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連載第65回 現代を見つめる古楽フェスティバル in Utrecht

ヨーロッパ最大規模の古楽フェスティバルであるユトレヒト古楽祭(Festival Oude Muziek Utrecht)が、2025年も8月末から9月頭にかけて、オランダのユトレヒトで開催されました。


一般的に親しまれているクラシック音楽よりも古い時代の作品には、耳慣れないものもあります。ユトレヒト古楽祭で扱われるのは、J.S.バッハなどのバロック音楽以前の作品ばかり。

同音楽祭には、有名曲ばかりではない古楽を幅広い層の聴き手に親しんでもらうための工夫が随所に凝らされています。
歴史ある音楽祭でありながら、今年の動員数は過去最大を記録し、盛況を収めました。人気の秘密はどこに隠されているのでしょうか? 現地レポートをお届けします。

音楽を美術館のアートに喩えると?

当連載では、2019年にも同じユトレヒト古楽祭を取材しました。

大バッハ以前の音楽を専門的に扱うというクラシック音楽でも少しマニアックなフェスティバルでありながら、出演者の顔ぶれやテーマの切り口がすぐれていて、訪れるたびに新鮮に感じられるのがこの音楽祭のすごいところです。

 

2025年は「(古楽を)アートミュージアム(に喩えると)」という疑問符付きのテーマが掲げられました。

「コンサートホールは、音楽にとっての美術館や博物館に喩えられるものなのだろうか」という視点から、音楽のあり方を多角的に考え直すこころみです。


演奏される音楽は動的なもので形がなく、一見すると、時間が経つとともに消えてなくなってしまうように見えます。それに対して、美術館や博物館の展示物は、静的で恒久的に在るものが多くを占めています。

一方、クラシック音楽や古楽のコンサートには、過去の作品を展示していることの多い博物館や美術館との共通点もあります。


今回は「ミュージアム」というキーワードを展開して、史上最も有名な美術作品である『モナリザ』を題材にした『古楽ミュージカル(early musical)』など、音楽と絵画など異なる芸術ジャンルをつなぐイベントも積極的に開かれました。


(写真)ĀRT HOUSE 17によるアーリーミュージカルの『モナリザ』© Foppe Schut 

身近に感じる古楽

2025年の会期は、8月29日から9月7日までの10日間でした。会期中は、ユトレヒト市内のあちこちに点在するホールや教会などを使って、合計46箇所でコンサートなどのイベントが催されました。


中心地から少し外れた場所にある地域センターのような多目的施設などもフル活用。そこでは若手演奏家による無料の『Fringe』コンサートが多数開かれ、フレッシュな若手たちのエネルギーと演奏者自身による魅力的なプログラムが多くの人を集めました。


10日間の音楽祭には、昨年より15%増の延べ6万7千人が参加し、大成功をおさめました。驚くのは、そのうち3割近くが同音楽祭に初めて足を運んだ人だったという点でしょう。

若年層も、昨年に比べて17%増えたことも明るいニュースです。

フェスティバルのディレクターを務めるグザヴィエ・ヴァンダムさんはこう語ります。

「古楽をこれまで以上に身近に感じてもらうことができました。世界的に有名なスター、若い才能、新たな観客、そして街の隅々まで響き渡る音楽が融合し、信じられないほどのエネルギーを生み出したのです」

(写真)日本の若手も参加していたアンサンブルIl Parrasio

知的好奇心をくすぐる仕掛け

「中世やルネサンスの音楽に取り組んでいると、楽譜に書かれている情報が少ないから、そこに自由を感じる」ー朝10時からホールのカフェで開かれる『アーリーミュージック・ブレックファスト』でそう語ったのは、ソラッツォ・アンサンブル(Sollazzo Ensemble)を主宰するアンナ・ダニレフスカイアさんでした。


ダニレフスカイアさんは中世フィドルともいわれるヴィエールを演奏しながら、同アンサンブルを主導。

9月2日には、1425年ごろの祝祭につかわれていた音楽を。当時の資料に基づいて編み上げたプログラムで紹介しました。

宮廷音楽の影響や、フランスやイタリア、フランダース地方などの国同士の活発な文化的交流が盛んだったことを感じさせる音楽です。合唱のメンバーを中心に、自由に編成のかたちを変えながら、ソリストの息遣いが聴こえてくるような繊細な作品から、大ホールを満たす壮大な音楽まで、生き生きとした演奏を聴かせてくれました。

古楽の面白さは、過去の音楽という視点から、現代を見つめること。ダニレフスカイアさんは、演奏会のアフタートークでそう語っていました。

 

ユトレヒト古楽祭の中心に据えられているのは、世界から集められた選りすぐりの音楽家による説得力ある演奏だけではなく、聴き手の私たちの多くがまだ知らない魅力的な作品を知るチャンスのようです。


(写真)ソラッツォ・アンサンブルのダニレフスカイアさん(写真中央)ら

街かどに停められた車上の出張コンサート

今年は、若手による無料のコンサートに加えて、トラックの車上に設けられたステージで開かれるコンサート『Concert Camper』も注目を集めました。


今年の音楽祭では日本人演奏家も多く活躍していましたが、古楽器アンサンブルのアンサンブル・マスク(Ensemble Masques)の車上コンサートにおいても、バロック・ヴァイオリニストの迫間野百合さんらが出演し、チェンバロやヴィオラ・ダ・ガンバ奏者さんたちとともに、大バッハの作品を演奏。通りすがりの人々を魅了していました。


(写真)広場に駐車されたトラックの車上から音楽を届けるアンサンブル・マスクのメンバーたち

オンラインの『古楽テレビ』

同音楽祭の動画ストリーミングサービス『古楽テレビ』では、フェスティバルが終わってからも、公演ラインナップからとくに注目度の高かった公演の動画を楽しむことができます。

こちらは有料のサービスですが、世界のどこからでもアクセスできることや、映像の質が高いことから、アーカイブ資料として高い価値があります。

▶︎古楽テレビ(Early Music TV)
https://emtv.online/en/

(写真)レジデンスアーティストのLa Fonte Musicaによる『オルフェオ』

有名大学もあるオランダ・ユトレヒトは、もともと若者の多い街です。街の中心には、鐘を擁した美しいドム塔も立っていて、歴史を感じさせるロケーションでもあります。

街の特性とフェスティバルをうまく結びつけて、古楽全体をより盛り上げていくこころみは、これからも時代に合わせて発展していくことでしょう。次回も楽しみです。

 

Text : 安田真子(Mako Yasuda)
2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。地域のイベントや市民オーケストラでチェロを弾いています。