■日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays
10:30~18:30
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1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN
後楽園駅
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KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)
週末で賑わうオランダの文化都市ユトレヒトの一角で、今年もヴァイオリンのためのフェスティバルが開かれました。コンサートホールの上層階を貸し切って、いくつものコンサートが同時に開かれるという形式の1日かぎりの『ヴァイオリンの夜(Nacht van de Viool)』です。
ステージの主役でスポットライトを浴びるのは、もちろんヴァイオリン。クラシック音楽の枠を軽々と乗り越えて、世界のあちこちで活躍するヴァイオリンの表現者たちが集いました。
最後のステージでは、ジャズやロックで活躍するヴァイオリニストはもちろん、ノルウェーのフィドル、クレズマー、ジプシーやロマの音楽の演奏者や、トルコのヴァイオリンに似た伝統楽器などの弓で弾くヴァイオリンと同サイズの楽器のプレーヤーも含め、多くの出演者たちが大きな輪を描きました。
ヴァイオリンの音楽で世界をつなぐイベントは、気軽で親しみやすいことに加えて、現代のヴァイオリンを取り巻く新たな発見を与えてくれました。注目アーティストの映像を交えながら、開催の様子をご紹介します。
鮮やかなライトに照らされて、艶やかに浮かび上がるヴァイオリンの曲線美。ステージ上で楽器を操るのは、民族衣装を身に纏った演奏家から、ほぼ普段着でリラックスした様子の若者までさまざまで、音楽のジャンルも異なります。
ヴァイオリンを中心に広がる世界の音楽を集めた一夜かぎりのフェスティバル『ヴァイオリンの夜(Nach van de Viool)』が1月31日にオランダ・ユトレヒトのコンサートホールTivolivredenburgで開催されました。
金曜日の7時から0時すぎまで、ホール内にある大小の会場計7箇所でコンサートが立て続けに開催され、人々は各会場の間を行き来しながら、興味のある公演を自由に楽しみました。
コンサートの多くは30分前後と短く、演奏中でも入退場ができたので、今まで聞いたことのないジャンルの音楽でも緊張せずに楽しめるプログラムが用意されていました。
もともとジャンルを越えたコラボレーションや実験的な取り組みに好奇心を持つ人が多いオランダの聴衆。その嗜好によく合ったフェスティバルです。
バーカウンターの脇で軽食やドリンクを楽しみながらジプシー音楽のバンドを聴いたり、広いスペースで踊り出したり。座ってじっくり聴くもよし、次に行きたいコンサートまで空いた合間に立ったままちょっとだけ聴くもよし。自由に楽しめる空間が広がっていました。
『ヴァイオリンの夜』では、純粋なクラシック音楽の演奏をあえて避け、伝統音楽とロック、ジャズやフュージョンと呼べるジャンルを越えた演奏が繰り広げられました。
ほとんどの公演でソロ楽器としてメロディーラインを担うのは、ヴァイオリンもしくはヴァイオリンに類する民族楽器です。
数ある公演の中でも秀逸だったのは、ノルウェーのフィドル奏者イェルムン・ラーシェン(Gjermund Larsen) がリードするイェルムン・ラーシェン・トリオのコンサートでした。
約500人を収容する室内楽向きの小ホール『ヘルツ』で開かれた同トリオの公演には、ラーシェンと共にピアノ兼ハーモニウム奏者、コントラバス奏者が出演。
演奏された曲はすべてラーシェンが書いたもので、朝の空気や帰郷の思い、キッチンにいる母親についてなど、作曲の背景を短く語ってから演奏が始まります。
滔々と流れるフィドルのメロディーは、光と闇を巧みに描き出し、音の表情をさまざまに変えて、決して聴き手を飽きさせません。
澄みきった音色に聞き惚れ、個々の物語を伝えるヴァイオリンという楽器の持つ表現力が改めて感じられる素晴らしい演奏でした。
ただ民族衣装を着て民族楽器を演奏するだけでは生まれ得ない、ヴァイオリンを介して語られる一人ひとりの音楽の物語。そこには真実があり、聴く人の心に触れる芸術があります。
単なる目新しさをもたらすのではなく、音楽のルーツに真正であることや、演奏家が自分自身の音楽を表現すること、そして音楽が持つ可能性を見せていくことこそが、現代の演奏者に問われているのかもしれません。
オランダの若手たちによる弦楽五重奏のウッドクラフト(Woodcraft)も注目を集めました。ヴァイオリン2本とチェロ3本という変わった編成で20代のオランダ人学生たちが始めた合奏団です。
クラシック音楽をベースにしながら、ハービー・ハンコックらに影響を受け、ジャズやファンクなどを取り入れて、自分たちで書いた曲を自由なスタイルで演奏し、過去にはチェロ・ビエンナーレ・アムステルダムなどにも出演し、人気を誇っています。
ヴァイオリンとチェロというアコースティック楽器にエフェクターをかけてエッジの効いた音を生み出し、聴き手を独特の世界観に引き込みます。
現代音楽の奏法を使ったり、歌や掛け声を取り入れたりして、さまざまな表現のテクニックをオリジナル曲に取り入れている点も印象的でした。
クラシック音楽を学んだ上で、自分たちの世代のセンスを生かして、自分たちらしい音楽をするという強い意思が感じられるステージでした。
同イベントを主催したオランダヴァイオリンコンクール財団(Dutch Violin Competitions Foundation, 略称SNV)は、2012年に国内で複数開かれていた3つのヴァイオリン・コンクール団体を統合する形で創立しました。
この財団は、独奏ヴァイオリンの国内コンクールを開催する傍ら、2022年からはクラシック音楽以外の弦楽器を含む団体のためのコンクールも主催しています。その名も『ヤング・メーカー賞(Young Maker Award)』。記念すべき第1回の受賞者は、先述したウッドクラフトでした。
2023年に始まった『ヴァイオリンの夜』は、これらのコンクールが終わった後に開かれています。コンクールに入賞した若いアーティストは『ヴァイオリンの夜』にもれなく出演し、腕前を披露することになっています。
ヴァイオリン音楽の豊かさを伝えるだけではなく、コンクールで発掘された才能を広く紹介することも主眼のひとつなのです。
2025年は『ヤング・メーカー賞(Young Maker Award)』が開催される年でした。
こちらの賞は「オランダ在住で、クラシック音楽以外も演奏する弦楽器奏者がリードするアンサンブルなら誰でも応募可能」という、かなり自由な内容のコンクールです。
今年ヤング・メーカー賞の最優秀賞を勝ち取ったのは、アンサンブル”Qusion”でした。このアンサンブルを主導するクィンタイン・ファン・ヘーク(Quintijn van Heek、ヴァイオリン)による『サイクル』は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽三重奏にバレエダンサーが即興的な踊りで加わる三楽章からなる曲です。
ブルース風のメロディーを含みつつも、演奏前にファン・ヘークが語った通り、ストラヴィンスキー『春の祭典』とバレエ・リュスからインスピレーションを受けた箇所がはっきり聞き取れる作品でした。
そこには、クラシック音楽というヴァイオリンの歴史と切っては切れない関係の芸術をふまえながら、現代に生きるアーティストとして自分らしい音楽を生み出す試みのような響きがありました。実験的でありながら、肩の力が抜けていて、地に足がついた印象です。
ヴァイオリニストとバレエダンサーは実の兄妹なのだそうです。2人を中心とする密なコミュニケーションから生まれるパフォーマンスに、国内外で関心が集まりそうです。
主催のオランダヴァイオリンコンクール財団は、ジュニア向けのイベント『ヴァイオリンの日』も、オランダ国内の4都市で開催しています。
参加対象は、ヴァイオリンを習っている6歳から12歳までの子どもたち。地域のジュニアオーケストラと協働し、地域ごとにコンクールやワークショップなどを開くという内容のイベントです。
4つの開催地のうち、3都市はオランダの首都圏から外れた場所にあります。イベントは、国内のあちこちに眠っている才能あるジュニアプレーヤーを発掘することだけではなく、かねてから課題になっているアムステルダムなどの首都圏と地方都市の文化的格差を埋めることにつながりそうです。
クラシック音楽の楽器として、世界のあちこちで愛され続けてきたヴァイオリン。ヴァイオリンをはじめとする弦楽器の『声』には、心の底から発される声や、言葉にならない思いをも伝える力があります。
これからも、さまざまな角度からヴァイオリンの可能性を押し広げる活動に注目し、応援していきたいところです。
Photo:Melle Meivogel
Text : 安田真子(Mako Yasuda)
2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。地域のイベントや市民オーケストラでチェロを弾いています。