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音楽のまわりには、いつも忘れられない瞬間が生まれます。時間や空間を超えて、人や作品、記憶がつながる出会いの瞬間を捉え、エッセイ形式でお届けする連載です。
イタリア中部スポレートのドゥオモ広場。夜の帷が降りると、日中の暑さとは打って変わって、ひんやりした空気が流れていた。
広場の最奥部には大聖堂があり、そのファサードの前に特設ステージがある。1958年からこの小さな街に芸術をもたらし続けているフェスティバル「スポレート二世界音楽祭(Festival dei Due Mondi)」の舞台だ。
この日はフェスティバル最終日。2500人以上の人々が詰めかけ、舞台から聴こえてくる朗読と音楽に耳を傾けていた。公演パンフレットが1枚も残らないほどの、本物の完売公演だった。幸運にも、私は舞台上で演奏するチェロオーケストラの一員として参加していた。
音楽劇『トゥキュディデス。アテネ対ミロス(原題:Tucidide. Atene contro Melo)』は、2人の女優と1人のナレーターの朗読とチェロオーケストラの演奏で構成されていた。脚本を書いたのは、かの『海の上のピアニスト』の原作も手がけた作家アレッサンドロ・バリッコだった。劇中の音楽は、バリッコのアイディアに賛同したチェリストで作曲家のジョヴァンニ・ソッリマが書き下ろした。
物語の元になったのは、古代ギリシャの歴史著述家トゥキュディデスが残した『戦史』という歴史書だ。ペロポネソス戦争に自信でも参加したトゥキュディデスは、客観的な視点を失うことなく、古代の強国アテネと小さな島国ミロスのやりとりをまるで脇で見ていたかのように臨場感を持って書きのこした。その物語を現代の作家バリッコが対話劇として蘇らせたのが、今回の音楽劇の脚本というわけだ。
「降伏しないのなら、あなたたち(の国)を破壊します」
強国アテネと小国ミロスの書面での交渉のやりとりを、男装した2人の女優が演じた。それにナレーターがときおり加わった。争いがなくならない現代に生きる私たちにとって、決して人ごとではない物語だということが、次第にわかってくる。
ソッリマが書き下ろした劇中音楽をリハーサルではじめて演奏した時、アドリブが多いことに驚いた。『戦争』という曲では、チェロで鋭く強烈な音を出すことを求められた。ストーリーに沿って、朗読の合間には、まるで効果音のような小さな曲の断片が数多く挿入されていた。
視覚的にも、このステージは特殊だった。70名超のチェリストは普段のように指揮者を中心にした半円形には並ばない。四角い形に整列して並ぶことになったのだ。
そのうえ、舞台に上がってからしばらくして、私たちチェリストは一斉に奇妙な動きをすることになった。指揮者の合図とともに、座ったまま楽器の上下・前後を逆さまにして、ネックを太ももの間にはさみ、エンドピンが宙を指すように固定させて、束の間、チェロを「舞台美術」のように使う。
この演出は、作家であるバリッコのアイディアだった。
「チェロオーケストラの皆には、演奏だけではなく、舞台美術になってもらったり、コレオグラフィー(振り付け)にも参加してもらったりします」
儀式的に動きを揃えて、ゆっくりチェロを回転させる練習も何度も行った。
ステージに登場するときは、全員がごく普通を装ってあがった。しかし、ストーリーが中盤にさしかかったとき、ソロチェリストの独奏が鋭さを増し、トゥッティのチェリストたちがエンドピンを天に差し向ける。チェロのエンドピンは尖った剣、ボディは盾のようになって、人間の姿を隠す。こんな演出に参加するのは、誰もが初めてだった。
俳優3人とチェロオーケストラだけのごくシンプルな舞台で、70名強のチェロが回転するようすは効果的だったらしく、終演後、聴きにきてくれた人たちから声をかけられた。
朗読がすべておわったあと、エピローグのように演奏される曲『2叟の船』は一番長く、心を揺さぶるような美しいメロディをいくつも有していた。
「楽譜を見て。波のようなかたちの音形は、実際の波が起こっている海面だと思って、音量の変化をつけて!」と作曲家のソッリマ。自ら独奏チェロを立ち弾きしながら、歩き回って叫ぶ。
トゥキュディデスが書き残した記述によると、アテネはミロスの島を征服し、ミロス人の戦闘年齢以上の男性を全員処刑し、女性と子供を奴隷にしたという。それと同時に、もうひとつの答えが残されている。アテネがミロスと同じように小さい国ミティレーネを占領した時のエピソードだ。
アテネの人々は、議論の末、敗者たるミティレーネの国を征服するにあたって、男性全員の処刑、女性と子供の奴隷化という大量処刑をもたらす案か、罪の思い者だけ処刑する案かで決めかねていた。やがて下された大量処刑の命。その決断をのせて、1叟の船が出発した。
その日の夜、議論に加わった人々の多くが、自分たちの決断は正しかったのだろうかと思い始める。夜が明けて、人々は改めて結論を覆し、もう1叟の船を大急ぎで出発させる。先に出発した船を止めて、大量処刑を防ぐために。
2叟目の船は、人間愛をのせて必死に走る船だ、だから全力で演奏してほしい。指揮をしたメロッツィはそう語っていた。人間はどんなに残酷にもなれるが、それを考え直し、改めることもできる存在なのだという事実のもと、私たちは演奏した。
丘の頂上にあるスポレートの街には、ときおり風が勢いよく吹き抜ける。風は演奏者たちの間をすり抜けて、公演を聴きにきた人たちの頬を撫でて、広場を通っていく。
目に見えない、なんてことのない空気の動きだけれど、この夜のスポレートの風は、言葉と音楽をのせて、物語を届けていく意志と感触を持っているように吹いていた。
Photo/Text : 安田真子(Mako Yasuda)
弦楽器をこよなく愛する音楽ライター。2016年から2026年までオランダで活動。地域のイベントや市民オーケストラで 時たまチェロを弾いています。 http://makoyasuda.com/