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写真:少人数のレクチャーを通して「オンライン音楽配信」について輪になって学ぶ受講生たち

フリーランスの音楽家を育てるセミナー『アーティスト・イン・ビジネス』

不安定な曇り空の下、日曜日の朝にも関わらず、アムステルダム音楽院に続々と人が集まってきました。多くは2、30歳代の若者ですが、50歳以上の顔も見られます。
この日10月13日、同音楽院のホールや教室を使ってとあるセミナーが開催されました。題して『アーティスト・イン・ビジネス』。音楽家や舞台芸術に関わるアーティストがフリーランスとして活動するために知るべきことをテーマに、1日がかりでワークショップやレクチャーが行われました。

現代社会で生き抜くフリーランスの知恵


オーケストラや音楽事務所、大学などに所属している演奏家の他に、一定の組織に属さずフリーランスとして活動するプレーヤーがいます。フリーランスという働き方は取り組む仕事などの制約が少なく、その人次第で色々な可能性を試せる自由がある反面、時間の使い方や事務、経理なども含め、全体の活動を自ら管理しなければ経済的に成立しづらいという難点があります。

この『アーティスト・イン・ビジネス』セミナーは、主にフリーランスとして活動を始めたばかりの音楽家やパフォーマーをサポートするために開かれました。各分野の専門家が受講者にワークショップ形式でアドバイスを与え、必要なスキルや知識を授けることが狙いです。今年で2回目を迎えました。

音楽院の学生や卒業生のためのキャリアサポート授業の延長のように思えますが、実際には年齢やキャリアを問わず、受講料7.5ユーロ(千円弱)を払って予約すれば誰でも参加できます。

ベテランアーティストが等身大の経験を語る

一日の始めには1時間程度のトークイベントが用意され、セミナーを共催するアムステルダム音楽院のスタッフとアムステルダム・カバレット・フェスティバルに関わるアーティストが登壇しました。コーディネーターとオランダ人のジャズ歌手、カバレットのパフォーマーによる対話形式でテンポよく話が進んでいきます。

「デビュー当初は人前で音楽への愛を表現するのがすごく怖くて、公演前にはいつも逃げ出したかった」というジャズ歌手など、等身大の目線で語られる経験談に受講生は耳を傾けました。カバレットのパフォーマーが「自分自身のことではなく、(天から)与えられて、自分が何かに変化するような体験でした」と語ると、司会役は「そういったスピリチュアルな目覚めがある反面、アーティストだってパンを買って食べないと生きていけませんよね」と問いかけ、次第に演奏やパフォーマンスなどの表現活動の対価を正当にもらうためにどうすればいいのかという切実な話題にも踏み込んでいきました。


「無料でコンサートをしてほしいという話が多かったり、演奏の対価は食事だったり。演奏や作品に対してお金を払う人が減っているように感じる。どのように対価を求めるべきか」という若手音楽家からの質問には、「250ユーロ以下では、プロモーション要素がないかぎり仕事を受けない」という具体的な金額が挙がる一方で、「皆で『生演奏のない一日』というアーティストによるボイコット運動をするべきじゃないか」という声があがる場面もありました。

写真:イントロダクションとしてのトークイベントではFay Classen(写真中央:ジャズ歌手)、Lenette van Dongen(写真左:カバレットパフォーマー)が登壇

■対話型のワークショップが中心

この日、受講生はそれぞれ午前と午後に1つずつ異なるテーマのワークショップを選択できました。
テーマは全6種。インターネット上の音楽配信システムなどの仕組みを学ぶ『オンライン音楽配信』、自分の強みや可能性を活かして安定したキャリアにつなげる方法を考える『キャリア形成』、キャンペーンを行い資金を集める方法を学ぶ『クラウドファンディング』、プロとして端的に自己紹介するための『ピッチ&プレゼンテーション』、広報用の魅力的な文章の書き方を学ぶ『プレスリリース』、宣伝写真などのイメージをどう作るかを知る『プレス写真』が用意されていました。
今回の記事では、その中から2つの講義の内容について触れていきます。

オンライン音楽配信の仕組みを知る


現代では、インターネット上で高音質の録音を聴けたり、ソーシャルメディアを通して情報を集めたり、CDを買わずに楽曲のデータをオンラインでダウンロードしたりといった新しい音楽の楽しみ方をする消費者が増えています。

『オンライン音楽配信』のワークショップでは、普段はエージェントとして音楽家のサポートをする専門家が登壇しました。アップルミュージックやスポティファイ(Spotify)などのオンライン楽曲ストリーミングの仕組みや、ホームページやブログなどのウェブメディア、ソーシャルメディアとの連携の重要性などが語られました。

フェイスブックやインスタグラムなどのソーシャルメディアはアーティストとしての個性、イメージや業界の中での位置づけを確立するために使われますが、それらを一貫性をもって作りあげていくこと、そして、あれこれと労力を分散させずに一点に集中して継続することが大切だといいます。

写真:受講生からは多くの専門的な質問が飛び交った

クラウドファンディングの活用法

写真:Voordekunstの仕組みを理解したうえで各自が簡単なワークに取り組んだ

オランダ・ベルギーには、10周年を迎えるアートプロジェクト専門のクラウドファンディングサービスVoordekunst(フールデクンスト)があります。今回は、同サイトを運営するスタッフがその活用法を伝授しました。

近年、話題にのぼるようになった「クラウドファンディング」とは、企画者があるプロジェクトを実現するために必要な資金をオンラインのキャンペーンを通して広く募るシステムです。プロジェクトの趣旨に共感した人は金額の多寡を問わず寄付したり、一定の金額を送ってプレゼントなどの報酬をもらったりすることでプロジェクトに参加します。

伝統的なクラシック音楽の世界では、パトロンや財団、大きな劇場が資金面で芸術活動を支えていましたが、クラウドファンディングでは誰でも少額から資金提供をすることができるので、結果として多くの人が関わるプロジェクトが生まれるという点が特徴です。

ワークショップでは、「最近活動を始めた合奏団のプロモーション映像を作りたい」、「海外演奏ツアーの旅費が必要」、「アメリカの大学に合格したが、1か所からの奨学金だけではとてもお金が足りない」などの受講生それぞれの目標が見えてきました。この目標達成をゴールとして、クラウドファンディングのサービスをどのように活用できるかを具体的に考えていきました。


同サイトでは、目標金額の8割以上が期限内に達成されなかった場合、集まった金額は提供者に自動的に返還される仕組みになっていますが、今までに82パーセントものプロジェクトが目標金額を集めることに成功しているのだそうです。
成功の秘訣は「明確なゴールを多くの人に分かりやすく伝えること」だそうです。また、ひとつのプロジェクトに必要な資金を全てクラウドファンディングで賄おうとするのではなく、あくまで補助的な資金集めとして利用するのに適しているそうです。


クラウドファンディングを行う意義は、「ただ単に支援金を送るだけではなく、人々を繋げて継続性のある関係を作っていくことに価値がある」と強調した講師のアリッサ・マーラーさん。プロジェクトを通してたくさんの人々と繋がりを得られること、そしてどのような活動をしているか知ってもらえ、より多くの人に間接的につながりを持てることの価値のほうが、資金を得ることよりも大きいのだと語りました。

様々なジャンルの音楽家が集い学ぶ

卒業を間近に控えた学生から、海外からオランダに移住したばかりの音楽家、市内で活動を続けてきた年配のミュージシャン、俳優や作曲家などが同セミナーに参加しました。音楽ではクラシックやポップス、ジャズなどこれほど様々なジャンルの音楽家が揃い、同じ場所で学ぶ機会は多くないでしょう。

また、一回のワークショップで1つのテーマを2時間かけて学べること、そして受講者の数が各回10人前後と少なく、質問がしやすい点が魅力でした。また、公用語であるオランダ語ではなく英語でレクチャーが行われるのは、留学生や海外のアーティストにとって大きな魅力です。その一方で、講義の内容は主にオランダ国内で活動する人に向けたものなので、国際的な活躍を考える人にとってはあくまで部分的なサポートにとどまる内容だといえるかもしれません。

フリーランスで音楽家活動をすることは決して容易いことではありません。ですが、様々なアイディアを持つ若手を中心とした素晴らしいアーティストが多数存在していることも確かです。彼らがこのようなセミナーを通して学び、自ら積極的に新しい活躍の場を増やし、業界全体が活性化していけばと願わずにはいられませんでした。

取材・文/安田真子

プロフィール:オランダ在住。音楽ライター、チェロ弾き