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連載『心に響く、レジェンドからのメッセージ』

1984年から1993年まで、文京楽器が発行していた季刊誌Pygmalius(ピグマリウス)より、インタヴュー記事を復刻掲載します。当時、Pygmalius誌では古今東西のクラシック界の名演奏家に独占インタヴューを行っておりました。
レジェンドたちの時代を超えた普遍的な理念や音楽に対する思いなど、心に響くメッセージをどうぞお楽しみください。

第28回 江藤俊哉

引用元:季刊誌『Pygmalius』第6号 1984年7月1日発行
■江藤俊哉

鈴木鎮一、モギレフスキーらに師事し、東京芸大をへて渡米し、1952年カーチス音楽院卒業。同時に同校教授となる。1961年帰国。現在に至るまでコンサート、レコーディング共に国際的な活動を継続。主な共演者はオーマンディ指揮フィラデルフィア管、コリン・デーヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管他。1971年モービル音楽賞、1979年芸術院賞。1978年カール・フレッシュ・コンクール審査員、1983年日本国際音楽コンクール審査員長。

1. 楽器選びの条件

ーさっそくですが、今どんな楽器をお持ちになっていますか。


 1730年のガルネリウス・デル・ジェスと、1710年のアントニオ・ストラディバリ。それと弓は、ドミニク・ペカットのゴールドを2本と、トルテを1本。それにね、パガニーニが友人にあげたという弓を持っています。僕が見つけて、500ドルで買ったものだけど(笑)。


ーワー! タダみたいですね(笑)。


 その頃の500ドルでも安かったですね。「ニコロ・パガニーニから、セニョール・ラ・クォント」って書いてあって。なんというか縁起物でいつもケースに入れて、実際は弾いたことないんですよね。重たくてね、音が雑で。現代音楽なんかで、バイオリンを叩く時に使う…(笑)。


ー何年くらい前のお話ですか。


 アメリカに住んでいた頃だから、30年くらい前かな。でも、その頃、弓で1,000ドルといったら「すごい」と思ったですよ。


 ドミニク・ペカットの弓はね、クニッツァーというバイオリンを弾く人がフィラデルフィアにいて、その人が持ってたんですけど、僕はその弓が好きでね。ペカットの作った中でも一番良いと言われていてね。とても気に入っているから、ぜひとも譲って欲しいって、生前に言ってたんですね。そしたら、亡くなる前に「これは江藤に約束しているものだから」と、お嬢さんに言ってたと楽器屋さんが教えてくれたんですね。

 もう1本は、クライスラーのペカットで、フリッツ・クライスラーって書いてあるんですけどね。これは、アメリカの友人に聞いたんですけど、ヒルの文献に残っているんですね。ヒルが毛箱のところを修理した時に、名前を入れたんです。ものすごくこれも良い弓です。

 それから、トルテの弓は、ビドゥデというスイスの弓作りのところにあったもの……。今はほとんどこれを使ってます。


ーデルジェスにはペカット、とよく言われますが。


 僕もね、そう思っていたんですよ。ただトルテもね、デル・ジェス弾くと、ものすごくきれいな音になるんですよ。不思議なもので、音質が本当に違ってしまうんですね。ストラドにむしろ近い音になってしまうんです。  僕のデル・ジェスは、ペカットで弾いていると、音がどんどん深くはなるんだけど、だんだん暗くなっちゃうんですね。で、ストラドで練習していると、あっ、こんな音も欲しいなと思うこともあるわけ。  で、ある時、間違えてトルテでガルネリを弾いちゃったんですよね(笑)。


ー間違えて、ですか。


 そう、間違えて(笑)。で、その時、今日はいい質の音だけどいやに弾きにくいなと……。そしたら、トルテを間違えて使っていたんですね。でもそのリサイタルが終る頃には、本当に美しい音になって楽器の音が違ってしまったくらいでした。

 スターンと上野でやった時は、まだペカットで弾いてたんですが……


ーあ、スターンが止まっちゃった時ですか


 ハハハハ、そう、あの時はまだペカットだったんだけど、その後、北海道でやった時、弓を間違えて持ってっちゃったわけ。それで「あ、違う弓を持ってきちゃった」「何の弓だ?」ってスターンが聞くから「トルテ」「ショウ・オフ」って、つまり沢山もっているからって見せびらかすなよって言ってね……(笑)。


ースターンは何の弓でしたか。


 彼は、パジョー使ってますね。ものすごく良いパジョーね。彼はトルテも持っているし、他にもいろいろ持っているけど、どちらかというと弓にはそれほどこだわらない人でね。ただ自分の持っている中でパジョーが一番好きだと言ってましたね。彼のパジョーは強いんですよね。


ー楽器を買う時、どんな点をまず見ますか。


 初めは、絶対音ね。自分の欲しい音で、しかも大きい音がすること。昔、ロシアン・ストラドというのがあって、コレクターの人が持ってたんですが、僕に弾いてくれというので、借りて弾いてたんですね。リサイタルをすると、みんながきれいな音だと言って……。売ってもいいような話もあって。たまたまその後すぐオーケストラと演奏旅行に出て、チャイコフスキーを弾いたんですけど、今度はみんなが「絶対買うな」と言うんですね。「音はきれいだけど、小さいから」というわけです。

2. リュポのお話

 僕が学生の時、生徒に貸す楽器がカーチス音楽院に3本あったんですよね。リュポと、ヒルの楽器と、メニクの作った楽器と……(その頃ひどい楽器しか持っていなかったので)ジンバリストに、君のよりもましだろうから、どれか選びなさいよといわれて、リュポを選んだんですよね。その頃、リュポはまだ全く知られていなかったけど。

 それでジンバリストが、ふつうは売らないんだけど、売ってあげるから自分のものにしてしまいなさいと勧めるし、僕も買おうかなと思いましてね。買う前に調整してもらおうと思って、ウィリッツアーのサコーニの所へ楽器持っていったんですね。楽器を鑑定してもらうつもりは全くなくてね。だって、ジンバリストがリュポだと言ってるしね、僕も全然疑ってなかったし。

 そしたら、サコーニが変な顔をして「この楽器リュポじゃないよ、悪いけど。まさか買ったんじゃないでしょうね。」って言うわけ。「これはリュポじゃなくて、弟子のベルナーデルが作ったものです。」(その当時、リュポは2,500ドルくらいはしていたのですが)「音がいいから、買うのはいいけど、2,500ドルはもってのほか。ベルナーデルなら1,000ドルくらいのものだし。」と言われてしまった。帰ってジンバリストにその話をしたら、あんな不機嫌な顔をしたジンバリストって見たことないね(笑)。絶対に不機嫌な顔しない人なのにね。で、結局はほかのリュポを買ったんですが、あの学校のリュポは、学校が2,500ドル出して買ったものだったから、1,000ドルじゃ売れなかったわけ。

 楽器商のメニクは知ってたみたいですね。僕に買うな買うなって言うんですね。それだけ出すなら他に良い楽器があるんだから、私が世話してあげると言って......。僕もその頃あまり知らないものだから、業者がそう言っているという風にとらえていたのね(笑)。メニクが買うな、買うなというのを、なんてがめついんだろうと......(笑)


ーメニクはどうやら知っていたということですねえ。


 そうでしょうね。「買うんだったら、ちゃんとジンバリスト先生に証明書を頼みなさい。」と言ってたんですね。


ーデビューはそのリュポでなさったのですね。


 そのリュポで、カーネギーホールのデビューリサイタルをしました。僕も結局、リュポを選んだんですね。そしたら、みんなが、その音はストラドかデル・ジェスかと言ってね……。で、リュポだとわかったらとたんに、リュポってのはいい楽器だと評判になったわけです。

 あの時、ジンバリスト先生が、デル・ジェスを貸してくれると言ったんですけど、自分のリュポの方が音が明かるくて良いからと思って、結局、リュポで弾きました。「こんなに良い音は聞いたことがない。フランチェスカッテ以来だ。」って、批評家が書いているんですね。だから、よほど良い音がしてたんでしょうね。

 それ以来、楽器はね、音が良くて、自分が好きな音ならかまわないと思っているんですね。値段をよく調べて、高過ぎると思ったらよすし、この値段を払っても、どうしてもこの音が欲しいと思ったら買ってしまうわけです。この買い方だと、次の楽器買う時、下取りに出して売る場合は損するということだけ覚悟してね。その代わり、その間使っていた使用料だと思えばかまわないわけですね。僕の場合は、そういう感覚でいっているんです。


ー時間が経って、価値の上がるものと下がるものとがあることは事実ですね。


 演奏家としては、自分の好きな楽器でないとダメなんですね。良い楽器だけど、こういう点がいやだなと思ったものを使っていると、僕の場合、耳についてきちゃって絶対だめなんですね。以前、フィラデルフィアのコンマスが使っていたデルジェスが売りに出された時も、「音がこもって、いやだな」と思ったら、少し使ってみたけどやっぱりずーっとそれがついて回って耳につきましたし......。

3. 愛用のカープラン

ー弦は特にお好みのものがありますか。


 長年使ってますけど、Eはゴールド・ブラカット、Aはカープラン・デラックス。この頃、息子の代になってから、そう言ったらいけないけど、良くなくてね。巻きがすぐほどけたり、音がひっくり返ったりするんですね。


ーオリーブのAはお使いになったことありませんか。


 僕は一度決めると変えるのがいやで(笑)。Dはカープラン・シルバー、昔の方ね。Gだけは、どうしてか、オリーブのリジットを使っています。

 ペルソンが、まだメニクにいたころ、僕の楽器につけて、この組合せが一番良いと言ってくれたものですね。その頃はカープランも、商業的にムチャクチャに作っていなかったですしね。


ーペルソンは、メニクにいたんですか。


 メニクが有名にしたんですよ。南アメリカでやってたのを、メニクが呼んで、それで作らせて、修理とかもやらせたりして。つまり、メニクの下で仕事をさせたわけね。


ーじゃ、独立してから大量に作り始めたんですか。


 そう、メニクにいるころは、メニクが監督していて、そんなに作らせなかったから。

 メニクにいた頃に作ったものは素晴らしいですよ。フィラデルフィアのコンサート・マスターのノルマン・キャロルがデルジェスを買った時、同じものを作って欲しいと言って頼んだんですよ。仕上がってノルマン・キャロルに渡す前に見せてくれたんだけど、どっちがどっちか全くわからなかったですね。ていねいに作ってあって、キズも何もかも全くそのままで、音もね。全然わからなかった(笑)。それほど素晴らしかったですね。

4. 若い人達に一言

ーでは恒例の、「若い人達に一言」をお願いします。

 楽器屋さんには悪いんだけど(笑)、自分がコンクールなんかに受からなかったりすると、必ず、楽器のせいにしているんですね(笑)。それより前に、自分の技量を考えたらどうでしょうかって、僕は言いたいんですけどね。そりゃあね、先生からみると、せっかくこんなに弾けてるのにひどい楽器でかわいそうだと思うこともあるけれど、大体は、楽器の方が良い生徒の方が多いですね。

 みんなに言いたいんですが、必ず大きな音の出る楽器がいいですね。質の方はね、ビブラートとかボーイングで工夫すればどうにかなると思いますね。弓もね、昔は安かったから良いものをということがあったけど、今は弓もうんと高くなっているでしょう。昔、アメリカでリュポを弾いていた時、トルテを使って弾くと、もう全然リュポという感じがしなくて、ストラドみたいな音がしたから、ああ、弓というのは大事だなと思ったものですから。

 でも日本の学生は外国と比べてぜいたくですよね。みんなすごい良い楽器持っているから。アメリカで、そんな名のある楽器持っている人なんて少ないですからね。ただ、プロになると、すぐ誰かに借りるのか、貸してくれるのか、必ず良い楽器になりますけどね。それまでは学校から借りたりして、自分のは相当みじめな楽器ですね。ヨーロッパでも同じですけどね。日本人だけが良い楽器持って。どこにお金あるんでしょってみんな不思議がって...(笑)。

 音量が小さい楽器は買わない方が良いと思うんですね。音量があれば、後は自分で研究していくようにしていくと、後で良い楽器になった時、すごくためになりますよ。小さい音の楽器はいくら努力しても大きい音は出ないわけですから。

 

ーお忙しいところ、今日はほんとうに有難うございました。