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8月26日、オランダ・アムステルダムの高級ホテルであるクラスナポルスキーホテルには、20代の演奏家たちの室内楽を聴くために多くの人々が集いました。
コンサートのメインプログラムは、エネスコの弦楽八重奏曲。オクテットの中央には、朗々とメロディを奏でる日本人ヴィオリストの近衞剛大さんの姿がありました。
近衞さんは、同公演でソロやアンサンブルの要としての役割を果たしただけではなく、プロデューサーとしても同公演に関わっていたこの日の主役です。
今回の記事では、こちらのコンサートのレポートと近衞さんのショートインタビューをお届けします。
このコンサートは、以前も同連載でご紹介したアムステルダム運河音楽祭のメインコンセプトに深く関わっています。
同音楽祭には、アムステルダムの中心街エリアのさまざまな場所で市民に気軽にクラシック音楽を楽しんでもらうという趣旨に加えて、オランダ国内の若手音楽家たちをサポートし、活躍の場を与えるというミッションのもと開催されています。
若手音楽家の育成には、演奏技術だけではなく企画力やプロデューサーとしての能力を伸ばす機会も欠かせません。未来の音楽界を牽引していくアーティストを育てるというところがポイントです。
みずから質の高いコンサートを企画・立案し、実現していく力のある音楽家にのびのびと育ってもらうには、実際に取り組んでもらうのが一番! ……ということで、オランダの音楽評論家や指導者など、音楽分野のスペシャリストたちが将来有望な若手音楽家3人を『アムステルダム運河音楽祭大賞の候補者』として選出し、それぞれ1回ずつ、1時間程度のコンサートを企画・実現するチャンスを与えます。
実は、冒頭でお伝えした室内楽コンサートもそのひとつでした。
(YouTubeより)2023年の開催のようす
選考委員である音楽関係の専門家たちは、3人の若手音楽家のそれぞれが企画・出演したコンサートを鑑賞します。3公演が終わった後、音楽祭のフィナーレを飾るイベントで、もっとも優れたコンサートを実現した若手音楽家には『アムステルダム運河音楽祭大賞』が授与されます。
受賞したアーティストは、翌年の音楽祭レジデンスアーティストとなり、音楽祭プログラムの一環として自分の思い描く夢のコンサートを開催する機会を得られます。
つまり、コンサートを企画する段階で内容を見比べるのではなく、候補者を3人ノミネートした上で、実際に短いコンサートをプロデュースしてもらい、その結果を見て、より大きなコンサートの企画を任せる、という形式をとっているのです。
さて、今年選ばれた3人のアーティストは、2000年生まれのCharlotte Spruitさん(ヴァイオリン)、1997年生まれのFlorian Verweijさん(ピアノ)、そして1997年生まれの近衞剛大さん(ヴィオラ)の3人でした。3人は、8月最後の週にそれぞれ趣向の異なるコンサートを1回ずつ開催しました。
近衞さんはオランダ生まれのヴィオリストです。アムステルダム音楽院で今井信子さんとフランシーン・スハトボーンさんに師事したのち、2024年4月からベルリンに移り、ベルリンフィルハーモニー・カラヤン・アカデミーに在籍し、ベルリンフィル団員から指導を受けながらオーケストラのレパートリーを学んでいる若手ヴィオリストです。
駅舎のように天井が高いクラスナポルスキーホテルの大広間で、8月26日に近衞さんがプロデュースするコンサートが開かれました。
プログラムの1曲目は、現代のヴィオラ独奏曲の定番であるガース・ノックスの『フーガ・リブレ』。ミステリアスで魅力あるヴィオラの音色と、空間の奥行きを感じさせる演奏で、開始からすぐに聴衆の心をぐっと掴みました。
2曲目は、コダーイの弦楽三重奏曲。ヴァイオリン2本とヴィオラ1本という珍しい編成です。日本から駆けつけた福田廉之介さんの奏でるヴァイオリンは、透き通った存在感のある美音を響かせます。
3人はお互いに近づきあい、輪になって立奏していました。音楽を通した親密な対話が繰り広げられ、劇のように役柄が変化していき、まるで表情豊かにストーリーが語られるようでした。
3曲目は、ジョルジュ・エネスコの弦楽八重奏曲。曲の冒頭から、20代後半の演奏家たちのエネルギーが音を通してビリビリと伝わってきました。磨き上げられた鋼のような響きから、静けさの中からメロディーが立ち昇っていく繊細な表現まで、作品の多彩な魅力を引き出す8人の演奏は圧倒的です。
作曲当時まだ19歳だったエネスコが書き上げた傑作は、21世紀の感性と磨かれた音色で、新たな魅力を帯びて聴衆に届きました。
八重奏に加わったヴァイオリニストはインモ・ヤンさん(1番)、サイモン・チューさん(2番)、シン・シハンさん(3番)、福田廉之介さん(4番)でした。ヴィオラは近衞さん(1番)、ジュン・ハーさん(2番)、チェロがベンジャミン・クロイトホフさん(1番)、アレクサンダー・ワレンベルクさん(2番)という顔ぶれでした。
オランダ国内在住の演奏者だけではなく、海外からも近衞さんの幼なじみの音楽仲間たちがこの日のために駆けつけたところには、人望の高さと仲の良さが現れています。
プレイヤーたちがエネスコの八重奏曲にかける熱量と演奏精度の高さは誰の耳にも明らかで、高い水準でお互いを聞きあい、ひとつの音楽をつくり上げる思いが、音楽を通して伝わってきました。
ヴィオリストとして内側からアンサンブルを支え、魅力的なヴィオラの歌声をしっかり聴かせながら、共演者の魅力を自然に引き出していく近衞さんの活躍にも、注目が集まっていたようです。
演奏会後の出演者たちの和気あいあいとした様子からも、オクテットで聞かせてくれた見事なアンサンブルの秘密が垣間見えます。
近衞さんは、運河音楽祭大賞の候補者にノミネートされたとき、「過去に友人たちがノミネートされていたのですが、驚きましたし、嬉しく思いました」と語ります。
「エネスコの弦楽八重奏曲は有名な作品ですが、演奏機会が少なく、難易度も高い曲だとも感じていました。自分自身も友人たちも、ずっと弾きたいと思っていた曲だったんです。
音楽祭オーガナイザーからは『予算の都合で8人は難しい、6重奏はどうか』とも言われていましたが、粘った結果、演奏できることになりました」(近衞さん)
ソリストとしても活躍する多忙なメンバー8人を全員揃えることも、容易いことではありません。
さらに、通常のコンサートホールではなくホテルの大広間という特殊な音響の空間で演奏したことも、実現のために乗り越えなければならなかった課題のひとつだったようです。
「(このホールは)わんわんと響くので、難しかったですね。チェロの方は聞こえなかったりヴァイオリンも遠かったりしていたのですが、本番のコンサートではまとまりました」(近衞さん)
8月30日、3人の候補者のうち、近衞さんが来年のレジデンスアーティストとして選ばれ、見事『アムステルダム運河音楽祭大賞』を受賞したことが発表されました。
なんと1998年に同フェスティバルが始まって以来、ヴィオリスト初の受賞です!
ソリストとして個性ある音を磨きながら、周りの仲間たちと長期的な関係を築き、室内楽プレイヤーとして周りの音楽家たちと実力を高め合っている近衞さん。
綺羅星のような友人たちに囲まれ、アンサンブルの楽器として欠かせないヴィオラという楽器の奥深い魅力を、この先さまざまなステージで、たくさんの人々に伝えてくれることでしょう。目が離せません。
なお、オランダ公共放送(略称NPO)のページでは、授賞式での近衞さんによるヴィオラ・ソロの演奏を聴くことができます。下記リンクからアクセスして、ぜひ視聴してみてくださいね。
♦︎npoklassiek アムステルダム運河音楽祭大賞受賞コンサート見逃し配信(0:11ごろからテレマンの『幻想曲』が再生されます):https://www.npoklassiek.nl/uitzendingen/zomeravondconcert/9c0a8582-ae8f-468e-88a7-fd277edc27ac/2024-08-30-zomeravondconcert
Text : 安田真子(Mako Yasuda)
2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。