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空に飛び立つ4機のヘリコプター。その光景だけでも充分に人目を引きますが、機内では外から予想のつかないことが起こっていました。弦楽器奏者がヘッドフォンとマイクを装備し、ある前衛音楽の作品を演奏していたのです。

 写真:弦楽四重奏団を乗せ、離陸する4機のヘリコプター (c) Janiek Dam

シュトックハウゼンが遺した壮大なオペラ・シリーズの一幕

 

ヘリコプター弦楽四重奏』と呼ばれるこの作品は、電子音楽の祖であるドイツの作曲家カールハインツ・シュトックハウゼンによって書かれました。オペラ・シリーズ『光(原題: Licht)』のうち『水曜日』の一幕であり、4機のヘリコプターに別々に乗った弦楽四重奏奏者がひとつの曲を演奏する、という特殊な作品です。

同作品は、1995年にオランダで世界初演されました。その後、イギリスやフランスなどでも披露されましたが、今年6月になって初演の地アムステルダムで24年ぶりに上演されました。

ヘリコプターと弦楽四重奏という斬新な取り合わせ。一体どのような作品なのでしょうか。今回はその作品と背景に迫ります。

 

会場のGashouderはガス工場が改装された建物。高さ15メートル、広さが2500平米ある大きな空間で、数千人規模のイベントにも使われている 。写真は『光』の『日曜日』第2場「天使―行進」上演時の一場面。

写真:会場のGashouderはガス工場が改装された建物。高さ15メートル、広さが2500平米ある大きな空間で、数千人規模のイベントにも使われている 。写真は『光』の『日曜日』第2場「天使―行進」上演時の一場面。
(c) Ruth & Martin Walz, Dutch National Opera 

 



オペラ・シリーズ『光』は、前衛音楽の大家シュトックハウゼンが1977年から2003年という長期間にわたり、音楽だけではなく脚本や振付に関しても手がけたという、いわば魂のこもった作品です。7つの曜日の名前を冠したプログラムから構成されており、とても規模が大きいため、全編通しての上演はまだ実現されていない壮大なオペラです。

今年5月から6月にかけてアムステルダムのGashouderで開かれたオランダ芸術祭(Holland Festival)では、目玉公演のひとつとして『光』の一部が3種類のプログラムに再構成され、3回ずつ上演されました。1セット(3種類)通すと15時間かかりますが、そのごく一部を鑑賞するだけでも、音楽に添う神話的な物語と独特の世界観に魅了されてしまいます。今回は総勢386人がアーティストとして出演し、600人ものスタッフが製作に関わったという規模の大きさも圧倒的です。

 

■空飛ぶクァルテット誕生の背景

シュトックハウゼンが弦楽四重奏作品を手がけたのは、冒頭の『ヘリコプター弦楽四重奏』が初めてでした。インタビュー映像では「最初で最後になるでしょう。クラシックの様式の作品を書いたことは人生で一度もありませんでしたから」と語っています。

「弦楽四重奏は18世紀のプロトタイプで、作曲においては交響曲や協奏曲のように特殊な時代の型でした。(略)私はそういったものから距離を置き、交響曲や協奏曲の依頼も断ってきました。だから、この依頼(弦楽四重奏作品の委嘱)が来た時には『決してやるものか』と思いました。だがその後、夢を見て、全てが変わったのです。4人の音楽家が空を飛び、別々の空間で演奏する様子や、観客がコンサートホールに集うさまを思い浮かべました」(ドキュメンタリー映像のインタビューより抜粋。筆者訳)

未だかつて聴かれたことや演奏されたことがないものは、私にとって最も魅力的」だとも語ったシュトックハウゼン。『ヘリコプター弦楽四重奏』は、未知の表現方法を追い求めるその姿勢を象徴する作品といえそうです。

 

 

写真:舞台の4画面にヘリコプターの機内が映される。ライブ映像と音声は、各機から会場のミキサーに送られ、観客に届けられた。
(c) Ruth & Martin Walz, Dutch National Opera 

■大役を与えられた若手クァルテット

2019年6月2日夕方。国内外から駆けつけた観客が会場に集まりました。

司会者に招かれて舞台に登場したのは、デンハーグ王立音楽院の4人の学生たち。全員女性のクァルテットで、チェリストは10代という若さです。観客はヘリコプターの発着場へ向かう彼女たちを見送ったあと、舞台上のスクリーンに映るライブ映像を通して演奏の様子を見ることができました。

 

機材を積んだヘリコプターの機内は狭く、チェロ奏者はとりわけ苦労して楽器と共に乗り込み、ヘッドフォンとマイクを装着しました。扉が閉まり、いよいよヘリコプターが高度を上げていきます。その様子を固唾をのんで見守る観客……離陸時には演奏がもう始まっていて、ヘリコプターの音を真似るような細かいトレモロにグリッサンドが混じります。どこか即興のように聴こえても、実際は緻密に計算されていているこの音楽。初演時のリハーサル映像には、シュトックハウゼンが曲中の数をカウントする部分の声のトーンについてまで奏者に細かく指定する姿が残されています。

ヘリコプターの空中での動きも作品の一要素として組み込まれていて、高度を上げたり下げたり、移動したりする動きと音楽が同期して変化します。パタパタパタ……というヘリコプターのロータ回転音も音楽の一部として考慮されています。

 

ヘリコプターが高度を下げにかかったとき、ようやく余裕ができたのか、チェリストがぐるりと景色を見渡して、高揚した表情を浮かべました。そこで思い出されるのは、「空を飛ぶ夢」について語ったシュトックハウゼンのことでした。イメージを制限せずに大きく夢を描くこと。それが彼の伝えたかったメッセージのひとつだったのかもしれません。

この作品を演奏することは決して容易くありません。演奏者のヘッドフォンから他の楽器の音が聴こえないことや、視覚でコミュニケーションが取れないことなども難しさとして挙げられるでしょう。演奏に果敢に挑んだ若手プレイヤーたちに対して、観客は大きな拍手を送りました。

通常は音楽家や観客がひとつの場所に集まって初めて演奏が成り立つことを思うと、初演からほぼ四半世紀が過ぎた今なお、『ヘリコプター弦楽四重奏』はとても斬新な作品でありつづけます。

■クラウドファンディングで実現したリハーサル

なお、今回の『ヘリコプター弦楽四重奏』の上演前、本番同様のリハーサルを行うための資金として必要だった資金約3万ユーロは、クラウドファンディングの寄付金で賄われました。オランダの芸術関連のプロジェクト専用のクラウドファンディング・サイト『Voordekunst』を通して、2千円程度から参加できる気軽さもあってか、合計149口、総額3万600ユーロもの目標額を超える資金が集まったのです。

企業や資産家といったパトロンは珍しくありませんが、今回に関しては一般市民もパトロンとなって芸術活動を支援しました。支援者も参加したリハーサルの模様は映像で見られます。

 

▽『ヘリコプター弦楽四重奏』リハーサル映像

https://www.voordekunst.nl/projecten/8695-helikopter-streichquartett-aus-licht#updates

■次世代へと伝えられるシュトックハウゼンの音楽

今回、『光』の上演には、1988年から2018年までオランダ国立オペラ劇場のディレクターとして携わっていたピエール・アウディが舞台監督を担当し、シュトックハウゼンのミューズの一人だったオランダ人フルート奏者カティンカ・パスファーアは音楽監督として関わりました。このようなベテランに加え、ハーグ王立音楽院の学生ら若手も多数出演。学生たちは博士号の専攻として2年間かけて取り組み、作曲家と共演経験のある教師から指導を受けた上で本番を迎えました。音響や映像スタッフにも学生が加わり、普段はテクノ音楽やDJのイベントに使われるような音響や照明、映像の機器などをフル活用していた点も特徴的です。

電子音楽、電子・アコースティック音楽の先駆者シュトックハウゼンの音楽に直接触れた学生たち。こうして次の世代にも彼の音楽が伝わっていきます。

 
オペラ・シリーズ『光』の『水曜日』第2場「オーケストラ・ファイナリスト」の一シーン。11の楽器が登場し、「ソロを奏でながら空を飛ぶ」という場面が特殊加工された映像や照明を駆使して表現された。
 (c) Ruth & Martin Walz, Dutch National Opera

 

実は、シュトックハウゼンのオペラ・シリーズ『光』のうち最初に誕生した作品は、東京の国立劇場によって1977年に委嘱された現代雅楽作品「歴年」でした。今回、該当部分は上演されませんでしたが、『光』は日本とのつながりのある作品なのでした。

当記事ではオペラ全体の筋書や音楽的な要素について触れることができませんでしたが、ご興味のある方は同芸術祭の公式サイトやシュトックハウゼン財団などの情報をぜひご覧ください。

 

▽オランダ芸術祭『光』特設サイト 英語版 (注:音声が自動再生されます)

https://auslicht.com/en/

 

▽カールハインツ・シュトックハウゼン財団

http://www.karlheinzstockhausen.org/

取材・文/安田真子

プロフィール:オランダ在住。音楽ライター、チェロ弾き