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第54回 チェロが描くゆるやかな輪 in Tokyo

同連載『ヨーロッパ弦楽ウォッチ』では、過去に何度も欧州各地のチェロ・オーケストラについてレポートをお届けしてきました。今回はその番外編として、東京で開かれた「チェロの日」コンサートについて記事をお届けします。

年が明けて間もない2024年1月7日。きりっと晴れた日曜の昼下がりに、日本チェロ協会主催の「チェロの日」シリーズ2日目のコンサートが開かれました。場所は東京・サントリーホールの小ホール、ブルーローズです。

 チェロ好きのためのコミュニティ

日本チェロ協会は、プロ・アマチュア問わず、チェロが好きな人なら誰でも入会できるコミュニティとして、1997年から活動をつづけています。理事長は、日本のチェロ界を半世紀以上前から牽引してきた堤剛さん。創設以来、同協会はチェロをいろいろな角度から聴いて楽しめるコンサートや、一般の参加者も聴講できるチェロのマスタークラス、参加型のチェロ・サロンなど、チェロにまつわるイベントを数多く企画・開催してきました。

 

その中でも特に注目を集める「チェロの日」企画では、公募で集まった同協会会員のチェリストたちがチェロ・オーケストラとして演奏に取り組みます。

ジュニアの子どもたちからシニアまで、世代も演奏歴もさまざまなアマチュアチェリストと第一線で活躍するプロの演奏家が入り混じって、同じ顔ぶれは一回かぎりのチェロ・オーケストラとして演奏を披露するという特別な機会です。

 

コロナ禍の影響で、「チェロの日」が従来の形で開催されるのは3年ぶり13回目を数える今回は、2日間にわたって異なる内容の2公演が開かれ、多くのチェロ・ファンが会場に足を運びました。

チェロ独奏で鮮やかに開演

1月7日の「チェロの日」2日目のタイトルは「チェロでひとつになるコンサート」。若手演奏家2人のソロによる第1部、そしてチェロ・オーケストラによる第2部という構成で行われました。

最初にステージに現れたのは、一昨年10月から東京都交響楽団に所属している山本大さん。シューベルトの有名曲「魔王」をドイツの名チェリストベルンハルト・コスマンによるチェロ独奏版で演奏しました。「魔王」の物語をドラマチックに描き出す技巧的な作品ですが、楽器の豊かな響きを保ちながら聞かせてくれました。

それに続く「パチーニの歌劇『ニオべ』の主題によるカプリッチョ」は、19世紀イタリアの名チェリスト、ピアッティの手によるものです。『ニオべ』のテーマが華やかに展開していく難曲をみごとに聞かせました。

2人目のソリストは、東京藝術大学院に在学中の松蔭ひかりさん。日本のチェリストに愛奏される独奏曲である黛敏郎「文楽(無伴奏チェロのためのBUNRAKU)」を、しなやかに鋭く演奏しました。

 

この日のブルーローズには、大先輩のチェリストやチェロを聞き続けてきた人たちが客席に揃っていました。観客の間には、これからさらに活躍していく若手の音楽家の演奏で、演奏されることが多くないソロの名曲にも触れる喜びがありました。

 音楽は心のビタミン剤

第2部のプログラムは、いよいよプロアマ混合のメンバーによるチェロ・オーケストラによる演奏です。

 

今回も、10年以上前に「チェロの日」のチェロ・オーケストラが誕生した時と同様、山本祐ノ介さんが指揮をつとめました。山本さんはソロや室内楽をはじめ、多方面で活躍するチェリスト。チェロという楽器の性質や魅力を熟知する、チェロ・オーケストラの指揮にぴったりの存在です。

 

山本さんはマイクを握ると、優しい口調で語り始めました。

「今年の年始には辛いことが多かったけれど、(ここで)あたたかい音楽を聞いてほしい」

音楽は心のビタミン剤だと思うんです。音楽で元気になって、困っている人を助けてもらえれば」

そう語ったあと、山本さんは第2部のプログラムを短く解説。いつもながら、山本さんのイントロダクションは幅広い層の聴き手に寄り添いながら、これから始まる演奏を楽しむための知識と雰囲気を与えてくれるものでした。

 

床から伝わるチェロの響き

今回チェロ・オーケストラに参加したのは60名程度。昨夏の公募で集まったアマチュアプレイヤーが大部分を占めています。年齢もチェロ歴はさまざま。ほとんどの曲では全体で4つのパートに分かれ、チェロだけのオーケストラ演奏に取り組みました。


演奏のレベルを上げるための事前練習は欠かせません。一人ひとりの個人練習はもちろん、12月の『1日合宿』、1月の直前リハーサルとゲネプロに加え、特別にリハーサルを追加して、この日を迎えたのだそうです。


コンサートマスターを務めるのは向山佳絵子さんで、その隣がソロを弾いたばかりの山本大さん。2パート首席は松蔭ひかりさんで、3パートは会長・堤剛さんと山崎伸子さん、4パートは菊地知也さんと堀了介さんのプルトでした。ご覧の通り、日本のチェロ界の若手と大ベテランがずらりと並び、圧巻の光景となりました。



1曲目は映画「第三の男」よりカラスの「カフェ・モーツァルト・ワルツ」。原曲は欧州の撥弦楽器チターで演奏されるところを、チェロ四重奏版で演奏しました。

1・2パートのメロディに、3・4パートのピッツィカートが寄り添う曲です。3パートの堤さんと山崎さんという巨匠プルトの2人が微笑みながら楽しげにピッツィカートをする姿がありました。


ヴィラロボスの「ブラジル風バッハ」第1番では、ホールの床から振動が伝わってくるほどの響きが生まれました。とりわけ低音域のメロディーは、チェロが好きな人ならたまらない、迫力のある箇所です。

楽しい驚きのあるプログラム

がらっと雰囲気を変えて、次の曲は坂本龍一「Energy Flow」のチェロ四重奏版。各セクションの首席奏者4人のチェロ・クァルテットでしっとりと始まりました。こちらの冒頭部分は原曲にはなく、編曲者の石島栄一さんが加えた部分です。

さらに、エルマー・バーンスタイン「大脱走のマーチ」、モリコーネ「ニュー・シネマ・パラダイス」と親しみやすい曲が続きます。


ヨハン・シュトラウス2世「美しき青きドナウ」は指揮の山本さんによる編曲版でした。
ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを意識して、「では、いよいよムジークフェラインにいる気持ちになっていただいて・・・」とユーモアたっぷりに話す山本さん。スケールが大きく優雅な指揮のもと、チェロ・オーケストラが馴染み深いワルツを奏でます。

続く「雷鳴と稲妻」では、打楽器をチェロで表現するために演奏者がステップを踏み鳴らす場面も。指揮の山本さんも、指揮台でジャンプ! 客席には、驚きと笑顔が広がりました。

一方、最後の一音であるCを弾ききったチェリストたちの顔には、誇らしげな笑顔が浮かびました。客席の私たちも嬉しくなる瞬間です。


今まで何度もチェロの日に出演したことのあるアマチュアチェリストの一人は、終演後にこう教えてくれました。

「今回が一番よく弾けたのでは。直前に追加のリハーサルもして、一番いい状態のときに本番のコンサートを迎えられたからかもしれない……!」

チェロという楽器でつながるコミュニティ

日本チェロ協会が活動を通して目指すものは、「チェロを通じて人と人が響き合う社会」だと書かれています。


演奏からは「チェロの日」以前には存在しなかった人と人とのつながりが着実に育っていることが伝わってきました。何よりも素晴らしいのは、お互いによく聴き合い、呼吸を合わせていることでしょう。

プロとアマチュア、若手とベテランが同じチェリストとして、ひとつになって演奏することは、お互いを聴き合い、心を開いてつながることに他なりません。
チェロという楽器が結ぶコミュニティが、ゆるやかに「輪」を広げていくようすが目に見えるようです。客席から見ていて、演奏者たちがうらやましくなってしまうような、あたたかいコンサートでした。

 

◆コンサートの見逃し配信(1月31日まで) https://pia-live.jp/perf/2340037-004?lang=en 

Photo : 藤本 崇(Takashi Fujimoto)

Text : 安田真子(Mako Yasuda) 2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。