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写真:"Violin Case"by Nicolas De Stael"les violons", Venetian instruments Paintings and Drawings",Venetian instruments Paintings and Drawings", 1995. Caompagnie Bernard Baissait.page290より一部引用

バイオリン商 デビッド・ローリーの回想録
サンクトペテルブルク・その1


■ 高価な弦楽器コレクション

かのクリミア戦争を体験し、この戦争だけでなくロシアという国に対して鋭い関心を持っている私と同世代の人々なら、 今、私が突然この国を訪れる機会に恵まれた時に感じた満足感と喜びをご理解頂けるであろう。
写真:エカテリーナ宮殿

1876年春、私はサンクトペテルブルクに住む貴婦人から手紙を受け取った。彼女は数人の友人からの勧めで、亡夫の高価な弦楽器のコレクションに関して私に購入の意志があるかどうか確かめたい、という内容であった。

価格についても誤解のないようにと、各楽器の領収書が全部同封されていた。この貴婦人は見るからに第一級の実業家であるように、取引もとても正直であった。その領収書を見ると、ほとんどの楽器はJ.B.ヴィヨームか、ガン商会を通じて購人されたものだったので、真贋の程は疑う余地のないものだ。

私の考えるべき点は支払うべき価格であった。これらの楽器は少数の例外を除くとかなり以前に購人されたものなので、現代に換算すれば価格も大いに増大していた。それゆえ、もし、ーーこの"もし"は、くじを買うようなものだが、楽器が良い保存状態で、しかも作者の秀作であったなら、私はまるで原価同然で手に入れられることになる。

しかし実物を見ないことには決めかねるし、こちらに送ってもらって調べさせてほしいと言っても駄目なのは分かりきっていた。

実は彼女をして楽器を売りたい気持ちにさせたのは、売らねばならないという必要に迫られたからではなく、これらの楽器に興味を持つ者が誰ひとりいなかったからであったという。いわば彼女にとってその楽器は邪魔物であって、売れる売れないはどちらでも良いというのが真実であったらしい。しかし時間と金を犠牲にするのは、私が得意とするところであるから……。

そこで私は早速、かの地へ出発したのであった。



■ ベルリンの工房

写真:”Young Boy Playing the Violin”by Adriaen van Ostade"les violons", Venetian instruments Paintings and Drawings",Venetian instruments Paintings and Drawings", 1995. Caompagnie Bernard Baissait.page290より一部引用

その途中、二、三の業者を訪ねるためにベルリンに立ち寄り、一昼夜を過ごした。いつもの如く彼らは、親切に私を迎え人れてくれた。私はそこでいくつかの優秀な楽器を手に取ってみたが、特にその中の二丁は購入したい衝動にかられたので大いに努力したものだった。

一丁はほとんど完全な保存状態にある、モンタニャーナ作の立派なチェロであった。そのできばえは、過去に見た事がない程の作品であった。もう一丁は気品のあるピエトロ・グァルネリウスであった。

しかしこのチェロとヴァイオリンに対して要求された価格は、想像もつかない程のもので、現在の私にでさえ入手困難なものであった。不本意ながらも私は、買いたい気持ちを諦めざるを得なかった。
私の唯一の慰めは、これから見にゆくコレクションの中に宝を見つけ出す希望にあった。

■ サンクトペテルブルクまでの旅

ベルリンからの旅路は、一等車と寝台車であった。後者は初めての経験であったが、多分二度とはないだろうと思う。もっとも私ほど不幸な経験を誰もがするとは思わないけれど……。

私の寝台車はベッドが四つ一組式になっていた。夜が更けて私が入っていった時にはその室に誰もいなかったので、このぶんなら静かに休め、充分眠れると思っていた。

ところが私の希望に反して、午前1時になった頃、声高な笑い声、話し声に目を覚ました。顔を出してのぞいてみると、入念に寝着を着込んだ一群の人々が目に入った。
彼らが何をしようとしているか、私には見当もつかなかった。彼らの念頭にはこれから眠るということなど全く内容だった。彼らは寝着こそ着込んではいたが寝る気配もなく、数分毎に室を出たり入ったりしていた。私はすっかり目が覚めていてしまっていたし、これ位の眠りなら普通車両でも充分にとれただろう。
少し時間が過ぎるとロシア国境にさしかかった。ロシアの鉄道軌道はドイツより広かったので、そこでロシアの車両に乗り換えねばならなかった。

次にパスポートと荷物の検査のために車外に出なければならなかったのだが、それがまた退屈な仕事であった。自分のパスポートは預け、代わりに旅行者のためのグリーンカードを与えられるのである。そしてロシアを出国する時に自分のパスポートを返却される仕組みになっていた。


第28話 ~サンクトペテルブルク・その2~へつづく