■日曜・月曜定休
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その後、私が彼の演奏を聴いたのは、ただ一度だけだった。やはりそれもジャンセン氏の部屋での楽しい小音楽会であ った。その頃のヴュータンは、まだ生気に溢れ、才能も衰えずに、持ち前の“火の如き熱情”は失っていなかった。私は、かつてグラスゴーの公会堂で、彼の弾くジョセフ・グァルネリウスの熱き思い出を、ここで再び新たにする思いであった。
そして彼が健康を害するようになる少し前に、このヴァイオリンは、ヴュータンに絶えず手放させようとしていた彼の友人、 アントワープのウィルモットという人に渡った。その後、彼の弾いていたのは、ロンドンのブーランジェ氏から買ったも のであった。しかし、間もなく不幸にも彼の偉大な演奏能力は失われてしまったのだった。
このブラッセルで、最後に会ってから幾年も経たない頃のある日、パリのガン・ベルナーデル商会に入ってきた彼と出会った。その変わり方が余りにひどかったので、彼だとは気づかなかった。しかし、彼は私を二、三度眺めると、私だと気がつき、彼が弱っている風だったので、握手も出来なかったが、丁寧に挨拶を交わした。
彼は目に輝きを見せて、「今でも相変わらず、良い楽器を購入しては、ガン氏やパリの業者達を喜ばせていますか」と尋ねてきた。「そんなことは言わないで下さい!」とガン氏が叫んだ。「私を含めたパリの業者は誰でも、少しも嬉しいことはないのですよ。憎らしい位に思っています。ローリーは、立派な楽器であれば、ミスなしに買い上げますが、一番いけないのは、我々の想像もつかない高値でも買ってしまうのですよ。我々のところに売りに出てくるヴァイオリンがあっても、所有者の言い値で買わない時には、さっさと持ち帰って、彼らはローリーを待つのです。すると、彼は間違いなく言い値の額が、手に入るわけです」
私が少しためらっていると、それに気付いたガン氏が叫んだ。「ああ…せこい人が。我々に見せたくないんだ。それに、ここへ持ってきたくないんだね。あなたは、自分で手に入れたものは、どんな形であれ、我々には見せたくないんだ。ことに、パリで手に入れたものは、すぐに素性が分かるし、誰からかもすぐに分かってしまうからですね!」「あまりはっきりした言い方をするもんじゃありませんよ。実は、二日ばかり前に、パリで手に入れたストラドの逸品を持っているのです。皆さんは、その素性も知らないはずだし、かつて見たことがない程の楽器であることは確実ですよ。5フラン賭けてもいいですよ。」と私が言うと、「これが私の5フランです。さて、楽器を持ってらっしゃい。」とガン氏が言った。
私がそこへ楽器を持ってくると、ガン氏はそれを手に取ってじっと眺め始めた。仔細に調べ終わると、ヴュータンに渡し た。さらに仲間の一人、エルネスト・ベルナーデルを呼んだ
彼もまたよく調べ始めた。しかし、彼らは途方に暮れてし まった。このヴァイオリンは、素性の確かなことでは一点の疑いもなかったのだが、誰一人として、かつて見たことがなかったのであった。ガン氏が、賭金を支払いながら、「さあ、受け取りなさい。賭はあなたの勝ちだ。一体どこで見つけたのか教えて下さいよ。」「前にも言ったようにパリです。」と私が答えた。「けれども、初めて見たのは数年前のことでした。当時は、売り物ではなくて、ずっとそこにあったのです。」「なるほど。で、パリのどの辺ですか。」「さあ、それは話が別でしょう。賭の中には入っていませんよ。」と私が言うと、「話をしてくれるならば、賭金を倍にしてもよいのだが…」と彼は言ったが、私はこの件については断わった。
さて、このヴァイオリンをガン氏が調弦して、もう一度ヴュータンに手渡した。しかし、彼はヴァイオリンを保持するのがやっとで、弦に弓をあてて、指をほんの少し動かすことしか出来なかった。彼はすぐに止めてしまって、「ごらんなさい! 私の哀れな指が指出来るのは、これが精 一杯です。でも、このヴァイオリンを見ていると、ついつい弾きたくなってしまうのですよ。」と言うのだった。
彼が弾こうとする姿を見たのは、これが最後だった。