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第21回 イタリア発・宗教オペラ『イコン』 in Trento

例年なら賑やかな年末シーズンですが、今年はご自宅でゆっくり過ごされるという方が多いのではないでしょうか。

今回はこのような機会に見ていただきたい、筆者おすすめのオペラ作品『イコン(IKONE)』についてご紹介します。
YouTube上で公開されているので気軽に楽しめるうえ、歴史を通して人の本質に迫る強いメッセージが込められた、1時間弱のイタリア現代オペラです。

宗教オペラ『イコン』とは

『イコン』はイタリアの新鋭作曲家ニコラ・セガッタによって2014年に書かれ、宗教音楽フェスティバルの委嘱作品として、トレントで初演されました。
今年10月になって、2016年の再演時の映像がYouTube上に公開されました。全17か国語の字幕付きで、その中には日本語字幕も含まれています。

「人間は翼無くして生まれた天使で、人生の素晴らしさとは、翼無くして生まれ、それを生やし育てること」……冒頭にはノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの言葉が引用されています。

人は宗教を通して何を追い求めているだろうか、という大きなテーマについて、現代の私たちにとって親しみやすい語り口で考えさせてくれる、注目のオペラ作品です。

(写真)2人の天使を演じる俳優のMarco Alotto、 Maria Vittoria Barrella
舞台は北イタリア・トレントのカトリック教会。二人の天使が舞い降り、客席の間や教会のあちこちを巡りながら対話を重ねていきます。さらに、15世紀のトレントで実際に起きた協会によるユダヤ人迫害を証言する人が現れ、宗教の歴史が持つ光と闇がゆっくりと浮かび上がってきます。

音楽・脚本を担当し、チェロで演奏にも加わった作曲家セガッタは、作品の構想についてこう語りました。
「ビサンティン時代の教会には、古いイコン画があって、画の上部には魔法がかった古代のギリシャ語やロシア語が書かれています。私は、音楽を『光の絵画』のように、歌詞を画に添えて書かれた文字のように喩えて考えました。
2人の天使はいわゆる現代人で、『これは何を意味するのだろう?』、『書かれていることを翻訳して理解したい。議論しよう』と言う。彼らは、教会というものが書物の言葉とは大きく異なる巨大な正義によって作り上げられたものだと気づいて、たくさんの疑問を抱くんです」

カトリックが未だ強い力を持つイタリアとは違って、日本の私たちにとって、宗教というテーマはあまり馴染みがないものです。それでも、このオペラは偽善的にならず、現代の私たちに伝わる等身大の言葉で、人が永遠に追い求めるテーマについて考えるきっかけを与えてくれます。

音楽が果たす大切な役割

まるで本のページを繰るように広がっていく『イコン』の物語世界。それを大きく形作っているのは、合唱と器楽による雄弁な音楽です。チェンバロやマンドリン、ハープなども交えたオーケストラと合唱団に加え、独奏チェロ、バロック・ソプラノ歌手とクルド人歌手がソリストとして登場し、それぞれに重要な役割を担っています。

オペラの歌詞が、聖書の源流にあるギリシア語、ヘブライ語で書かれていることも特徴的です。
ソロの歌手は、カトリックの国ポーランドのソプラノと、イスラム圏から政治難民としてイタリアに来たクルド人。歴史を振り返ってみれば、偶然ながら、かつて敵対していた国々の血を引く取り合わせでした。
その二人が、お互いの歴史がかつては共有していた、いわばルーツにあたる古の言語で歌声を合わせることは、平和への小さな一歩であり、自由を勝ち取る行為だというメッセージが込められています。

(写真)ソロを務めたバロック・ソプラノ歌手のJoanna Klisowska

さまざまな物語を背景に持ちながら、天使たちは人が本質的に追い求めるものごとについて語ります。
「どの宗教でも、万物への愛や、過去や未来の意味を探すことに聖性が存在しているんです」と語るセガッタ。
人種や思想の違いで個人や国が分離しやすい現代だからこそ、信仰の有無や社会的マイノリティなどの差異に関わらず、すべての人を包み込み祝福すること。それは、宗教を通して人々が追い求める平和や愛の結びつきにつながるのでは、とも考えました。

この時代に『イコン』が問うこと

私たちを取り巻く状況はめまぐるしく変化しつづけています。
近視眼的になりがちな今こそ、過去や未来も含めて、遠くまで見晴らそうとする視点が求められるのではないでしょうか。『イコン』という作品は、それを強く訴えかけてくるようです。

音楽を通して多くの人と感覚を共有することも、自分にとっての世界を広げるためのひとつのアプローチかもしれません。

(写真)教会の祭壇部分で演奏する合唱団、オーケストラ

年末の厳かな雰囲気に包まれながら、お家でゆっくり鑑賞してみてはいかがでしょうか。ご興味のある方はぜひご覧になってみてください。

◆映像はこちら

取材・文 安田真子