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1F 2-2-13 Koishikawa, Bunkyo-ku,
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写真:Stradivarius,ASHMOLEON,2013,endpapers"View of Cremona,showing the Torazzo and Duomo on the right"より一部引用


バイオリン商 デビッド・ローリーの回想録
サンクトペテルブルク・その2


■ サンクトペテルブルクの車夫

いよいよサンクトペテルブルクの、六月の美しい日曜日の夕方に到着した。

駅では赤帽やあらゆる客引きでもみくちゃにされるのを逃れて、やっとの思いで英国の経営するホテルにたどり着いた。そこは小さなホテルでロシア語ばかりしか聞こえてこないような所だったが、フランス語ならば少し通じるようだった。
着いた翌日、私は到着の知らせと訪問の都合を問い合わせる短い書簡を貴婦人に書いた。すぐに快い返事が来た。
私はホールへ出て行って、ポーターに目的地に行く一番よい方法を相談した。立派な体格で飾りのついたものものしい服装をしたポーターは、私をフランス人と間違えてフランス語で語りかけてきた。
しかし彼は英語も流暢に話せたので、私の行きたい所を説明すると案内人を雇うことをすすめた。
写真:サンクトペテルブルク、宮殿広場の馬車

たまたま彼の知人が案内人で 名前をピリーといった。彼はサンクトペテルブルク生まれで、両親が英国人だったのである。案内料は一日につき1ポンドであったが、彼以上の案内人は探してもいないだろうということだった。

そこでピリーに迎えが出たが、程なくして彼はやってきた。
私はこの地に滞在中、なるべくいろいろな所を見物したかったので、この賢そうな青年を雇うことにした。ポーターが玄関へ出てロ笛を吹くと、すぐに横丁から四輪馬車がやってきた。彼は料金について車夫と長い間交渉を続けていたが、ついに手を振って去ったところをみると明らかに合意に達しなかったようだ。交渉は何度繰り返しても結果は同じであった。

しびれを切らした私は、 ピリーに「なぜあのポーターはわずか数コペックのことであんなに時間をかけて言い合うのか?」「料金表は持っていないのかい?」と尋ねた。

彼は「その様なものはありません。なぜなら車夫たちは字を読めないし、内容も理解できないのです。彼らが得た金額がすなわち料金なのです。

さらに「仮に一度でもあのポーターが車夫たちに交渉権を取られると、彼の主導権がなくなってしまう。」と言った。
ついにポーターは二台の馬車と料金を決めるところにこぎつけた。二台とも一人乗りだったので、一方に私が乗り、ピリーがもう一台の方に乗った。

幸いにも馬車の旅は短くて、料金の交渉で費やされた時間の間に行き着けた距離であった。
この幸いにもと言ったのは、舗装のない悪い道を堅い座席でガタガタと長時間やられるのは全く笑い事ではなかったから。

私がピリーに、「こんな短い道のりを馬車に乗るなんて馬鹿けているよ。」と言うと、「この様なホテルから旅行者が徒歩で出かけるとしたら、その人の威厳を傷つけるだけでなく、ホテル側の威信をも落としてしまうのです。それというのもロシア人がみな偏見に凝り固まっているからなのです。」とピリーが説明してくれた。

まあそういう事なら、私もまた何をか言わんやという心境であった。


■ 貴婦人の弦楽器コレクション


写真:Antonio STRADIVARI,CHARLES BEARE,1993,page310


貴婦人の家に着くと、彼女の執事長が私を丁重に迎え入れてくれた。
彼は早朝のため夫人直々には出迎えができない事を詫び、楽器に関して自分の知っている範囲の事をお話したいと申し出た。また実際、主人より自分の方が楽器について詳しく知っているというので、早速コレクションの置いてある音楽室に案内してもらった。

部屋には三丁のストラディヴァリウスのチェロ、数丁のヴァイオリンとヴィオラが一丁置いてあり、コレクションの王座を占めていたのは1721年作の黄金期のストラディヴァリウスのチェロであった。
第29話 ~珍しい体験・その1~へつづく