■日曜・月曜定休
Closed on Sundays & Mondays
10:30~18:30
112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN
後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

音楽のまわりには、いつも忘れられない瞬間が生まれます。時間や空間を超えて、人や作品、記憶がつながる出会いの瞬間を捉え、エッセイ形式でお届けする連載です。
山を登りはじめてから1時間と少し。頂(いただき)にようやく到着して、私は大きく深呼吸をした。地表に目を落とすと、ざらざらした石灰岩がむきだしになっているところがあって、合間に銀色のトゲを輝かせる不思議な花が咲いていた。
巨大な面としてひろがる山肌を吹く風は、ときどき吹き飛ばされそうに力強い。
汗ばんだシャツが乾かないうちに、多くの登山仲間はウィンドブレーカーとともに羽織った。ようやく一息ついて周りを眺める余裕が生まれたことに気づく。
晴れた大きな空と周囲の山々を見渡していると、くすぐったいような達成感を覚えるとともに、都会で小さく縮こまっていた体や心がほぐれて、空を飛び交う鳥のように自由になっていくのを感じた。
山頂のあちこちに転がっているのは、私たちのリュックサックに加えて、カラフルなチェロのハードケースだ。自然のなかのロケーションでは、いつにもましてその形や色や目立っていて、まるで宇宙からやってきた物体のように、奇妙な存在感を醸し出している。
今回、私たち一行には、山に登ることのほかにも大切な使命があった。山頂でチェロを演奏するというものだ。
チェロを担いで登山して、山の上で演奏すること。それは、私たちの指導者であり登山愛好家のチェリスト、マリオ・ブルネロが生涯をかけて行ってきたアクティビティなのだった。
ブルネロが主導する一週間のチェロ・マスタークラスの一環として用意された軽登山の1日。私たちは、乗り合い自家用車の一軍をなし、サン・ジネシオという丘の上の街を早朝に出発した。
山間の小さな街を経由して、小一時間で登山口に到着。イタリア中部マルケ州のモンティ・シビッリーニ国立公園の一角は誰でも登れるけれど登りがいのあるほどよい軽登山コースとして選ばれた。
ブルネロ先生は自分の愛器マッジー二を入れたチェロケースを背負って、山登りの一行の先頭に立ち、すいすいと足を進めていく。あれよあれよという間にフェラーリ・レッドの真っ赤なチェロケースが遠ざかり、小さくなり、視界から消えていった。皆が一緒に出発していても、登るペースは人それぞれ。登山道に沿って、グループは前後に長く伸びていった。
先生の次に、プロの山岳ガイドの男性が続いた。山頂演奏をするためにチェロを持参したマスタークラス受講生たちの多くは、若者でも山登りの経験値があまりなく、先生のように素速くは登れない人も多かった。おばあちゃんと孫の2人連れは、後ろの方でゆっくりと焦らずに登る。
誰もが汗をかきながら、自分たちのペースを守りつつ、休憩を挟んで流動的におしゃべりの相手も変えながら、歩みを進めていった。
自分はというと、マスタークラスを一部だけ聴講するという気楽な身でチェロを背負っていないのに、歩き始めて10分ほどするとすっかり汗をかいていた。なだらかな山のゆるい傾斜の山道でも、心臓の鼓動はうるさいくらいに強く鳴っていった。
どんなに息が上がっても、他の受講生たちとのおしゃべりは止まらなかった。このマスタークラスを受講した背景や大好きなチェロのこと、それぞれの故郷の話、ここ数日で学んだことや感じていることなど、山という空間の開放感も手伝って、ジュニアからシニアまで、どの仲間とも話が弾んだ。
どうしてわざわざ山に登ってチェロを弾くのか。その理由はいくつもあると、第1回目のマスタークラスの登山で、ブルネロ先生は語った。
まず、山頂から見える周りの山々を見渡してほしい。山のなだらかな稜線をイメージしながらJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲を弾いたらどうだろう。私たちが自然から受けとれるインスピレーションには限りがない。
野外で、とりわけ山のように周りに囲いがない場所で楽器を弾くと、発見がある。コンサートホールで聴こえる音は、自分の音が5割、残りはホールの響き。だからこそ、残響がまったくない自然の中にときどき立ち返って、自分の音を確かめることには意味がある。
聴く人は、演奏を録画しないでほしい。いいと思ったものを他の人と共有したいと思う気持ちは大切だけれど、今ここであなたが聴ける音は、他の誰にも同じように伝えることはできない。今ここを楽しんでほしい。
ブルネロ先生は、第1回目のマスタークラスでこのような話をしてから、ジョヴァンニ・ソッリマが書き下ろした新曲「Il suon di lei」を初演した。近郊の町レカナーティ出身の有名詩人ジャコモ・レオパルディの作品がテーマになっていることから、登山したグループの中にいた受講生のパートナーの俳優や、地元の人たちは、ブルネロの指示に合わせて、音楽に重ねるように有名な詩を暗唱した。
第3回目の今回は、有志によるチェロ・アンサンブルの演奏が行われた。そこらの石を積み上げたり、チェロケースに腰掛けたり、ガーデンチェアを背負って登山したオランダ人に椅子を借りたりして、山頂のステージが完成。風の音に混じって聴こえるチェロの音はいかにも素朴で飾り気がなく、音量が小さくてもしっかり耳を捉えた。
山に行くと、化粧がすっかり落ちる。心が裸になる。
登山家でアマチュアチェリストのスイス人女性が、帰りの車中でそう教えてくれた。山に登る時は汗をかくから、お化粧が落ちるのは事実だが、それだけではない。
彼女が友人3人と泊まりがけの登山をした時、天候不順で山小屋に予定よりも長く閉じ込められたことがあるのだという。寒い日の夜、残り少なくなっていく紅茶のティーパック。底をついたと思ったのだが、実は友人のうち2人だけがこっそり残り少ないお茶を飲んでいたことが後で判明する。
いくら親しげな態度を装っても、登山のように身体的・精神的につらい環境で窮地に陥ると、本当はどれほど信頼できる「仲間」なのかが、すぐにわかる。彼女はそう話してくれた。登山を通して大自然に向かい合うと、まやかしは簡単にはげ落ちてしまうというわけだ。
一方で、汗をかいて同じ目標に向かって進んでいくと、心の距離が近くなることもある。山に登りながら、他の受講生たちと親しく話せたのは、そのおかげかもしれない。皆が同じ方向へと歩くので、対面で話すよりも話しやすく、黙っていても大丈夫。無理に話さなくても、風の音や山の景色がその隙間を埋めてくれる。表面的な話ではなく、将来の夢や今悩んでいることも、つい口をついて出てきた。
ブルネロ先生が言っていたことで、もうひとつ大事なことがあった。
チェロの演奏技術の上達においては、プロもアマチュアも、誰もが同じ道を通る。
山でもそうだ。山頂にたどり着く道の選択肢は多くない。環境のせいにせずに、自分ができることを一歩ずつ継続して続けることが、目指す高みへとつながっていく。
登山後の昼食会では、清々しい顔でおいしそうに食事をする皆の姿があった。一番楽しそうだったのがブルネロ先生。少年のように瞳を輝かせ、ランチが終わるとすぐにリハーサルに向かっていった。
大自然から充電したエネルギーを使って心を躍らせながら、次なる頂上を目指すチェリスト。その姿を目撃した私は、仲間たちと顔を見合わせた。このような先達に続く仲間たちに、心からエールを贈りながら。
Photo/Text : 安田真子(Mako Yasuda)
弦楽器をこよなく愛する音楽ライター。2016年から2026年までオランダで活動。地域のイベントや市民オーケストラで 時たまチェロを弾いています。 http://makoyasuda.com/