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バイオリン商 デビッド・ローリーの回想録
第22話 パガニーニの弟子・その2


ある日、私はパリのガン・ベルナーデル商会を訪ねた。ちょうどガン氏が、駒と弦をかえたばかりのヴァイオリンを試奏しているところだった。彼は、この調整に四苦八苦していたのだ。何回も駒をつけたり、はずしたりしたあげく、ようやく納得のいく位置におさまってくれたのだと言いながら、そのヴァイオリンを私に手渡した。 

 「誰の作品と思うかね?」 

 私には、それが、ベルゴンツィであるとすぐ判った。表板にはかなり割れ傷があり、あちこちに新しいニスが塗ってある。ところが楽器に立てた駒と弦の張り方を見て、非常に驚いた。駒は異常に低くセットしてあり、その為に弦が普通よりかなり指板側に近づいている。

その上、ネックの形も特異であった。とっさにシヴォリのヴァイオリンのことが頭に浮かん だ。シヴォリの持っているヴァイオリンの状態にとても似ているのだ。


写真:Ernesto Camillo Sivori<1815-1894),Wikipedia Commons,PDold

私はシヴォリの弟子が、先生の楽器に似せた状態のヴァイオリンを注文したのかとふと思った。ガン氏に聞いてみると、当たらずとも遠からずだという。

実のところは、シヴォリ自身がたまたま、このベルゴンツィを安く入手したので、遊び心で彼の持っているヴィヨームのヴァイオリンと同じ調整にするようにと頼んだものらしい。ガン氏は二度も調整を試みたが、どうもうまくいかない。

そこで、ヴィヨームを自分の手元に置いてくれないと、同じ調整は無理だと断ったらしい。シヴォリとしては自分の意志に反することではあったが、とうとう承諾してヴィヨームのヴァイオリンを彼に預けた。 そこで今、ガン氏の店で二本を並べてみることができたわけだった。

 交互に試奏してみると全く類似点が見つからない。ベルゴンツィの方が、はるかに優れているという印象を我々はもった。

「部屋のすみへ行って、私に目かくしのまま交互に弾いてくれないか?」

と彼は言った。しかし、このことは不要だったようだ。

なぜかというと、二丁の楽器の音は、まるで彼等が話しかけてくるかのように、自分自身の音で自己主張して いたからである。ベルゴンツィは、駒と弦の状態がやや無理な調整によって変えられ、その長所が押さえられたにもかかわらず、音質、音量共にヴィヨームよりもはるかに優れていた。
そんな話をしているとろへ、たまたま二丁の楽器の持主であるシヴォリが入って来た。彼はあいさつもそこそこに、まるで魚雷のように話に飛びついてきた。

ガン氏は、ベル
ンツィを手渡した。シヴォリは、それを丹念に調べると、おもむろにンカチを衣のに当てたしていつのように、完璧な奏法で…第三ポジションよりでは、親指をネックから離すあのスタイルで……いともたやすそうに、各弦をに、すべるように弾く。

写真:“FOUR CENTURIES OF VIOLIN MAKING”,John Dilworth,page80,626

やがて彼がヴァイオリンを弾き終わるや、ガン氏は「あなたのような芸術家が弾くと、音色もとても素暗らしい。」と大喜びした。そして「音質の点でも音量の点でも、他のどこの楽器よりもイタリア製のヴァイオリンがはるかに優れているということがわかりますね。」と、思わず口走ってしまった。

ところが 「それはまだ何とも言えないでしょう。」 とシヴォリは答えた。そして、我々は実際、全く驚くべき結果を見…いや、聞いてしまったのである。

シヴォリは、ヴィヨームを手にした。そして指ではじいただけで調弦をしたが、その素早さに、我々は、ただもう早く彼の出す音を待ち構えた。ハンカチがいつものようにカラーの上に当てられ、ただちに敏速な指の動きとともに、指が弦の上を走り始めた。

しかしそれは、全く驚くべき美しい音色を造り出していた。シヴォリは、「僕は、ヴィヨームの大型に慣れているから、ベルゴンツィよりも弾きやすいのは当然だろうね。」と弾き終わって言うのだった。

しかし、目の前で聞いていた我々からみて、ベルゴンツィが特に弾きにくそうだということは全くなかったと思う。明らかにこの比較の結果は、完全にヴィヨームに分があった。彼の手にかかったヴィヨームは、他のどんな楽器をもその輝きを失わしめたのである。 
第23話 ~ ビヨームのガルネリコピー(1)~へつづく