■日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays
10:30~18:30
112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN
後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

2025年8月、イタリア中部の丘の町アッシジで、その歴史の残る街並みにぴったりの音楽祭が開かれました。開催のようすをレポートします。
イタリア中部ウンブリア州の丘の上の町アッシジは、ユネスコの世界遺産に登録されている聖堂と街並みを誇る観光名所の一つです。
キリスト教の一派であるフランチェスコ会の創始者・聖フランチェスコゆかりの土地でもあるため、観光や巡礼を目的で世界中から多くの人が訪れます。
2年前、このアッシジでは、地元出身の音楽家たちがある特別な音楽祭を創設しました。中世・ルネッサンスの音楽を演奏するフェスティバル『デムジカアッシジ(DeMusicAssisi)』です。
アッシジのコムーネ(市町村に相当するもの)の公的な支援を得て、満を持してスタートしたこちらの音楽祭。中世およびルネッサンスの音楽をすべての人に知ってもらうためのコンサートや教育プログラム、レクチャーなどからなる一連のイベントが開催されています。
今年は8月6日から10日までの5日間、アッシジの歴史的地区で20以上のイベントが開かれ、すべて無料で公開されました。
耳を澄ますと、薄桃色をした石造りの街のどこかから、素朴な笛の音が聞こえてきます。
中世の街並みを残すアッシジにぴったりのその音色は、中世音楽祭『DeMusicAssisi』の会場周辺から聴こえてきました。誰かが古楽器マーケットの展示楽器を試奏していたのかもしれません。
このフェスティバル『DeMusicAssisi』にはコムーネが主催として関わっているため、教会や図書館などアッシジの歴史を物語る空間が、コンサートやレクチャーなどの会場として活用されていました。
(写真)リュート2台とヴィオラ・ダ・ガンバの三重奏のコンサートも開催
音楽祭創設の背景には、アッシジ出身の音楽家・楽器製作家のマッシミリアーノ・ドラゴーニさんとルーカ・ピッチョーニさんという2人が関わっています。
2009年、彼らはまずアカデミア・リソナース(Accademia Resonars)という中世・ルネサンス音楽を学ぶための学校をアッシジに開校しました。
同アカデミーには、リュートやヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィエッラなどの弦楽器だけではなく、声楽やハープ、打楽器や管管楽器、舞踊まで、さまざまな専攻が用意され、通年プログラムが組まれています。
ドラゴーニさんたちがずっと温めてきた 中世音楽祭のアイディアが初めて実現したのは、アイディアが生まれてから10年以上経った2023年のことでした。待望のフェスティバルだったのです。
8月9日の夜には、モンテ・フルメンタリオ宮(Palazo Monte Frumentario)でコンサートが開かれました。
13世紀に最初期の病院として作られ、窓から美しい丘陵を見渡せる建物です。小さな音でもよく響くホールで、フェスティバルのメイン会場として活用されました。
この日出演したのは、1980年代半ばからイタリアで活動している最古参の古楽アンサンブルのひとつのアンサンブル・ドラムサム(Dramsam)でした。
リュートと女声を主軸に、手回しオルガンや擦弦楽器のヴィエッラ、縦笛、タンバリンなどの古楽器が次々に登場。リュート奏者以外の3人は曲ごとにいくつも楽器を持ち替え、多彩な音色で聴く人を魅了しました。
(写真)左から、擦弦楽器のヴィエッラ、リコーダー、リュート、声楽とシンフォニア、朗読を担ったアンサンブル・ドラムサムの出演者たち
楽器製作家でもあるリコーダー奏者のマルコ・フェラーリさんは、2本の縦笛に同時に息を吹き入れて演奏する奏法も披露。ヴィエッラやシチリア伝統奏法でのフレームドラムなどの楽器を担当したファビオ・トリコミさんは、こう語ります。
「18世紀以降、演奏家の多くが『楽譜通りに演奏しない』といけないと考えるようになり、それは現在まで続いています。
しかし、それが当たり前ではなかった頃があった。作曲家と演奏家、製作家と演奏家の境もなく、音楽自体がより即興的だった時代があるのです」
アッシジでは、現代の楽器や演奏法から推測するという『未来からの視点』で古楽器を演奏するのではなく、時代をさかのぼって、古楽器が存在した時代より前の資料にあたることで、『過去からの視点』を活かして研究を進める試みが行われています。
さて、この公演では『愛』と『政治的なものと社会的なもの』という2つのテーマが設けられ、それぞれのテーマにまつわる楽曲が演奏されました。
曲に添えられたフランス語の歌詞は、イタリア語に訳されて演奏とともに朗読され、中世の人々が音楽にこめた感情をより鮮明に伝えました。
演奏を構成する要素は決して多くなくても、楽器編成やリズム、即興的な独奏でリードする弦楽器や女声によって、繊細にめまぐるしく変化する響きが印象的です。
客席の最前列では、キリスト教の装束を身に纏ったシスターたちや、身を乗り出して舞台を熱心に見つめる若者たちが演奏に聴き入っていました。
アッシジを中心にした地域で中世・ルネサンスの音楽が再び演奏されるようになった背景には、ある楽器工房の存在があります。
実はここ30年ほどの間、アッシジ近郊の丘の下の町サンタ・マリア・デッリ・アンジェリの工房で作られた楽器が、中世・ルネサンス音楽演奏の発展に大きく貢献したのです。
工房主の名は、ヴィンチェンツォ・チプリアーニ(Vincenzo Cipriani)さん。
クラシックギターを製作していた頃、地元でギターの演奏を指導していたピッチョーニさんたちと知り合い、要望に応じて、オリジナル楽器ムーブメントの初期である1970年代から古楽器を作り始めた楽器製作者です。
製作された古楽器の総数は、450台以上だそうです。中には、フレスコ画の天使などの図像をもとに、楽器の構造や細部を推測し、調整しながら製作されたものもあります。
古楽器のひとつであるヴィエッラ(vihuela、もしくはviella)は、ヴァイオリンやヴィオラのように構えるか、チェロのように縦に構えて演奏することができる弓で弾く楽器です。
若手ヴィエッラ奏者のひとりは、チプリアーニさんに楽器を発注した時のことを思い返して、こう語ります。
「15歳のとき、習っていた先生たちが皆チプリアーニさんの楽器を弾いていたので、私も作ってもらうことにしたんです。楽器のヘッド部分には犬や狼の彫刻がつくのが一般的ですが、私はそれがいやだったので、マムシ型のヘッドを作ってもらった思い出があります」
(写真)チプリアーニさんが製作した楽器が集められ、特別に展示された。マムシヘッドのヴィエッラ(中央奥)や、絵画を元に再現された笛と弦楽器が一体化した楽器(右)も含まれていた
音楽祭の最終コンサートで、息子や孫ほどの年の離れた演奏家たちに囲まれ、その功績を讃えられたチプリアーニさん。
「楽器というものは、演奏されて初めて音が出ます。製作者が半分、演奏者が半分作るものです」と一言。
楽しみながら創意工夫で楽器を作っていく姿勢や、演奏家への尊敬が表れていました。
「ヴィンチェンツォ(チプリアーニ)は嫉妬深いところがなく寛大なので、楽器製作の技を私たちにも教えてくれました。そのおかげで今があります」とドラゴーニさん。ドラゴーニさん自身もチプリアーニさんに習ったことで、自ら楽器製作もできるようになった演奏家のうちの一人です。
(写真)2人がかりで演奏する弦楽器『オルガニストルム』を演奏するドラゴーニさん(右)ら
古楽器は種類が多く、モダン楽器に比べるとそれぞれの作例が少ないので、演奏したいと思っても、そもそも楽器の入手が難しいだろうことは想像に難くありません。
チプリアーニさんが工房を閉めてしまったため、現在アッシジ周辺の音楽家や製作家によって、楽器をめぐる状況を打開する試みが続けられています。
フェスティバルの週末に開かれた古楽器マーケットには、ボローニャなどの周辺都市からも製作者が集まり、さまざまな種類の弦管打楽器が展示・即売されました。
製作者同士の交流も盛んで、活発に情報交換が行われており、明るい空気の流れる賑やかな空間でした。
(写真)フェスティバルの週末に開かれた古楽器マーケットのようす
音楽祭の一部として「食文化」が取り込まれていたのは、いかにもイタリアらしいところでした。
古楽器マーケットと同じ建物の地下には、5ユーロという廉価から食事がとれる『中世食堂』が特別にオープン。食堂の一角ではコンサートが深夜まで開かれ、演奏者も聴衆も同じ長テーブルについて会話を楽しんでいました。
(写真)地元産の上質なオリーブオイルが使われたサラダとじゃがいもの中世風サラダ。陶器のワインのカラフェも中世風
食堂では、音楽祭の芸術監督や出演者みずからが食事や提供してくれる姿や、子どもたちが生演奏に合わせて飛び回って踊る場面も!
手作り感あふれるフェスティバルのあたたかさが伝わる空間でした。
街を歩いていると、建物の天井に描かれた音楽家の天使たちの図像が目に飛び込んできました。
こういった身近な絵画に目をとめて、弾き方の知られていない幻の楽器を再現し、実際に音を出して演奏し、命を吹き込んでいく人々の姿が思い出されます。
アッシジで毎年初夏に開かれる『アッシジの五月祭(Calendimaggio di Assisi)』では、街ぐるみで中世の儀式や生活を再現します。その中世文化を現代に伝える活動においても、音楽は重要な役割を担っています。
さらに、アッシジのフランチェスコ会の聖堂には、今でも専属の合唱団が存在し、長い活動を通して世界中から集められた古い手稿譜を活用しながら、演奏活動を行っています。
アッシジには中世の音楽を生きたものにするための土壌があります。ですが、音楽を蘇らせるには、歴史だけではなく、残されたものを活かして演奏しつづける人々や、そのサポートが欠かせません。
音楽祭は、若い世代が中世・ルネサンス音楽に関心を持ち、演奏に取り組みつづけていける仕組みを作るべく、ベテランの演奏家たちが始めた活動でもあります。
近い将来、アッシジ周辺での古楽器演奏の盛り上がりが予感される素敵なフェスティバルでした。
Photo/Text : 安田真子(Mako Yasuda)
2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。地域のイベントや市民オーケストラでチェロを弾いています。