■月曜・祝日定休
Closed on Mondays
& national holidays

10:30~19:00

112-0002 東京都文京区小石川2-2-13 1F
1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
Tokyo 112-0002 JAPAN

後楽園駅
丸の内線【4b出口】 南北線【8番出口】
KORAKUEN Station (M22, N11)
春日駅 三田線・大江戸線【6番出口】
KASUGA Station (E07)

楽器・弓の辞典

SEARCH

半角英数字のみ/空欄可

Jean Joseph Martin

Bow Maker  1837-1910
Paris, MirecourtSeveral

ジャン・ジョセフ・マルタンは1837年にミレクールで生まれた。父親が早くに亡くなったため、家計を助けるべく、かなり早い段階で製作を学んだ。21歳の時、彼はヴィヨームの下で働くためにパリへ移った。その旅費も賄うことができず、彼は10日間掛けて230マイルを歩いたという。彼の熱意と優れた技術により、当時の彼のヴィヨーム・スタイルの弓は、それまでに製作されたものの中で最高の品質を誇った。
 
1863年にはミレクールに戻り、豊富な技術とわずかな資金の下、自身の工房を始めた。1870年以降はアシスタントを雇い、メネソンとティボヴィーユ・ラミーへの納品を始めるなど、工房は活発になった。多くのメネソン向けの弓は、丸みを帯びたヘッドを持つヴィヨーム・スタイルで、「J.Guarini」のスタンプが押されている。ジョセフ・アルテュール・ヴィネロンは、彼のアシスタントの中で最も優れた製作者の一人である。残念なことに、1880年に事業が倒産し、彼は工房と自宅の両方を失った。彼は亡くなる1910年まで、忍耐力を持って自身のブランド「J.Martin」の弓を、惜しみなく高い品質で製作し続けた。