弦楽器メルマガ
BG Newsletters 配信中!
BG Newsletters に登録する登録する

日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays

10:30~18:30

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

連載第61回 『アンサルド・ポッジ - 20世紀のストラディヴァリ-』展 in Bologna【後編】

イタリア・ボローニャ近郊のメディチーナ市立博物館(Museo Civico e Pinacoteca Aldo Borgonzoni)にて2024年11月に『アンサルド・ポッジ - 20世紀のストラディヴァリ - 』展が開かれました。

こちらの記事では、没後40年に合わせてポッジの楽器と資料をまとめて紹介した展覧会について、前編に引き続き、レポートをお届けします。


 

製作された年代ごとのスタイルを見比べられる展示

『アンサルド・ポッジ -20世紀のストラディヴァリ- 』では、常設展示されている楽器に加えて、アンサルド・ポッジによるヴァイオリンが5丁、ヴィオラとチェロが1丁ずつ集められ、特別に展示されました。


(写真)展示ケースに並ぶアンサルド・ポッジの4丁のヴァイオリン


展示されたヴァイオリンの製作年代は1930年から1983年までと半世紀近くにわたりました。そのため、ポッジの若年期から最晩年の楽器にいたるまで、製作スタイルの進化や一貫性を示す楽器を感じとることができました。


展示楽器の中で、最初期に制作されたのは、1927年製のヴァイオリンでした。ポッジがジュゼッペ・フィオリーニのもとで短期集中指導を受けてから5年後の楽器です。
フィオリーニがストラディヴァリの楽器を研究した末に編み出したモデルをもとに作られています。師匠フィオリーニから受けた影響が見てとれる反面、コーナーやパーフリングには、すでにポッジが初期に製作した楽器特有のものが現れているのが興味深い点です。

オリジナルの状態を保つ楽器も登場

1941年製のヴァイオリンは、展覧会のオープニング記念の催しにおいて、サンマリノ共和国在住のヴァイオリニスト矢谷明子さんによって演奏されました。
駒やペグなどもポッジが製作した当初のオリジナルの状態を維持している貴重な楽器です。

(写真)ポッジのヴァイオリンを演奏する矢谷明子さん

 

今までポッジのヴァイオリンを複数演奏してきた経験がある矢谷さんは、1941年製のポッジの楽器についてこう語ります。

「音色は温かくて力強く、音量もあってよく響くので、フルオーケストラをバックに協奏曲を弾いても充分通用する楽器だと感じました。

この楽器の所有者は、生前のポッジと親交があり、ポッジの楽器のコレクターで専門家としても知られるパオロ・バンディーニです。バンディーニのコレクションの中には、ポッジが1本の木から製作した世界に一組しか現存しないカルテットも含まれています。

 

私が今まで弾いたポッジの楽器に共通しているのは、音の芯がしっかりしていることです。音色が違っても、音の中にある強い芯が共通していて、それが演奏家の心と身体に心地よく響きます。

今日では世界中の演奏家がポッジの楽器を探しています。ポッジ自身が若い頃プロのヴァイオリニストとして活躍していたため、演奏家が楽器に求めるものをよく理解していたからかもしれません」

ポッジによるデルジェス様式

一方、1951年製のヴァイオリンは、デトロイト交響楽団で長年演奏されていた楽器です。ストラディヴァリ様式の型ではなく『デルジェス様式』とよばれるモデルを使って製作されました。


ポッジのデルジェス様式の楽器は、ニコロ・パガニーニが愛奏した通称『カノン』を製作したジュゼッペ・グァルネリ・デルジェスによる型にならって作られています。1951年のこのヴァイオリンは、もともとフィオリーニが持っていた型にポッジが手を加えた型に基づいて作られました。

短めのコーナー部(エッジ部分)、ポッジ特有のパーフリングの線が交わる角度をとっていること、長めの勢いのある形のf字孔などが特徴です。

スクロール部分は、ストラディヴァリにもデルジェスとも異なるポッジ独自の造形である点も見どころです。


(なお、デルジェスの『カノン』についての同連載記事はこちらです。)


(写真)1951年製アンサルド・ポッジのヴァイオリン
 写真提供:Scrollavezza & Zanrè

師弟による2台の寄贈された楽器

展覧会が終わってからも、メディチーナ公立博物館にはポッジに関する資料をまとめた展示が常設展『メディチーナ・アーカイブ』として残されることになりました。


メディチーナ・アーカイブには、アンサルド・ポッジの工房で使われていた道具や作業台など、400点あまりの展示品からなる工房を再現したスペースも含まれています。


さらに、工房奥の小さな角部屋には、2丁の美しいヴァイオリンが並んでいます。どちらもアントニオ・ストラディヴァリからインスピレーションを受けて作られたヴァイオリンで、1つはポッジによる楽器、もう1つは師匠であるジュゼッペ・フィオリーニの楽器です。


(写真)フィオリーニ作(左)とポッジ作(右)のヴァイオリン

故郷に贈られたヴァイオリン

1981年10月、ポッジは故郷のメディチーナに2丁のヴァイオリンを寄贈しました。背景には、ポッジと親しくしていたボローニャ市立劇場のヴァイオリニストのメダルド・マスカーニのすすめがあったといいます。

寄贈されたのは、ここに展示されているポッジの1933年製ヴァイオリン、そしてポッジの師であったジュゼッペ・フィオリーニの1918年製ヴァイオリンでした。


「興味深いヴァイオリンです。フィオリーニの楽器は、ポッジ自らが当時よく知られていた音楽家に使われていたもので、ポッジ自らが寄贈するために購入したのではといわれている楽器です。この100年間で市場価格がかなり上がった楽器でもあります」


そう語るのは、弦楽器製作者のロベルト・レガッツィさん。ポッジと同時代に同じボローニャで活動していたオテッロ・ビニャーミに師事した製作者の一人です。


ポッジ作のヴァイオリンは、すらりとしたネックと洗練されたラインが印象的です。最盛期と言える年代の楽器は、端正で優雅なたたずまいをしています。


自分の楽器の隣にフィオリーニの楽器が展示されるように2丁合わせて寄贈したという事実からは、ポッジの製作家としての自信と誇りだけではなく、師匠フィオリーニへの感謝の念も感じられるのではないでしょうか。

(写真右)ヴァイオリンのスクロールの形を細かくチェックするための木型からもポッジの細部へのこだわりが感じられる

常設コレクションのみどころ


1984年9月のポッジ没後、ポッジ夫妻の老後の世話にあたったジョヴァンニ・マロッチさんを通して、ポッジ工房に残されていた作業机や木型などの製作道具、家具、手紙や写真といった資料がまとめて同博物館に寄贈されました。


さらに、2024年になって新たに貴重な資料が加わりました。ポッジが亡くなった時、最後の弟子が受け継いだ製作のためのたくさんの道具や資料などが、コレクターからメディチーナ市に寄贈されたのです。

その結果、40年ほど人の目に晒されていなかったポッジの製作資料は、今回の展覧会で初めて一般公開されました。こちらの新規資料も『メディチーナ・アーカイブ』として常設展示される予定です。


型紙や木枠などの資料はもちろんのこと、楽器の署名付き写真なども展示されていました。ポッジの製作における考え方やテクニックを知るための貴重な情報源を活用し、さらに研究が進んでいくことが予想されます。


2フロアにわたる展示の中でも特に興味深かったのは、ポッジ工房で使われていた小型オルガンでした。ポッジ独自の音響原理に従って、響板を調整するために使われていたという小さな鍵盤楽器です。

(写真中央)オルガネットと呼ばれる小型オルガンや音叉もコレクションに含まれている


メディチーナ公立博物館は、2025年1月現在、毎月第一日曜のみ開館していると書かれています。ただ、メディチーナ・アーカイブを見るために同館を訪問する際には、事前にオープンする日程を確認しておくのがおすすめです。


◆Museo Civico di Medicina公式サイト: https://www.comune.medicina.bo.it/luogo/pinacoteca-a-borgonzoni

現代に伝えられるポッジの情熱

今回の展覧会では、イタリア・パルマで弦楽器製作を学ぶ若い弦楽器製作者も学芸員として活躍していました。彼女のようなメディチーナの地域で生まれ育った20歳前後の『弦楽器職人の卵』だけではなく、展覧会に合わせて開かれたミニコンサートに出演したヴァイオリニストも周辺地域の音楽院の学生でした。


弦楽器職人を志す地元の若者が展覧会キュレーターとして活躍し、ポッジとその楽器とつながりを新たにしたことには大きな意味があります。


さらに、週末に開かれたコンサートでは、イタリアの弦楽四重奏団のアドルノ四重奏団(Quartetto Adorno)が登場。第一ヴァイオリン奏者はもともと1929年製のアンサルド・ポッジを所有していたのですが、今回は特別に他のメンバー3人も展示楽器を使用し、ポッジの楽器によるクァルテットの演奏会を実現し、注目を集めました。


ポッジには、ジャンカルロ・グイッチャルディ、ジャンパオロ・サヴィーニ、ネルド・フェッラーリという3人の弟子がいました。取材中、展覧会の会場で、そのうちの一人でポッジ最初の弟子だったジャンカルロ・グイッチャルディさんと出会いました。


現在84歳のグイッチャルディさんは「ポッジ先生について、よくない思い出は一つもありません。今回のような展覧会が開かれて、彼の功績を振り返るのは重要なことです」としみじみと語ってくれました。

 

ポッジの楽器に魅入られ、大きく影響を受けた弦楽器製作者の一人であるマルコ・ミノッツィさんはこう語ります。
「優雅さと美的な一貫性、製作の精緻さ、そして激しいまでの音の研究を物語る音響的な質の高さ。アンサルド・
ポッジは音の探究者だったのです」

ミノッツィさんは、ポッジの生前に直接会うことは叶わなかったものの、ポッジの直弟子であるグイッチャルディさんとサヴィーニさんに師事することで、ポッジの製作スタイルを学び、ポッジの遺したモデルを活かして楽器製作を続けています。



よりよい音の探究は、ストラディヴァリとポッジの生きた19世紀をつなぎ、遺された楽器や道具を介して、さらに現在と未来へと伝えられていきます。

展覧会は、ポッジの人となりや考え方を現代に伝え、その楽器や資料の価値に改めてスポットライトを当てました。


また、今年10月には、グイッチャルディさんと専門家で楽器コレクターのパオロ・バンディーニさんの共著によるポッジに関する書籍が発売されることになっています。


ポッジの製作スタイルは、多くの製作者に影響を与え、受け継がれていくことでしょう。バトンを受けとり、新しい楽器を作り出して挑戦を続けていく現代の製作者たちの活躍が楽しみになる展覧会でした。



<おわり>

Text : 安田真子(Mako Yasuda)
2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。地域のイベントや市民オーケストラでチェロを弾いています。

参考資料 : Ansaldo Poggi Lo Stradivari del Novecento展覧会図録