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イタリア発・世界をつなぐオンラインのクラシック音楽フェスティバル『AndràTuttoBene』


パンデミックの影響で大きな被害を受けているヨーロッパ。中でも被害の大きいイタリアでは、3月10日から今に至るまで外出禁止令が敷かれています。劇場などのイベントが中止されたことはもちろん、生命維持に必要なこと以外はほとんどの活動を止めざるを得ないような状況が生じています。不要不急の活動以外は禁止され、異様なほどひと気のない町のようすが報じられてきました。多くの人々は自宅で長い時間を過ごしています。

そのような中、3月ごろから「音楽にまつわる活動を止めてはならない」という思いを胸に、世界中の劇場や音楽家たちがインターネット上でコンサート映像を配信したり、マスタークラスやレクチャーを開いたりという動きが見られるようになってきました。
今回は、その流れの中でも早い時期に始まり、現在6万ページビューのイベントに成長した、イタリア発のオンライン音楽祭『AndràTuttoBene』を取り上げます。

音楽の灯火を絶やさぬために

イタリアのフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州スピリンベルゴに住む若手チェリストで、この音楽祭の芸術監督を務めることになったリッカルド・ペスは、開催のきっかけについてこう語ります。

「最初にパンデミックと聞いた時はロンドンにいたのでフェイクニュースではないかと思いましたが、イタリアに戻るとすぐに事の重大さを実感しました。劇場は閉鎖され、コンサートが全てキャンセルされて、苦しい心境に追い込まれたのです。音楽の灯火が消されてしまう、音楽家はもう演奏をしなくなる、コンサートに行けなくなるということを受け入れられない思いでした。
今日のような苦境に置かれているときこそ、私たちには美しさや音楽が必要です。重苦しい沈黙が続く中、3月の初めに親しい友人でジャーナリストのパオラ・ダッレ・モッレさんから『リッカルド、この状況の中で何かを作り上げなければ』というメッセージが届いたとき、本物のクラシック音楽のフェスティバルというアイディアがすぐに浮かびました。看板を用意して、音楽学者の解説も付けた音楽祭です。音楽学者のロベルト・カラブレット(大学教授、ヴェネツィアのレーヴィ財団代表)に依頼すると乗り気になってくれて、『音楽の解剖学』という(レクチャー映像)シリーズを作りました。その後、根岸由起さん(ピアニスト)も映像配信の技術的な面でチームに加わりました」

写真:13日に演奏したロンドンのヴァイオリニスト、ラウラ・チャンのフェイスブック上でのライブ配信

世界各地からクラシック音楽の演奏家が参加

このアイディアが結実したのがオンラインでのみ開かれる音楽祭『AndràTuttoBene』でした。『Andrà tutto bene』とは、イタリア語で『きっと全てうまくいく』という意味で、お互いを励まし合ってウィルスの流行を乗り越えるため、3月頭頃からイタリアのあちこちで合い言葉のように使われ始めたフレーズです。

3月19日から4月9日までのフェスティバル期間中には、イタリアの現地時間18時には毎日欠かさず、フェイスブックとインスタグラムといったSNS上の同音楽祭公式ページにおいてコンサートのライブ映像が配信され、合計で35名の音楽家がイタリア、イギリス、アメリカなどそれぞれの場所から演奏を届けました。

出演者やプログラムは毎回異なり、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロ、ピアノの独奏から、ヴァイオリン・チェロ・ピアノのトリオなどの室内楽まで多種多様です。
「友人の中でもとりわけ才能豊かで人間的にも素晴らしい音楽家を選びました。ハイレベルの演奏を提供でき、彼らの人間性をも伝えることができるような音楽家に出演してほしかったのです。クラシック音楽界では、非常に有能でも人間性が低く、繊細さがない音楽家もよく見かけます。技術的なスキルと生まれ持っての才能、さらにすべての聴衆に届く感情を持ち合わせるアーティストを見つけるのは稀なことです」(リッカルド・ペス)

短いコンサートに込める思い

「全ての演奏者に、最大15分で、家で過ごしている私たちの聴衆とシェアしたいと彼らが感じる作品をレパートリーから3・4曲提供してもらうように頼みました。
出演者は気兼ねなく、それぞれの個性と味わいを届けてくれました。私たちの後の成功にとって、これがとても重要なポイントだったと思っています」

芸術監督を務めるチェリスト自身もソロ演奏でフェスティバルに参加。多重録音も駆使し、自作曲やジョヴァンニ・ソッリマの独奏曲などを披露しました。
「私自身が演奏する曲については、テンポの緩急をつけた多彩で活き活きしたプログラムをすぐ思いつきました。コーエンの『ハレルヤ』のような有名曲で締めくることもです」(リッカルド・ペス)

写真:中国・武漢出身のカナダ人ピアニストとイタリア人ピアニストの二重奏

演奏者のほとんどは、自宅から映像配信をしました。演奏前に音楽家が短い曲紹介をしてから、拍手のない静けさの中、演奏が始まります。
イタリアの音楽一家が奏でるモリコーネの『ニュー・シネマ・パラダイス』やピアソラといった親しみやすい曲から、中国・武漢出身のカナダ人ピアニストとイタリア人ピアニストのヴァーチャル二重奏など、それぞれに個性が光る演奏が話題を呼びました。

「アーティストたちは、この活動に参加することは彼らにとってどれほど重要なことなのか、何度も繰り返していました。ハイレベルの演奏、革新的なコミュニケーション方法、そして運営チームの努力、そして社会的なメッセージを共有してくれたのです」

SNSのプラットフォームを活用

事前に告知された時刻にフェイスブックの同音楽祭公式ページを開くと、画面の左隅に『LIVE』と書かれた映像が表示されます。今この瞬間、スクリーンの向こうで演奏が繰り広げられていることがそこから分かります。

視聴する人は、演奏家に向けてメッセージを送ったり、チャットで感想を言い合ったり、絵文字の「拍手」やハートマークを送ったりと自分の思いを表現していました。SNSという多くの人にとって身近なプラットフォームにおいて、誰にでもアクセスできる形で開催されたことで、演奏家と聴き手、そして聴き手同士のの距離が縮まるという効果があったのかもしれません。

一方で、慣れないオンラインでの配信作業に戸惑う演奏家の姿も。技術的なサポートは欠かせません。

「ライブ配信で気を付ける点は、演奏中に(配信が)途切れてしまうのを避けること。本番のライブ配信の前に問題点を解決できていたので幸運なことに技術的問題は起きませんでした。根岸さんのおかげです」(リッカルド・ペス)

「私がトップバッターの演奏者だったということもあり、まだ世の中は動画配信を個人のアーティストたちがやり始めたばかりの頃で、3月20日の演奏直前まで試行錯誤でした。リッカルドくんはメディアでのインタビューや自分の作曲・演奏もあり、私がそれ以降演奏される音楽家たちに直接プロセスをお伝えさせていただきました。私自身はその時が初めての配信で、かなり緊張しました」(根岸由起)

毎日届くライブ映像

演奏会が中止になったことによって仕事が無くなってしまったフリーランスの演奏家や音楽関係者だけではなく、他業種でも仕事を失った人や、家族が入院していたり、生活に不自由を感じていたりと、程度の差はあれ、厳しい状況にさらされている人が多い現状。さらに、ソーシャル・ディスタンシングという感染予防のための制限が加わり、人と会うことが減ったという人も欧州には少なくありません。だからこそ、私たちは心のつながりを感じることを必要としているのかもしれません。

コンサート中のコメント欄には、聴衆は拍手ができないかわりに送るメッセージや絵文字、『バーチャル・ハグ』がいくつも表示されていました。スクリーンの向こうから演奏者が心のこもった音楽を届けてくれるひとときは、多くの人の日々の癒しになったようです。
「聴衆からの反応は素晴らしく、サポートの言葉や応援、改善点についてのメッセージもたくさんもらいました」(リッカルド・ペス)

なお、コンサート映像はライブ配信された後、時間を置いてSNSのフェスティバル公式ページにアップロードされ、いつでも見られるようになっています。

https://www.facebook.com/pg/andratuttobenefestival/videos/?ref=page_internal

写真:インスタグラム上でのリッカルド・ペスのコンサートの模様

オンライン・コンサートの未来

多くの国で大人数の集まりが禁止されている今、必然に迫られ、この音楽祭の他にもフェスティバルやコンクールなども企画する団体が見受けられるようになってきました。インターネットが活用される機会が増えるにつれ、オンラインの動画配信という形式の持つ長所と短所が浮かび上がってきます。

「オンライン・フェスティバルは距離に打ち勝ちます。世界のどこからでも直接配信できるのです。残念ながら音質はとても良くはなく、聴衆との直接のコンタクトが欠けています。もちろん、バーチャルな聴衆を直接つなげることを可能にするので、生のイベントの一部として使える革新的な方法として開拓されるべきもので、驚くような潜在的な可能性があると思います」(リッカルド・ペス)

「世界中で演奏会が次々とキャンセルされる現在の状況に置かれて改めて、オンライン・コンサートというものの可能性・利点を強く感じます。それまでは、画像・音質がプロレベルではなく、家から配信なんてとても恥ずかしいと思っていました。元々ファンの方々にメッセージを送るために動画配信をされるアーティストはたくさんいましたが、演奏そのものはやはりクオリティの高い演奏会場や録音スタジオでのものを配信していたと思います。
今回のようなきっかけで、普段着での演奏、編集されていないものの生配信、多少クオリティが落ちるものでも直接聴いてくださる方々へ演奏を送る純粋さなどが『許される』、『歓迎される』ようになったのではないでしょうか。また、高いチケット代を払わずに、家で拝聴できる快適さも見逃せませんよね」(根岸由起)

一方で、現在のような状況が長引くなら、演奏家が今後も音楽活動を継続していくために、聴き手側からのサポートが必要となってくるという点も見逃せません。

「改善点は、やはり音質や画像のレベルアップという機械的な点ではないでしょうか。あとは、無料での配信には限度があるのでは、と思います。現在のロックダウン状態が長く続けば続くほど、アーティストたちの生活もかかってきます。多少有料にしていかないと、演奏する側も苦境に追い込まれるかもしれませんね・・」(根岸由起)

写真:フェイスブック上での根岸由起のコンサート

心を支え、つなぐ音楽

4月13日には締めくくりのイベントとして、さらに多くの音楽家が加わり、クラリネット、アコーディオンの独奏に始まり、ヴィオラとチェロの二重奏など、合計12組のグループによる国境を越えたマラソン・コンサートが開かれました。

演奏家は遠く離れた場所にいたとしても、オンライン上のイベントであっても、目の前で鳴っているのは生楽器ではなくPCやスマートフォンであったとしても……コンサートが今まさに世界のどこかで開かれ、音楽が絶えることなく届くのは心強い事実です。目には見えないけれど、精神的な支えになりうる音楽というものの力に改めて気づかされたという人も少なくないのではないでしょうか。音楽は人の心を支え、つなげてくれる大切な存在だと改めて感じさせられるフェスティバルでした。
取材・文/安田真子

プロフィール:オランダ在住。音楽ライター、チェロ弾き



■English version available
https://www.bunkyo-gakki.com/en/stories/News/andratuttobene