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弦楽器をめぐる循環型プロジェクト「The String Circle」 in Italy


「どんな作曲家も演奏家も、楽器なしでは決して音楽を作れない。製作者の参加も含め、全ての人が揃って初めて素晴らしい音楽が作れるんです」―4月6日にクレモナのヴァイオリン博物館のホールで開かれた記者発表で、当連載で過去にご紹介した「Le Dimore del Quartetto」(レ・ディモーレ・デル・クァルテット、『クァルテットの家』の意)の代表を務めるフランチェスカ・モンカーダさんが熱をこめて語りました。

楽器なくして、音楽なし。同様に、演奏者や作曲家、練習や演奏会を開くための場所が揃わなくても、コンサートは成立しないことを長年のマネジメント経験から知り、その問題を解決するために、数々のプロジェクトを創設してきたモンカーダさん自身の実感のこもった言葉でした。

楽器をとりまく循環型経済を目指して


今回スタートする新プロジェクト「The String Circle」は、Le Dimore del Quartettoのモンカーダさんらの呼びかけで、クレモナのヴァイオリン楽器博物館ストラディヴァリ財団、さらに欧州各地の弦楽器製作家を巻き込んで、弦楽器業界における『循環型経済』を生み出すために創設されました。

循環型経済という言葉は音楽業界では耳慣れないものですが、一般的には「大量消費などを避け、持続可能な形で今ある資源を最大限活用する」という経済活動を意味します。

「The String Circle」のプロジェクトが狙う「弦楽器業界における循環型経済」は、楽器製作者などの楽器を提供する人々と演奏者がひとつながりの環となって、質を高め合うための関係性を構築することを意味しています。

演奏家と密につながることで弦楽器製作者は作品の質をさらに高め、新進の演奏家は楽器を通してキャリアのサポートを受けるという、お互いに良い影響を与えあうという点が重要です。

製作者と演奏者の出会い


通常、キャリアを積んだ弦楽四重奏団には、財団やコレクターからクァルテットとして一揃いのオールド楽器を貸与されることや、有名な弦楽器製作家の楽器を使用するチャンスがあります。しかし、新進の音楽家、とりわけキャリアをスタートさせたばかりの若手音楽家にとっては、製作者とのつながりもまだ薄いこともあって、ハイレベルな楽器の入手が難しい場合があります。そこで、「The String Circle」が製作家とプレイヤーの間を取り持つかたちで誕生したのです。

「The String Circle」では、楽器を提供する製作家の登録リストが公式サイト上で確認できます。また、認知された賞の受賞歴があり、製作楽器の質の高さが証明された製作家に対して、参加を常に募っています。楽器は1台から提供可能です。

提供楽器はLe Dimore del Quartettoに登録された演奏家によって使用されます。使用期間は最大1年間(更新可能)で、半年ごとのチェックアップが必要になるそうです。

現在、ルカ・バラット、ステファノ・コニア、マルコ・ノッリ、ステファノ・トラブッキらのクレモナを中心とする欧州3か国で活動する11人の弦楽器製作家が参加を表明しています。

「このプロジェクトでは、先見の明のある弦楽器製作家たちが信頼を寄せてくださり、貴重な楽器を提供してくれていています。楽器作りは、何か月もの期間にわたって、細心の注意を払って経験を積んだ上で行う仕事を要します。私たちの『楽器を使わせてほしい』というリクエストは、仕事の高度さを理解していないからの行動では決してなく、むしろその仕事に対してふさわしい認識をするための行為なのです」(モンカーダ)

写真:クレモナから参加するマルコ・ノッリ
(c)Cristian Chiodelli for Museo del Violono

国際的なネットワークの形成へ

弦楽四重奏は、比類ない素晴らしい音楽のジャンルですが、たくさんの練習を要するうえに旅費や場所代なども高くつくため、クァルテットの活動を続けるのが難しい。そこでクァルテットに取り組む若手をサポートするために、『Le Dimore del Quartetto』を始めました。現在では、290以上の邸宅、90団体の最高レベルのクァルテットと室内楽アンサンブル、12か国におよぶ17の開催パートナーとつながっています。弦楽四重奏という小さい単位で始まりましたが、質の高い仕事をすれば、それはちゃんと伝わるんです」(モンカーダ)

新プロジェクト「The String Circle」でも同様に、ヨーロッパにおける国際的なネットワークを大きく広げていく計画が組まれています。

「まず、製作者自身の楽器を提供してくれる製作家のマップを、若手演奏家にとってもアクセスしやすいように作成します。新世代の演奏家たちが工房や製作家とコンタクトをとるようになり、楽器の調整やメンテナンスも含めて関わることで、弦楽四重奏団が音という側面でもクァルテットになりますよね」(モンカーダ)

この地図は、ツアーで国外に行く音楽家たちが使用可能な楽器を各地においてどこで得られるかを知らせるとともに、演奏家自身の楽器についてアドバイスを請うためにも役立ちます。

「若い演奏家たちはしばしば演奏旅行に出ますが、トラブルはつきないものなので、腕の良い弦楽器職人が必要なのです」とモンカーダさん。

Le Dimore del Quartettoの芸術監督で、クレモナ弦楽四重奏団のシモーネ・グラマッリャは、演奏家として、コンテンポラリーの楽器の重要性を語りました。

「ほとんどの演奏家は、1900年代以降のコンテンポラリーの楽器を使ってキャリアを積んでいます。これは、その価値があるということです。個人的にもコンテンポラリーの作品に大きな信頼を置いていますし、過去から未来への架け橋としての意味でも、価値を認識するために重要です。若手奏者たちは演奏ツアーに出て、この価値を伝えていくでしょう」

写真:スイス・チューリッヒから参加するUlrike Dederer


楽器コレクターも巻き込んで


さらに、現代の弦楽器製作家の楽器だけではなく、オールド楽器を所有する楽器コレクタ―とも演奏家をつなぐことで、お互いにとって良い関係が生まれるとモンカーダさんは語ります。
コレクションされている楽器も定期的にコンディションを整えてプロによって演奏される必要があるだけではなく、コンサートのプログラムノートで楽器の名前が言及されることで、楽器の価値をさらに高め、保証する効果があるからです。

コロナ禍で多くの業界が一時的に停滞していましたが、その状態を打開するためにも、楽器をとりまく人々がより深くつながり、楽器の価値をさらに高め、魅力を広く伝えていくことは欠かせません。今後、ネットワークがどのように発展し、効果を生み出していくのか、目が離せません。


◆The String Circle
https://thestringcircle.eu/(英語・イタリア語)
取材・文 安田真子