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写真:"エディンバラにあるセント・メアリーズ大聖堂" St Marys Cathedral Nave Edinburgh by wikimedia commons

バイオリン商 デビッド・ローリーの回想録
第43話 音楽会


音楽会の当日、ヴィヨーム氏は友人と連れだって会場へ出かけた。

一曲目で拍手喝采。さっそく、打ち合わせどおりのアンコール。だが、音色はあまり変わらない。自分のヴァイオリンはストラド並みだと思ってはいたが、ほとんど同じ音色だったとは……。

写真:classical music photo by pixabay

演奏会の後半は、まず二曲、短い休憩をはさんでもう一曲だった。今度は、休憩の前後で音色に違いがあった。 初めの二曲では、弱音器をつけたような通らない音。しかし、最後の曲は音色もすばらしく、満場の拍手だった。

音楽会が終わると、ヴィヨーム氏は演奏者を近くのレストランに招いた。タ食の席で、ヴィヨーム氏は、「君は私の楽器に、ストラドより美しい音がするような特殊な弦を張ったのかね」とたずねた。

すると、「そんなことはしていません」という答えが返ってきた。

>実は、開演直前に「ヴィヨーム」の第一弦が切れてしまったので、しかたなく、一曲目もそのアンコールもストラドで弾いたというのだ。

そして、休憩中に「ヴィヨーム」に弦を張り、後半の曲を弾いた。ところが、音色があまり良くないので、ストラドに持ちかえて終曲を弾いたのだという。自作のヴァイオリンの音色に対するヴィヨーム氏の自信は、この実験で、もろくも崩れ去ったのであった。


■ 「エルンスト」の音色

さて、私自身のことに話を戻そう。私は「エルンスト」のストラドを持ち帰ったものの、当初は売る気がなかった。楽器は調整してから落ち着くまで時間がかかる上、海峡を渡るときに潮風を浴びていたからである。
写真:Wilhelmine Maria Franziska Neruda by wikimedia commons

ヴァイオリンが潮風に影響されるなどと、以前は信じられなかった。しかし、それが事実であり、すぐれた楽器ほど影響を受けやすいことがだんだんわかってきた。それで、「エルンスト」をしばらく手元に置いて弾いていたところ、私でもけっこう美しい音を出せるくらいに回復した。

自分で弾いてみてわかったのは、

①この楽器が不当に低く評価されている。
②音色は、豊かで荘重なだけでなく繊細で、よほどの弾き方でなければそうした音色が出せない。
③ふさわしい演奏者を見つけるのが難しい、
の3点だった。

最後の所有者の音色を非難する人もいたが、そんなものはあてにならないと考え始めていた。

別に売りたくなかったわけではないが、私は、その後もしばらくそれを手元に置いて、弾いたり、友達に見せたりして楽しんでいた。

そして、ようやく願ってもない弾き手が現われた。マダム・ネルーダだった。

彼女は、チャールズ・ハレ氏との巡業先から手紙をよこしてきた。「試奏したいので、エディンバラまで何台か楽器を持ってきてもらえませんか」。私は、「あなたにぴったりの『エルンスト』も持って行きます」との返事を書いた。この楽器のことを知っていた彼女は、「『エルンスト』まで持ってきていただかなくても」と言ってきたが、私は持って行った。

ハレ氏の伴奏で、彼女が「エルンスト」を弾いたときの二人の驚きようといったらなかった。ハレ氏は、「こんな美しい音色は聴いたことがない。今までなんてひどい評価を受けてきたことか」と叫んだ。私の言っていたとおりではないか。

ハレ氏は、晩年のエルンスト氏と共演したことがある。それで、「演奏者の健康状態のせいで音色が変わったのでは?」ときいてみた。「きっとそうだ」とハレ氏は答えた。エルンスト氏の評判は、晩年とそれ以前では大違いだったのだ。

こうして音色のことは解決し、残るは、満員の大ホールで音が通るかどうかだった。それを試すには人前で弾いてみるしかない。さいわい、彼女はロンドンの聖ジェームズ・ホールで演奏する機会があり、この実験は大成功に終わった。

あれから20年。この申し分ない独奏楽器は、その良さを存分に引き出せる持ち主のもとで、演奏家をも聴衆をも満足させ続けている。

第44話 ~楽器の運命と持ち主・その1~ へつづく