■日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays
10:30~18:30
112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN
後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)
写真: イタリア・マチェラータの中央広場でフラッシュモブをするジョヴァンニ・ソッリマら100Cellosのメンバー
新時代のチェロ・オーケストラ『100Cellos』の熱い夏
近年、多くて1000人のチェロ・オーケストラ、少なくてチェロ二重奏という形でチェロだけのアンサンブルが演奏されることが増えてきました。チェロ・アンサンブルという構成では、演奏可能な音域が広く人間の声に最も近いといわれるチェロという楽器の可能性が存分に活かされていて、弾く人にも聞く人にもチェロ合奏ならではの魅力が感じられるのではないでしょうか。今回は、その中でもずば抜けて魅力的なイタリアのチェロ・オーケストラのプロジェクト『100Cellos』をご紹介したいと思います。
2012年、イタリア・ローマのヴァッレ劇場という歴史ある建物が廃墟化した挙句、商業用の競売にかけられようとしていました。その際、地元の音楽家やダンサーなど多くのアーティストが自主的に集まり、それぞれのパフォーマンスを通して舞台を『占拠』し続け、劇場が本来の役割を果たせないことを危惧し、公共のための文化を守ることを世に広く訴える活動を行いました。
その一環で、世界的に活躍するチェリストで作曲家のジョヴァンニ・ソッリマ、そして若手のエンリコ・メロッツィらを筆頭に、100人以上のチェリストが集まり、その場かぎりのチェロ・オーケストラが誕生しました。インターネット上の呼びかけに応えて自主的に集まったチェリストが、聴衆が予想もしていなかったような、耳目を驚かせる即興的でエネルギーに溢れる演奏を披露したのです。以降、このプロジェクトは100Cellosと書いて、イタリアではチェント・チェロズ、日本では百チェロと呼ばれています。
100Cellosはローマでの結成後、ミラノやトリノ、ブダペストやパレルモなど、イタリア各地を中心に10回の公演を行っています。開催の度に演奏者は公募され、顔ぶれが異なります。参加条件は「チェロを持っている」ということだけ。演奏レベルや音楽ジャンルは問わず、プロもアマチュアも入り混じっています。年齢層も広く、分数チェロを手にしたジュニアからシニアまであらゆる世代、演奏レベルの奏者が参加しています。音楽ジャンルもバロック音楽の専門家からロックミュージシャン、打楽器奏者やオーケストラのベテラン、本職はオペラ歌手のアマチュアチェリストなど様々で、多様性のある流動的な音楽グループだといえます。その特徴をここにいくつか挙げてご紹介したいと思います。
ジョヴァンニ・ソッリマ(写真左)とエンリコ・メロッツィ(
①カリスマ的演奏者が率いるチェロだけのオーケストラ
100Cellosでは、100人前後のトゥッティのチェリストが合計4パートに分かれて演奏します。それに加えて何人かのプロチェリストがソリストとして演奏を盛り上げます。中でも、ジョヴァンニ・ソッリマというシチリア島出身の作曲家でもあるカリスマ的演奏者の存在は切り離せません。音楽は水や空気のように変化し続けるもの、とよく語っているソッリマの演奏は、まさにその瞬間に生まれる音楽と言えるもので、その都度変化し続けます。ソッリマの即興が変化するので、トゥッティの伴奏も必然的に変わり、繰り返しが追加になったり、アルコがピッツィカートに変更されたり、ダイナミクスが変わったりすることもしばしば。予定調和の音楽づくりとは縁がなく、練習も本番もライブ感たっぷりに進行します。それを指揮などで支えるのが若手のエンリコ・メロッツィです。この2つの強烈なキャラクターを持つ音楽家に導かれて100人のチェリストの創造性が花開いていく様子は感動的です。通常、コンサートだけではなく練習も公開され、誰にでも見学できるようになっています。
②音楽ジャンルや人々を分け隔てなく繋ぐ場所
100Cellosはロックやヘビーメタルやポップス、民俗音楽などの音楽ジャンルを越境する幅広いレパートリーを誇り、ニルヴァーナからバッハ、ジェミニアーニ、ヘンデルまでをひと繋ぎにしてしまう非常に個性的なプログラムを演奏会の都度用意しています。
『ザ・ベスト・ロック・リフ』というオリジナル曲では、ロックとクラシックの有名曲が交互に立ち現れ、次第に入り混じって、その共通性を浮かび上がらせるような新鮮な発見がある曲です。他の曲でも、17世紀の音楽からピンク・フロイドまで、違和感なく『チェロ』で繋げていくソッリマや100Cellosの音楽観には若手を中心に多くの音楽家が刺激を受けています。歌手やダンサーなどを招いてのコラボレーションも積極的で、色々なジャンルの舞台芸術をも繋げていくという姿勢を貫いています。
100Cellosの演奏では、チェロの特殊奏法やパーカッションのように叩いたり、演奏しながら歌ったりすることが珍しくありません。立ってチェロを弾くこともあり、ステージパフォーマンスとしても観客を楽しませる仕掛けがちりばめられています。手拍子や携帯電話のライトを点けるなど聴衆が演奏に直接参加する機会も多く、その結果、クラシックの演奏会ではなくロックバンドのライブのような一体感が味わえるのが特徴です。
また、卓越した天才的な音楽家で演奏中は強烈なオーラを放つ存在でありながら、あくまで一人のチェリストとして仲間を大切にするソッリマの姿勢も、上下関係なくお互いの音楽性を尊重する団体の在り方を象徴しています。プロと対等に扱われることから、ジュニアやアマチュアにとっては、プロ意識を持ってステージに臨む姿勢を自然と学ぶ機会になります。
③濃密な3日間にわたる音楽づくり
メンバーが開催ごとに異なるため、リハーサルは演奏会の2日前から連日集中して行われます。朝から晩まで10時間近く練習をして、約20曲近くある演奏曲を仕上げていきます。練習の合間にはミニ・コンサートやフラッシュモブなどの演奏があるので、参加者は多忙な日々を過ごします。アマチュア奏者としては「音楽家という職業は体力的にもハードであること」が感じられますが、集中して音楽を作り上げていく創造的な時間を過ごした後は、仲間との絆も深まり、演奏や練習を通していくつもの音楽的な発見があったことに気づくことができます。
④自由を求めるチェリストの集まり
100Cellosの活動には、チェロを通して「表現することの自由」を追い求めるというメッセージが根底に流れています。演奏技術の上手下手ではなく、何よりも「チェロを通して自由な表現がしたい」という思いの強さが重視されています。クラシック音楽の教育には、完璧な演奏というものを追い求める傾向がありますが、100Cellosはその姿勢についても疑問を投げかけています。
写真:マチェラータの公園で開かれたミニ・コンサート。聞きに集まった地域住民のすぐ目の前で、J・Sバッハの『2つのヴァイオリンのための協奏曲』のチェロ合奏版などが演奏された
町の人や聴衆を巻き込むフェスティバルの目玉公演
7月31日にはイタリア・マチェラータにある元競技場『Sferisterio(スフェリステリオ)』にて100Cellosの公演が行われ、大成功を収めました。
いつもの100Cellosのレパートリーに加えて、今回も何曲か特別ゲストと共に新曲を披露しました。アルメニア人の14歳の女性歌手Nika Afkari Ahmadabadiの歌とともに演奏された瞑想的な曲『Komitas』では、会場の気温が下がったように感じるほど神秘的な、洞窟の奥から響いてくるような声と100本以上のチェロのハーモニーが聴衆を驚かせました。生まれた国では女性であるがために舞台には立てないという若い才能ある歌手はマチェラータの舞台で大喝采を浴びました。
100Cellosの定番曲、イタリア南部の伝承音楽として知られているピッツィカ・ディアヴォラータというリズミカルな曲では、抗いがたいダンスのリズムと生命力に溢れるソッリマのソロ演奏につられるようにして、客席で立ち上がって踊り出す観客の姿も多く見られました。
コンサート終盤では、プログレッシブ・ロックの大御所PFMがゲスト出演し、2曲を大迫力のチェロとロックバンドのコラボレーションを披露し、会場は最高の盛り上がりを迎えました。ソッリマと個人的に親交があるというPFMメンバーとソッリマのチェロの即興演奏は、音だけだとエレキギターと間違うほどのエッジの効いた強烈な演奏が繰り広げられました。それに応えるようにして、100人以上のチェリストたちがうねる波のように変化し、形を変えるように大迫力の音楽を生み出しました。
写真:オペラ・フェスティバルの一環として、スフェリステリオで演奏し聴衆を熱狂させた100Cellos。舞台中央後方にはPFMのため特設ステージが設けられた
なお、マチェラータでの公演の直後、8月12日に東京のすみだトリフォニーホール大ホールでも100Cellosのコンサートが開かれました。アジア初開催でしたが会場の約1800席はほぼ完売し、ヘンデルの『サラバンダ』からクラシックとロックの名曲が入り混じってメドレーになったオリジナル曲の『ベスト・ロック・リフ』と共に演奏がスタートしてからすぐに客席を熱狂の渦に巻き込みました。ソッリマはチェロを演奏しながら客席の間を通って登場し、その音楽のスケールの大きさ、見識の深さ、自由闊達な独自の音楽世界で、聴き手や共演者をすっかり魅了しました。
ソッリマの率いる100Cellosは、音楽性やグループの在り方など数多くの点で他にはない個性を持っています。今回、東京での100Cellosのプロジェクトを通して『ソッリマ旋風』が日本にもようやく本格的に上陸し、演奏に参加したチェリストや関係者、聴き手にも多くの発見をもたらしました。今後も100Cellosの活動から目が離せません。