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自宅で学ぶオランダのアマチュア奏者向けプロジェクト

今年4月、オランダでは演奏会や文化施設の営業が試験的に再開されました。コロナウィルスの簡易テストを受け、陰性証明を提示できる人だけが参加したコンサートも催され、美術館や史跡なども一部公開されました。

現時点では、5月下旬の感染の状況を見たうえで、小規模なコンサートの再開や屋内施設などの規制を少しずつ緩和していくことが予定されています。

コロナ禍では、プロの音楽家や劇場に携わる専門職など、文化セクション全体へのダメージが危惧され、注目を集めてきました。

その一方で、アマチュア演奏家の活動に関して話題にのぼることは多くありませんでした。ですが、小中学校や大学などの若年層向けの教育機関だけではなく、成人してからの学びを担う生涯教育の分野においても、確実に変化は起きています。

アマチュアの楽器プレーヤーや学生などは、アンサンブルや対面式レッスンの機会をなくして、事実上活動を休止しています。モチベーションを維持するのが難しいと感じている人も少なくないのではないでしょうか。

モチベーション維持のために

そのような状況で、ドイツとの国境に接する東部オランダのヘルダーランドとオーファーアイセルに拠点を置くオーケストラ団体「Phion, orkest van Gelderland&Overijssel(フィオン、ヘルダーラント・オーファーアイセル・オーケストラ)」は、4月からオンライン上で新しい教育的プロジェクトをスタートさせました。

Solo met Phion(フィオンオーケストラとともに)」という名称のプロジェクトで、オランダ国内で音楽を学ぶアマチュアプレ-ヤーや学生のために用意されたものです。

オンラインの教材を使って、オーケストラと演奏する独奏曲をマスターしてもらおうという試みです。ステイホームを余儀なくされていても、積極的に音楽を楽しむ機会を作ることが狙いです。

言語はオランダ語のみ対応で、登録すれば誰でも無料で参加できる企画です。筆者もさっそく登録してみました。

オーケストラ伴奏の録音に合わせてソロ練習

同オーケストラの公式サイト上(https://www.phion.nl/solometphion)の登録フォームで申し込みを済ませると、プロジェクトのための特設ページのアドレスがメールで届きます。

特設ページには、12種類の弦楽器、管楽器のそれぞれの楽器別に、オーケストラ伴奏つきの独奏曲に取り組めるように、楽譜やチュートリアル映像、オーケストラ伴奏の音源などの教材が用意されています。各教材は好きな時にダウンロードしたり、視聴したりできるようになっています。

弦楽器セクションには、以下の曲が用意されています。
・ヴァイオリン……エルガー作曲 「愛のあいさつ」
・ヴィオラ……アダン作曲 バレエ音楽『ジゼル』より「グランパドドゥ」
・チェロ……サン=サーンス作曲 『動物の謝肉祭』より「白鳥」
・コントラバス……マーラー作曲 交響曲第1番「巨人」より抜粋(第3楽章冒頭のソロ部分)

ゆったりとしたメロディの名曲ばかりで、初心者でも取り組みやすいレパートリーが揃うのが嬉しいところです。

学習のヒントを伝えるチュートリアル映像(オランダ語・機械翻訳機能付き)では、同オーケストラの奏者が、曲を演奏する上で気をつけるべきポイント練習の仕方、オーケストラとのバランスの取り方などを楽器を携えて具体的に解説しています。

また、ボウイングやスラー、指番号などの書き込みが入った楽譜と、書き込みのないまっさらな楽譜も用意されています。

オーケストラ伴奏の録音には、独奏ありのバージョンと、独奏なしのカラオケ版の録音があるので、各自で練習をして弾けるようになったら、録音に合わせてソロパートを演奏して楽しむことができます。
さらに、録音はYouTubeを使って公開されているので、再生速度を変えて練習することもできるようになっています。

プロジェクト運営側は、「練習の成果やようすを教えてください」と参加者に呼び掛けています。写真や動画を同オーケストラ宛てに送れば、コンサートが再開された時に演奏会チケットがプレゼントされるという特典も予定されています。

アマチュア奏者を巻き込むプロジェクト

コロナウィルスの影響で、世界的にオンラインのコンサート映像の配信が多数行われるようになりましたが、この企画のように、アマチュア演奏家や学生のために用意されたものは多くありません。どのような背景でプロジェクトが生まれたのでしょうか。

企画の裏側に迫るべく、同オーケストラの教育部門を担当するエヴァ・ウィルハースさんにメールインタビューを行いました。

同オーケストラは、2つの音楽団体にルーツを持ちます。ひとつは1889年に遡る歴史を持つアーネム・フィルハーモニー管弦楽団で、もうひとつは1930年代にアマチュア・オーケストラとして誕生したのち、地元の熱心な音楽家の指導の下でプロオーケストラとして活動を始めたオランダ交響楽団です。
2019年には前述の2団体の活動を引き継いだ「ヘット・ゲルダース・オルケスト」ならびに「オルケスト・ファン・ヘット・オーステン」が合併するという形で、特にオランダ東部においてより多くの聴衆に質の高い音楽環境を提供するべく、現在の形で演奏活動を行っています。

コロナ以前には、定期的にアマチュア奏者が参加できるプロジェクトが開かれていたとウィルハースさんは語ります。

「私たちのオーケストラでは、例年2つのプロジェクト・オーケストラを編成していました。
1つは管楽器オーケストラで、もう一つがシンフォニーオーケストラです。オーファーアイセル州、ヘルダーランド州を中心に国内からアマチュア音楽家が集います。多くの参加者はすでにオーケストラで経験を積んでいるプレイヤーで、より高いレベルの企画を探している人たちです。
1つのプログラムにつき、2日に分けて合奏練習を行います。練習では、私たちのオーケストラを振っているプロが指揮をしますし、オーケストラのメンバーによるグループレッスンもあります。
2度目のリハーサルの1週間後には、通常のオーケストラ・コンサートの追加プログラムとして、参加者も演奏をする、という流れです」

今回のプロジェクト「Solo met Phion」は、ウィルハースさんを含む教育部門のスタッフたちのブレインストーミングによって、新しく誕生した企画です。

「コロナウィルスの影響で、音楽セクター、特にアマチュア音楽家の部分は全く活発ではありません。そのため、私たちはまず『在宅していて長い間演奏を休止しているような音楽家をどうすれば刺激できるのか』を考え始めました。

2・3月には「フィオンマスタークラス」をスタートさせました。ズームのビデオ会話を通して、音楽に関する質問を募集し、楽団員が答えるという形で、参加者と触れ合う機会を得ました。参加者の合計は200人で、1回のズームセッションにつき最大10人が参加するようにしました。こうすれば、質問をするチャンスが皆に回ってくるからです。

このマスタークラスに好意的な反応を受けて、さらに何かできないかと考えていました。
私の同僚や私自身、オーケストラ伴奏のソロ曲を演奏するのが好きだったので、「自分だけで演奏できるように作ってしまおう」というアイディアが生まれたのです。
在宅している全参加者を指導するのに十分な数の楽団員はいないので、チュートリアル映像を作るという案が採用されました」

この新しいプロジェクトに関しても、参加者からは満足のいく反応を得られたようです。

「『コンセプトが素晴らしい』とか、『このようなプロジェクトを企画するオーケストラは他に無い』とか、『演奏を再開するのに役に立った』、『刺激を受けた』、『生徒たちと一緒にやってみたい』など、ポジティブな反応ばかりです」

コロナ終息まではまだしばらく時間がかかることが予想されますが、ウィルハースさんが今後楽しみにしているプロジェクトについても伺いました。

学校やお年寄り向けのプログラムなども企画中です。小学校のための映画プロジェクトも進行中で、6・7月ごろには上映される予定です。
その他にも企画がありますが、アマチュア関連のプロジェクトを新たに作る予定はまだありません。コロナウィルスがオランダからいなくなった頃に可能になることですからね」

参加型の企画に期待

楽器のレッスンやアンサンブルの合奏練習はおろか、人と会う機会自体がめっきり減った昨今。気持ちがだんだん塞いでしまい、「楽器は大好きなのに、練習するためのやる気が出ない」という方や、「具体的な目標を設けないと、張り合いがない」と感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

以前からアマチュアと繋がりを維持しているプロオーケストラ団体の働きかけで、日常的に音楽に触れ、楽しむ時間を増やすプロジェクトが誕生したのは喜ばしいことです。
今後このような参加型の企画が増えていくことを期待しつつ、状況に応じて工夫しながら、音楽とともに難しい時期を乗り切っていきたいですね。
取材・文 安田真子