バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ・デルジェスは、
アントニオ・ストラディヴァリと並ぶ史上最高の巨匠である。両者の製作した楽器はコンセプトにおいて全く異なるため、単純に比較することは難しい。古今の一流演奏家においてもストラディヴァリ派とデルジェス派が存在するのみである。
彼は父親である
ジュゼッペ・グァルネリ・フィリウス・アンドレアの下で技術を学び、1714年から1722年まで手伝いとして働いた。1722年に結婚すると父親の工房を離れ、数年は製作から遠ざかっていたとようである。彼のオリジナル・ラベルをもつ作品は1720年代後半から存在するが、「デルジェス」の異名の由来となった、有名な「IHS(Iesus Hominem Salvatorの略、救いの人・イエスの意)」をラベル上に記載し始めるのは、1731年からである。ブレシア派より強い影響を受けたと見られ、アマティ派の伝統である広がったCバウツに
パオロ・マッジーニやガスパロ・ダ・サロの持つ、ブレシア派の大きなf字孔を見事に融合させ、独自のスタイルを確立した。どんな弓の圧力に於いても対応することができ、ストラディヴァリの甘美で明るい音質と重厚で暗い音質を併せ持つ。
1730年代中頃に、デルジェスは職人としての頂点を迎え、いくつかの魅惑的で美しい楽器を製作した。しかし、歯止めのきかない創造性、大胆不敵なデザイン、細工への無配慮など、デルジェスの特色が余すことなく表現されるのは、これより後期の楽器である。
デルジェスの名声が高まったのは、残念ながら彼の死後、19世紀半ばパガニーニが1743年製「カノーネ」を演奏してからである。その後、その評判はすぐに広まり、ストラディヴァリウスと肩を並べるまでになった。現存する個体数の少ないデルジェスはヴィルトゥオーゾのヴァイオリンとして世間の注目を集め、現在においては、ストラディヴァリウスよりも高値で取引されることも少なくない。
写真:Violin made by GUARNERI.Giuseppe del gesu, Cremona 1742 "Ex-Menuhin"