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Francesco Ruggieri

Violin Maker  c.1630-1698
CremonaItaly

ルジェリの作品とアマティの作品には、様式上の類似点が多く、そのため、フランチェスコ・ルジェリはニコロ・アマティの初期の弟子であったと長年考えられてきた。しかし、最近の研究では、アマティ工房の記録に、ルジェリの名が存在しないため、単にアマティ派から影響を受けたに留まるのではないかとの説が有力視されている。実際アマティの工房はクレモナ市の中心部に位置していたが、ルジェリの工房は城壁の外にあった。これは、教区が異なることを意味し、所属する教会によって住民が管理されていた当時のシステムにおいては、一般的にその交流は難しかった。しかし、ニコロ・アマティはルジェリの息子のゴッド・ファーザー(後見人)を務めたことが判っており、両家には親密な関係もあったようである。
 
クレモナに於けるアマティの優勢により、ルジェリが生前に大きな名声を築くことは無かったが、今日において彼の楽器はアマティのそれと同等の評価を得ている。彼の作品の多くは1670年から1680年に製作されたものであるが、これらはアマティ・モデルに非常に忠実である。当時の貴族の間では、「アマティ」の名前はすでにブランド化していたため、自身の楽器にニコロ・アマティのラベルを張って出荷することもあったようである。
 
ルジェリのヴァイオリン製作に与えた最大の貢献は、当時普及していたものより小さいサイズのチェロを開発したことである。彼は、初めてクレモナで小型のチェロを製作したヴァイオリン・メーカーであり、これはアンドレア・グァルネリアントニオ・ストラディヴァリよりも約20年先んじていた。そのため、ルジェリのチェロは、今日に於いても非常に評価が高い。
 
彼はジョヴァンニ・バッティスタ、ジアキント、ヴィンチェンツォの三人の息子と共同して製作を行っていたが、独立し成功するレベルまで達したのはヴィンチェンツォただ一人であった。

写真:Violin made by RUGGERI.Francesco.Cremona.1693