■日曜・月曜定休
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ロンドンでは珍しい真夏日。中心部のメリルボーン地区にあるイギリス王立音楽アカデミーの重厚な建物の入り口をくぐると、今回の案内人であるバーバラ・メイヤーさんが笑顔で出迎えてくれました。
メイヤーさんは、2013年から王立音楽アカデミー音楽博物館にて弦楽器コレクション部門を担当する、楽器に関わる学芸員です。
同博物館では、経験豊富な弦楽器のスペシャリスト他3名と弓修復家1名からなるチームと連携しながら、弦楽器関連の展示を支え、楽器の貸し出しのコーディネーター役をつとめています。
アカデミーのがっしりとした建物に入って2階に上がると、ガラスケースの中に美しい楽器がずらりと並ぶ「弦楽器展示室(Strings Gallery)」に到着しました。
そこでは、2022年からコレクションの責任者を務めているスザンナ・カルデーラさんも出迎えてくれました。
(写真)弦楽器ギャラリーでお話ししたカルデーラさん(左)とメイヤーさん(右)
イギリス・ロンドンのイギリス王立音楽アカデミーは、1822年設立の由緒ある音楽学校です。
同アカデミーの音楽コレクションが2002年に一般公開されたのが、王立音楽アカデミー音楽博物館の始まりでした。
もともとはアカデミー校内の3フロアに及ぶミュージアムでしたが、コロナ禍で学生たちの練習スペースが不足した関係で、地上階の展示室が削減されました。
現在では、2フロア(弦楽器ギャラリーは2階、鍵盤楽器ギャラリーは3階)にわたって楽器や音楽資料が展示されているほか、彫刻や絵画などの作品が、校内のあちこちに展示されています。
「私はコレクション部門の責任者として、博物館とコレクション、アーカイブ、図書を含む部門を管理しているほか、鍵盤楽器と美術品のコレクションも担当しています。。バーバラ(メイヤーさん)は弦楽器コレクション担当です。加えて手稿譜などの特別な所蔵作品を管理する司書もいます。
当館のコレクションの内容は多岐にわたりますが、楽器や楽譜、本、美術品など、すべてがひとつながりになって意味を成しています。
アカデミーには多くの知識と専門知識が集まっています。私たちはコレクションの意味を引き出し、アカデミーの内外の人々と分かち合いたいと考えているのです」(カルデーラさん)
王立音楽アカデミー音楽博物館には、現在およそ450の弦楽器や弓が所蔵されています。
その中には、方向性の異なるコレクションの作品群がいくつも存在します。中でも弦楽器ファンにとって見逃せないのは、ラトソン(Rutson)・コレクション、そしてベケット(Becket)・コレクションです。
ラトソン・コレクションは、ストラディヴァリとアマティ家の貴重な楽器も含む9本の弦楽器で構成されています。元は、アマチュア音楽家であり、同アカデミーのディレクターでもあったジョン・ラトソン(John Rutson)さんが1906年に遺贈した楽器群です。
ベケット・コレクションは、エリーゼ・ベケット・スミス(Elise Becket Smith、現Lady Smith)さんが、歴史的知識に基づく演奏を学ぶ人を支援するため、1998年に始めた楽器コレクションです。大きく分けて、古典派の楽器とバロック楽器と弓の2グループに分かれています。
「ベケット・コレクションにおけるバロック楽器は、アントニオ・ヴィヴァルディの時代のヴェネチアで作られていた楽器にインスパイアされたものを中心に、現代の楽器製作家に特注して作られた楽器群です。
一方で、古典派の楽器コレクションは、イギリスの魅力的な楽器群です。最も古いものは、1676年にロンドンで製作されたロバート・カスバート(Robert Cuthbert)作のものです。その他は1718年から1850年の間に製作された楽器で、イギリス・ロンドンの重要な製作者たちのものがあり、わずかにスコットランドの製作者による作品も揃っています。
どちらのコレクションも歴史的知識に基づく演奏に取り組む学部と深い関係があり、学生もアクセスできるようになっています。近年、モダン楽器の演奏を専攻する学生の間でも、歴史的知識に基づく演奏への関心が高まっているようだと私には思えます」(メイヤーさん)
その他、同アカデミーのギター科教授だったロバート・スペンサーが集めた版画や文書、楽譜、歴史的な楽譜の膨大なコレクションや小規模な楽器群も、スペンサー・コレクションとして収蔵されています。
「さらに、アカデミーに貸与というかたちで託されている楽器群で、カレワ財団の寛大な主導によるコレクションであるカレワ(Calleva)コレクションがあります。
こちらのコレクションは、毎年一定数の高水準の新作楽器を現代の製作者に依頼することで構成されており、楽器の数は増えつづけています。これは歴史的演奏部門や管楽器部門、鍵盤楽器の責任者とも協議の上、決定されます。
このコレクションのおかげで、学生たちは特定のレパートリーだけに必要とされる稀少な楽器を使う機会を得られます。また、これらの楽器はディーラーや楽器店からではなく、現代の製作者から直接購入しています。
アカデミーの学生を支援するだけでなく、現代のヴァイオリン製作者のコミュニティを支援することにもつながっています。面白いコンセプトですよね」(メイヤーさん)
若い音楽家である学生たちにとって、質の高い楽器を使うことは、成長し、飛躍するためのサポートになります。
また、高品質の楽器との出合いは、演奏家としてパフォーマンスの可能性を広げるだけではなく、どのような音を出したいのかというイメージをふくらませていくためにも欠かせない要素です。
同博物館のコレクションとして所蔵されている楽器は、アカデミーの学生たちの現在と未来をサポートするために大切な役割を果たしています。
「今の学生にとって、コンテンポラリーの楽器は、おそらく手のとどく中で最善の選択肢です。イタリアの楽器は高価になってしまったので、ほとんどが個人か美術館のコレクションになっていますよね。
私たちは、アカデミーの学生にモダンの楽器を勧めるようにしています。学生が楽器の試奏に来るときには、モダン楽器とイタリアの高級楽器を比較してもらい、体験を通してそれぞれの違いを理解してもらうようにしています。
そうすれば卒業後、どのような楽器が自分に必要なのかを判断するための自信がつくでしょう。若い音楽家が経験を積むための手助けをしているのです。
さらに、楽器を貸し出す学生とは、密に連絡を取り合っています。楽器の取り扱い方を学生に教えるために『取り扱いガイド』を作って指導したこともあります。これも教育のうちです」(メイヤーさん)
次回の記事では、同博物館の特色をより詳しくご紹介し、『至宝』と呼ぶのにぴったりの楽器をご紹介いたします。お楽しみに!
Text : 安田真子(Mako Yasuda)
2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。