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第19回 コンセルトヘボウ管が観客入りコンサートを再開 in Amsterdam

オランダの短い夏が終わりを告げたころ、オランダを代表するオーケストラであるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が、観客を入れたコンサートをいよいよ再開するという知らせが届きました。国や市から指定されたコロナウィルス対策のガイドラインが緩和されたことで、大人数が出演し、聴衆として参加するコンサートが実現可能な状態になったという変化は、音楽ファンのみならず多くの人の気持ちを明るくするニュースでした。

およそ半年ぶりのオーケストラ生演奏を聞きに同ホールへ足を運ぶと、そこには音楽家と聴衆が共有する幸せな空間が広がっていました。具体的なウィルス対策の工夫に触れながら、その様子をレポートします。

コンサート再開の流れ

オランダ・アムステルダムを代表する音楽ホール『コンセルトヘボウ』では、以前こちらの記事でもご紹介したように、6月12日に小ホールで30人以内の観客を入れた室内楽のコンサートをもって、コロナウィルス後の活動を再開しました。
7月に入ってからは、ガイドラインが緩和されたことで観客数350人までのイベントが開けるようになったことから、2人のピアニストの公演を皮切りに、大ホールでも公演が行われるようになったのです。

8月後半からは、同ホールを活動拠点とするオーケストラである『ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団』も観客を迎えたうえでの演奏会を行うようになりました。今のところ、12月までの公演の見通しが立っています。今年ばかりは9月の新シーズンの開幕を待たず、ベートーヴェンに始まる人気のプログラムをメインに据えたコンサートを連日のように開催しているという状況です。

同楽団は5月からリハーサルを再開し、今までに無観客コンサート映像の配信などを行ってきました。
大ホールの客席を取りはずし、プレイヤー間の距離を大きくとってリハーサルを行い、録音録画のために合奏するようすがネット上で公開されています。(https://www.concertgebouworkest.nl/nl/concertgebouworkest-speelt-weer

現在、観客席の数は以前の2割に満たないほど少ないため、ストリーミング映像が積極的に行われるようになったことは、コロナウィルス以降の大きな変化です。結果的に、世界各地の音楽ファンの注目を集めることにつながっています。

ゆったり座れる『ビジネスクラス』仕様

8月26日から29日にかけて、同楽団は合計5回の公演を行いました。プログラムはラフマニノフの交響曲第2番の一択です。オーケストラのメンバーは2組に分かれて編成され、それぞれ若手とベテランのコンサートマスターが登場するなどの違いがありました。

筆者は8月29日土曜の昼公演に足を運びました。当日体験した、今までとは異なることを挙げていきます。

・入口が左右に分かれている
大ホールの入場ルートは、左右に2分割されるようになりました。ホール建物に入る際には、左右どちらの入口から入れるのかがチケットに記載されてるので、あらかじめ確認しておくとスムーズです。
入口を見つけたら、前の人と一定の距離を空けて列を作り、順番を待ちます。手の消毒をした後、スタッフから簡単に健康状態についての質問を受け、問題なければチケットをスキャンして入場できます。注意点としては、クロークは閉鎖しているので、A4サイズまでの鞄は持ち込めることに気を付けておきましょう。

・ホール内でドリンクが楽しめる
ロビーで飲食や談笑することができないかわりに、フレキシグラスの防御壁ごしにカウンターで飲み物を受け取り、ホール内に持ち込めるようになっています。ドリンクは冷たいもののみ提供されていました。グラスは衛生面と騒音を考えてか、硬質プラスチック製でした。

・座席は当日指定
ホール内に入る際には、スタッフが観客を1組ずつ誘導し、その場で席を選んでくれます。購入時、ステージ席かバルコニー席、1階席という3種から好きなブロックを選び、当日はその中から先着順に任意の座席に案内されるという形です。

・客席の変化
基本的に、1メートル半のソーシャルディスタンスを守るため、各人もしくは各世帯の間は3席ずつ空けることが新常識になりつつあります。ルールに則って、ホールの座席は余裕をもって配置されています。
同ホールでは、大ホールの客席のレイアウトを大きく変更しました。1888年に開館した当時のレイアウトを再現したといいます。2000席のうち(関係者の人数は含めず)350席のみを使用し、1階席ではホール内でもドリンクを楽しめるよう、テーブルが配置されています。
スタッフいわく『ビジネスクラス・シート』。同楽団の調査によれば、ゆったりと座れることをかえって喜んで、97パーセントの観客が「Marverous!(素晴らしい!)」と答えたといいます。災い転じて福となす、といったポジティブな視点が素敵ですね。

<客席の紹介映像>


<コロナウィルス対策のコンサートの流れを入場まで紹介する映像>

舞台上の配置の違い

舞台に目を移すと、やはり普段とは少し異なる光景が広がっています。

ソーシャルディスタンスは、出演者にとっても少なからず変化をもたらしました。リハーサル時の荷物を置く場所や通路が決まっていることに加えて、舞台では弦楽器奏者でも1人ずつ譜面台が用意され、1メートル半以上プレイヤー間の距離を確保しているのだそうです。

そのためのスペースを用意するため、舞台を拡張して床面積を広げたうえ、舞台奥の合唱が使うひな壇の部分も最大限に活かして管楽器や打楽器が配置されている点にも気づきます。
結果的に、舞台の端近くに座る演奏者と指揮者の間の距離は相当離れているので、アンサンブルの難しさは出てくるかもしれませんが、安全が第一です。

開演を待つ間、いつもと違う眺めに、観客も、演奏者もきょろきょろと周りを見渡していました。見慣れないステージセッティングの裏には、スタッフの工夫が隠されていて、そのおかげで演奏会が無事に開かれることを考えると、感謝の気持ちが沸いてきました。

淀みない見事な演奏


指揮者は、以前のように上部から階段を降りてきてプレイヤーの間を通ることができないため、舞台袖から登場します。今回、ラフマニノフの交響曲第2番を指揮するのは、現在41歳のアンドリス・ネルソンスです。

ネルソンスは、今年1月に行われた同楽団内の次期首席指揮者を決めるための団員投票に名前が挙がった3人の指揮者のうちのひとり(※)です。今後の同楽団との関係の変化に期待が高まる、注目の指揮者といえるでしょう。
(※ de Volkskrant紙の記事より)

曲の冒頭からきめ細やかな音の立ち上がりに息をのみ、一気に引き込まれました。全体的にゆったりとしたテンポで、霧のように形を変えながら淀みなく流れていくかと思えば、足取りを確かめるように進んでいき、心地よい安定感があります。高い波のような緩急の表現も見事。音が多く、濃密な印象のラフマニノフ第2番ですが、あっという間に1時間15分の演奏が終わり、拍手が鳴り響きました。
久しぶりにオーケストラを聞いたので、日常生活ではこれほどボリュームが大きく心地よい音に全身を包まれることがないという事実に気が付きました。生演奏のもたらす体験の強さにも改めて圧倒されました。

演奏が終わってカーテンコールを受けた後、ネルソンスはオーケストラに向かって小さく拍手し、聴衆に向き直ると、両手を合わせて礼をするような仕草をしました。それに応えるように飛び交うブラボーの声。スタンディングオベーションは禁止なので、自然と拍手に力がこもります。多くの観客が今まで聞いたことのないような音の足踏みをした点に、この日の聴衆の興奮が感じとれました。その時、ホールは多くの人の喜びが満ちあふれているのが目に見えるような、とても幸せな空間が広がっていたことを覚えています。

『オーケストラ』という集団による芸術表現は、コロナウィルスのある時代に生きる私たちにとって、今までよりもずっと非日常的で、特別な存在になってきているのかもしれません。
Photo (c) Milagro Elstak

取材・文 安田真子