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François Xavier Tourte "Le jeune"

Bow Maker  1748-1835
ParisFrance

フランソワ・グザヴィエ・トルテはモダン弓製作の歴史に於いて最も重要な人物である。兄のニコラ・レオナールと区別するために「le Jeune(若い)」とも呼ばれる。彼の作る弓はこの上なく素晴らしく、高い操作性をもった名弓としてのみでなく、卓越した技巧による芸術品としての名声を得ており、最高額で市場取引される弓のひとつである。
 
彼は時計職人として働いていたが、1774年頃に弓製作に注力する様になった。1800年より自身の工房を「Quai de L’Ecole」に構えていたことが記録から明らかであるが、それ以前にも兄レオナールと共同で何らかの製作活動を行っていたと考えられている。1775年頃には、貴金属がなかなか手に入らない厳しい状況下であったフランス革命前、ノートルダム修道院にて働きながら、フランソワ・ルジューヌへフロッグへ金銀をあしらった弓を納めていたことが、研究かにより明らかになっている。
 
彼の生きた時代は、演奏者の技術と音質に於ける変化が、音を創造する道具(=楽器)の刷新を要求した、弓製作界に於ける変革の時期であった。スティックが長くなり、弓毛との関係上その形状も逆反りとなり、弓毛の張り調整のためにアジャスターと金属製のフェルールが追加された。これらの発明はトルテ兄弟とその父親ニコラ・ピエールによって生み出されたものの、モダン弓の真の設計者は、2人の偉大なヴァイオリニスト、ヴィオッティとクロイツェルと研究を重ねたトルテ"le Jeune"彼自身とされている。1800年以降は彼の黄金期とされ、当時のモデルはモダン弓の最終形として、以降多くの製作家が倣うこととなる。