を抜いたレベルの高い演奏活動に加えて、指導や本の出版、広いレパートリーの録音を通して次世代の見本となる存在だと評価されました。プロジェクト部門では、ごみから作った楽器を演奏するパラグアイのカテウラ・リサイクル・オーケストラが選ばれました。

旧市街の盛り上がり

例年フェア会場からは少し距離の離れたクレモナ旧市街でも、弦楽器工房などが独自に企画したイベントが開かれています。


今回の見どころだったのが、ルイス・アモリムさんらが活動しているアモリム・ヴァイオリン工房での展示です。

工房兼ショップはヴァイオリン博物館の真横にあります。入ってすぐのショールームでは、18・19世紀の楽器コレクターだったサラブーエ伯爵イグナツィオ・アレッサンドロ・コツィオが関わった楽器や製作家をテーマにした展示会が開かれていました。


ニコロ・アマティのヴァイオリン、フランチェスコ・ストラディヴァリの最高傑作のひとつと考えられているという1742年製ヴァイオリン、そしてアントニオ・ストラディヴァリの1733年製のヴァイオリンも展示。

さらに、コツィオに「私の所有するうちの最高のヴィオラ」と言わしめたジョヴァンニ・バッティスタ・グァダニーニの1773年製ヴィオラや、1774年製のヴァイオリンも並びました。

ヴァイオリン製作にも協力したコツィオは、連載『ストラディヴァリの遺伝子』にも登場する熱狂的なヴァイオリン愛好家で、グァダニーニら製作家のパトロンであり、楽器の研究家でもありました。その功績をめぐる書籍が発売される予定だそうです。

同工房では見応えのある展示だけではなく、地下の会場ではミニコンサートも開催され、製作家や関係者が集まり、楽器を囲んで話に花を咲かせていました。

他にも、大聖堂のある広場の近くでイタリアとフランスの製作家たちが小さな展示会を開催。新作の楽器を試奏し、作者と直接話ができる特設スペースでした。なお、以前ヴァイオリン博物館の裏手で開かれていた弓の展示会などは残念ながら見当たりませんでした。

 

(写真)アモリム工房で展示されるグァダニーニの1774年製ヴァイオリン(手前)

 

このように、モンドムジカ期間中には旧市街でも興味深いイベントが開かれています。

今年はクレモナ駅とモンドムジカ会場、クレモナ旧市街を回るシャトルバスが特別に運行されていたため、市内へのアクセスに関して改善が見られました。ただ、市内のイベントとモンドムジカの情報を網羅するのは、一般の来場者にとっては簡単ではないと感じます。より積極的なコラボレーションがあれば、クレモナの街全体で盛り上がるイベントになるのではないでしょうか。

『ヴァイオリンのふるさと』で

久しぶりにクレモナの街を歩くと、大聖堂や広場、石を敷き詰めた道路などが以前と変わらないことに気づき、ほっとします。

クレモナの街の風景は変わりませんが、時代に合わせて活躍する製作家や音楽家、弦楽器業界に関わる人々の力によって、弦楽器の文化には少しずつ変化が生まれています。

モンドムジカやクレモナ旧市街で、活動拠点を変えた若手製作家、長年取り組んできたプロジェクトを終えて次の目標に向かう研究家などの話を聞き、クレモナを行き交う人々の活力を感じることができました。


次回のモンドムジカは2024年9月27日から29日にかけて開かれる予定です。来年は3年に一度の弦楽器製作コンクール、クレモナ・トリエンナーレが開催される年でもあります。

ヴァイオリンのふるさと』として国際的な位置づけを意識しながら、より多くの街の人々や幅広い音楽ファンを巻き込んだイベントの開催が、クレモナにはこれからも期待されています。

Text : 安田真子(2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。)