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連載『我らが至宝』第6回 イギリス王立音楽アカデミー楽器博物館 (後編)

連載記事『我らが至宝』では、ヨーロッパ各地の魅力ある楽器博物館をめぐり、各ミュージアムが所蔵するお宝楽器との出会いを綴っています。

今回は中編につづき、イギリス・ロンドンにあるイギリス王立音楽アカデミー楽器博物館のコレクションの中でもとくに重要な楽器についてお届けします。


 

『至宝』その2 オリジナルのボディを残すテノールヴィオラ

 

ジローラモ・アマティ

テノール・ヴィオラ

1620年頃製

 

2つ目の至宝としてご紹介するのは、テノール・ヴィオラという大型のヴィオラです。16世紀半ばのクレモナにはヴァイオリン製作の伝統の端緒となったアンドレア・アマティがいますが、この楽器はそのアンドレアの息子であるジローラモ・アマティによって製作された名器です。

 

「アマティやストラディヴァリの楽器は、モダン楽器のサイズに合わせて、後世になってリサイズされてしまうケースが数多くあります。
この楽器は(ボディの)サイズを変更されず、オリジナルのまま残っている数少ないテノール・ヴィオラのひとつです。裏板の長さは44.95センチあります。

 

ネックはモダンのものですが、バロック楽器としてうまく機能していて、素晴らしい音をしています。

2007年にヴィクトリア&アルバート博物館の展覧会に際して村井知子さん(弦楽器修復家)が製作したバロックの駒とテールピースをつけた状態で展示されています。

 

以前は元ロンドン交響楽団首席ヴィオラ奏者を務めながら同アカデミーの教授だったポール・シルバーソンに貸与され、モダン楽器として使用されていました。何十年も演奏されていますが、状態は良好です。さぞ大切に扱われていたのでしょうね」(バルバラ・メイヤーさん)

 

展示室には、アンドレア・アマティの息子のジローラモ・アマティ(テノール・ヴィオラ)、孫であるニコロ・アマティ(1662年製ヴァイオリン)、ひ孫であるジローラモ・アマティ2世(1719年製ヴァイオリン)というアマティ家の楽器がずらりと並んでいます。アマティ4世代にわたる様式を見比べることができる場所なのです。


「この中で私が一番好きな製作者は、ジローラモ・アマティ2世です。ストラディヴァリやその息子たち、デル・ジェスやフィリウス・アンドレア、ベルゴンツィ一族と同時代に活躍した最後のアマティ家の製作者です。

ジローラモ・アマティ2世についてはまだ知られていないことが多いので、さらなる研究が必要ですね。
彼の楽器と同じくらい、彼の試みた失敗も興味深いのです。
なお、欧州でも有数のコレクションを誇るノルウェイのデクストラ財団には、ジローラモ2世のコントラバスが所蔵されています。

私たちは、偉大なクレモナの楽器製作の伝統をスタートさせたアマティ一族に今でも多くの点において影響を受けています。そういった意味でも、非常に魅力的な製作者たちです」(メイヤーさん)


(写真)ジローラモ・アマティ2世の1719年製ヴァイオリン(中央)とジローラモ・アマティのテノール・ヴィオラ(左)は同じケースに並んで展示されている


『至宝』その3 世界的に稀少なヴィオラ

アントニオ・ストラディヴァリ

ヴィオラ『アルチント(Archinto)』

1696年製


同ミュージアムには、世界に10丁しか存在しないといわれているストラディヴァリ工房製のヴィオラも展示されています。それが1696年製『アルチント』です。


「アントニオ・ストラディヴァリが製作したヴィオラ『アルチント』は、1987年のクレモナでのアントニオ・ストラディヴァリ没後250年を記念した展覧会で、ストラディヴァリ工房の43本の楽器のうちの1本として選ばれ、展示されました。


このヴィオラは、同館に展示されているフランチェスコ・ルジェーリの美しいチェロが作られてからわずか1年後に作られた楽器です。ルジェーリとストラディヴァリという、同じクレモナで仕事をし、同じような情報を入手できた製作者が、当時すでにスタイルと製作法を確立させて指導をしていたアマティをどう解釈し、そこから離れはじめたかを見ることができて、魅力的です」

 

♦︎楽器の詳細な画像はこちらから鑑賞できます。https://tarisio.com/cozio-archive/property/?ID=40151

(写真)『アルチント』裏板部分

『至宝』その4 ルジェーリのチェロ

フランチェスコ・ルジェーリ

チェロ『ジョージ4世(King George IV )』

1695年製


「製作された当初はもっと大きかったのですが、残念なことにボディがリサイズされています。おそらく1900年初頭に、現代の奏者の要求に沿って短くされたのでしょう。

それでも、この製作者による印象的な作例であり、私にいわせれば、当館コレクションの中でも、もっとも美しい楽器のひとつだと思います。


製作の仕事ぶり、素材の選択、そしてスクロールにみられるような特殊な製作スタイル、表板と裏板、f字孔などが美しく、多くのチェロ製作者がこの楽器を参考にして製作しています。私もずっと前から知っている有名な楽器です。


残念なことに、誰が楽器のサイズを変えたのかは分かっていません。ルジェーリがアマティの弟子であったという確証はありませんが、ルジェーリの初期の楽器は、様式的には明らかにニコロ・アマティの影響を受けています。


1965年に発行されたヒル商会の証明書には、この楽器は1829年頃、イギリス国王ジョージ4世のために入手された楽器であることが記されています。
興味深いことに、その以前は18世紀ロンドンの裕福な実業家ウィリアム・カーティス卿が所有していたようです。彼はアマチュア演奏家で、ロンドン市長にもなった人です。


アントニオ・ストラディヴァリに焦点を当てるだけはなく、200年もの間、クレモナには創造的で、深いつながりのある楽器製作者の密なコミュニティがあったことを理解しておくことが大切だと思います。
ルジェーリが小型のチェロのモデルを通して、ストラディヴァリやグァルネリの工房に与えた影響も重要です」



■この楽器を使った演奏の録音が、こちらのリンクから視聴できます。:

https://keimages.ram.ac.uk/IMU/#/home/44

(写真)イギリス王室とも縁のあるルジェーリのチェロ

 


 

守り、育てる場所としての博物館


同博物館は、コレクションをオンラインで資料として閲覧できるよう、積極的にデジタル化を進めています。デジタル化プロジェクトには、オンライン・アーカイブ・カタログとデータベースを管理するスタッフや、所蔵作品の写真を撮影するカメラマンも関わっています。

(写真)コレクションの楽器や資料を撮影するための部屋もある


 

「同館のオンラインデータベースや所蔵作品の画像には、誰でもアクセスできるようになっています。

それぞれの作品の出自情報の透明性を求める圧力が以前よりも高まっているのは、良いことですね。今、ミュージアムには該当情報を開示する義務があると思います。

私たちは情報を共有し、コレクションの出所や歴史、伝記を調査していくなどの努力をしているところです」(メイヤーさん)


展示作品の管理だけではなく、プレイヤーに楽器を貸与しながら楽器の状態を維持する……想像するだけでも大変な仕事です。博物館で働くことのやりがいについて、メイヤーさんはこう話してくれました。


「多くの場合、工房では楽器が一度手元から離れると、もう二度と見ることができない可能性があります。でも、ここでは必ず戻ってくるので、同じ楽器を見続けられます。ですから、私たちは状態を細かく記録しておき、保存や修復の方法を試しています。

それに、ひとつの楽器を異なる奏者が時間をかけて演奏するのを聴くのは、有意義なことですね。楽器は同じでも、奏者によってアプローチも違えば、求めるものも違いますから」



豊富なコレクションを守り、現代の人々と積極的に関わりながら、作品を未来に手渡す環境づくりに取り組むアカデミーの博物館。今後のさらなる展開が楽しみなミュージアムでした。





イギリス王立音楽アカデミー音楽博物館

Royal Academy of Music Museum

開館日:毎週金曜 11:00 - 18:00

入館料:無料、予約不要

https://www.ram.ac.uk/museum

Text : 安田真子(Mako Yasuda)
2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。