弦楽器メルマガ
BG Newsletters 配信中!
BG Newsletters に登録する登録する

日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays

10:30~18:30

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

新連載『記憶の中の共鳴弦』vol.1

 音楽のまわりには、いつも忘れられない瞬間が生まれます。時間や空間を超えて、人や作品、記憶がつながる出会いの瞬間を捉え、エッセイ形式でお届けする新連載です。


vol.1 「ご近所を覗き見」コンサート

家の中を覗くと、屈んだ男性の大きな背中が見えた。カーテンのない窓ごしに目が合う。家主のHさんだった。私の背負った楽器を見てドアを開き、家の中に招き入れてくれた。
「ようこそ!君がチェロを弾くんだね」

同じ街に住むフルート奏者の友人が、気軽なホームコンサートで一緒に演奏しないかと誘ってくれたのは、2ヶ月前のことだった。町じゅうの個人宅でミニコンサートが開かれるイベントの一環で、フルートとチェロの二重奏で何曲か演奏できたら、という内容だった。

しばらく人前で演奏していなかったのでちょっと迷ったけれど、好奇心が上回って引き受けることにした。フルートとの二重奏は経験がないし、知らない人のお家で演奏するチャンスはなかなかない。『ご近所を覗き見コンサート』という面白そうなイベントのタイトルにも心惹かれた。

Hさん・Aさんというオランダ人夫婦の家で演奏することになり、ご挨拶に伺ったのが冒頭のワンシーン。会場となるお家は、自宅からわずか徒歩3分の場所だった。正真正銘のご近所さんの家で演奏できることに驚いた。




オランダでは、古くからホームコンサートが盛んに行われてきた。17世紀のサロンコンサートに始まり、第二次世界大戦中にも親類や知人が集まって秘密裏にコンサートを開くなどして、音楽という心の灯をともしつづけてきたという。

時代は変わっても、親密さにあふれる空間で、室内楽を楽しむひとときの喜びは変わらない。自分の誕生日や家族にとっての記念日に合わせて、既知のお気に入りの音楽家を自宅に招き、ホームコンサートを開く人もしばしば見かける。

ちなみに、オランダでプロの演奏家が出演するホームコンサートに招待されたなら、少なくとも25ユーロ以上の現金を入れた封筒を持っていくのがマナーだと教わったことがある。もっとくだけた形式で開かれるときは、出入り口に置かれた籠にコインやお札を入れる投げ銭形式もあるようだ。

今回のコンサートは投げ銭形式で、基本的には入場無料。会場はHさん宅の玄関入ってすぐにあるリビングルームだ。

プロのフルート奏者である友人は「日本のうた」をテーマにプログラムを組んでくれた。季節に合わせて「早春賦」「ふるさと」、さらに久石譲の「Summer」とJ.S.バッハのフルート・ソナタという内容。彼女のソロ演奏も交えて、1日に3公演、それぞれ30分ほど演奏することが決まった。




コンサート当日は、第1公演目から25名ほどが集まってくれた。中にはアマチュアオーケストラの友人やご近所さんの顔も。窓ぎわにもびっしりとクッションを敷いて座ってもらった。
ホスト役のHさん夫婦は、過去8年チャペルコンサートの手伝いをした経験を活かして、コーヒーや紅茶、ハーブティーとクッキーを用意し、訪れた人をもてなした。まだ肌寒い季節だったので、温かい室内で湯気の立つマグカップを両手に包み、席に着くお客さんたちの表情はやわらかい。友達の家に遊びにきたような、まさにアットホームな空間が生まれた。

一方、私はカチコチに緊張していた。人前での久しぶりの演奏。しかも50センチも離れていないところに人が座っている状況に、動悸が速まっていく……。

そのまま本番が始まってしまったのだが、ある時点で気づいた。
「楽しんでもらうための演奏だから、奏者が苦しんでいてもしょうがない」

音程がずれてもテンポを間違っても、今の自分ができるベストを尽くすのみ。開き直ったおかげで、聞きにきてくれた皆の表情を見ながら弾くことができるようになった。

共演者に刺激された部分も大きかった。絹のような滑らかさから尺八に似た空気感のある力強い音まで、さまざまな質感がフルートを通して流れでていく。彼女の凛としたフルートに寄り添ってチェロを弾くのは、それ自体が純粋な喜びだった。




耳馴染みのあるメロディーを鼻歌で口ずさみ、体を左右にゆらしていた女の子。目を閉じて、椅子の背もたれにもたれかかってくつろいでくれた初老のご夫婦。考え込むように集中して聴いていた男性。弾く人も聴く人も、音楽のかかわり方が少しずつ違っていても、同じ空間で音楽を共有し、見えない糸で確かにつながっていた。

ホームコンサートでは、演奏者とお客さんの距離がぐっと近づくのもひとつの魅力だ。今回、終演後に声をかけてくれるお客さんが多かった。「チェロをこんなに間近で聞くなんて初めて」と目を輝かせてくれた人。通りがかりで足を運んでみたけど正解だった、と嬉しそうに教えてくれた人もいた。

見知らぬオランダ人女性が「マコ!」と急に声をかけてくれたと思ったら、一言。
「今日はいい刺激をもらったわ。家に帰ったら、しばらく弾いていないギターケースを開いて、弾いてみようって決めたのよ!」
快活な笑顔でそう言ってくれた。不完全もいいところの私のチェロ演奏だからこそ、誰かの背中を押すことができたのかもしれない。この上ない喜びだった。




個人の家のなかで演奏が始まると、一瞬にして空気が変わり、開かれたスペースが生まれる。普段は限られた人しか出入りしない空間が多くの人に開かれる、という物理的な「開放」だけではない。演奏される作品がもつ力によって、時間的にも遠くの世界につながりが生まれるがゆえの変化なのだと思う。

「家」という空間がどれほどプライベートな性格を帯びるかは、国や人によってそれぞれ異なる。個人宅といっても、来客が絶えない港のような家もあれば、隠れ家のような家もある。スペースの問題もあるだろう。

オランダのホームコンサートを見ていたら、間口の狭い家でも開催できると気づいた。コンサートホールのように客席をつくる必要はなく、壁沿いに椅子を並べたり、ソファーも活用できる。クッションを床において桟敷席も作ってもいい。座るより、ドリンクを楽しみながら立ち見したい人もいるかもしれない。

かしこまったおもてなしは必要なく、コーヒーとお茶、クッキーを用意すれば大丈夫。普通の家だからこそ、ホスト側も肩肘張らず、くつろぎながら音楽を楽しんでもらうイメージだ。日本でもさまざまな形のホームコンサートが増えていったら、音楽がもっと身近な存在になる予感がする。

コンサートの帰り道、普段は重たいチェロケースが少しだけ軽く感じた。いつかは自分でホームコンサートを開きたい、という新しい夢とともに帰路に着いたからかもしれない。

<おわり>

 

Text : 安田真子(Mako Yasuda)
弦楽器をこよなく愛する音楽ライター。2016年から2026年までオランダで活動。地域のイベントや市民オーケストラでチェロを弾いています。 http://makoyasuda.com/