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バイオリン商 デビッド・ローリーの回想録
第10話 ストラディヴァリウスのチェロ・その2


三週間後、私はチェロをロンドンに持ち帰って、何人かの業者に見せたところ、そのうちの一人が結局、買うことになった。

最初にチェロのことを話したディーラーは、冷ややかな態度でさかんに不景気だとこばした。楽器をホテルに見にくるのさえもおっくうらしく、乗り合いでもつかまえてチェロを持って来てくれないだろうかと頼む有様であった。私は、せめて礼を欠くことのないよう丁重に、しかしきっぱりとお断りしたものだ。

もう一人の人は、とびつくようなことこそなかったが、それでも夜にはホテルへ見に行くからと言った。
所用をすませてホテルへ戻ってみると、最初に声をかけた業者が私の遅い帰館を、煙草をくゆらせながら待っていた。例のチェロを見せると、あれこれと細かい荒探しをしているところからみて、本当は気に入っているらしい様子がよくわかった。

私自身、このランクのものでは、これ以上のものはないという事を良く知っていた。彼は、私の言い値より100ポンド安くしてくれと言ったが、私は断った。すると、彼は譲歩してきて50ポンドでどうかと言うので、私は、はっきりとお断りしたら帰っていった。

夜遅くなって二人目の業者が訪ねて来て、再び同じ喜劇を演じた。彼は、帰り際に最初の業者がこの楽器を見たのかどうか聞くので、「見た」と答えると、ためらうことなくその場で購入を決定して、楽器を持っていってしまった。

ところが翌朝最初の業者が再び訪ねて来て、私の言い値で売ってくれと申し出たのだ。「楽器は売れて、もう買い主が持っていってしまいましたよ」と言うと、彼はしばらくの間、それが信じられないという風だったが、あとで彼ら二人は、同一のお客さんのためにチェロを探していたことがわかって、得心がいったようだ。

彼らのお客さんは、二人に対しそれぞれ、ストラディヴァリウスの良いチェロを見つけたら、すぐ知らせてくれと頼んでいたらしい。二人は同じ目的で動いていたわけだが、よくあるように、幸運は勇気ある者にほほえんだのであった。
私は、良い楽器を手に入れると、いつでも自分の知識を深めるために詳細にわたって調べて楽しむのだが、今回に限ってはその時間さえなく、すぐに手離してしまったのがとても残念である。

コレクターというものは、みな同じだと思うが、私自身、同好の人達に自分の珍品を見せて、その楽器の“つくり”や“音色”の美しさなどについて論じ合うのが楽しみだし、その楽しみのために、たくさんの楽器を手元に置いて売らずにおくこともたびたびあったが、こうすることで売る時期を逸するかもしれないという危具すら持ったことはなかった。

というのも経験からみて、売るチャンスもそれを買う人も、時機が必ずくると知っていたからである。
第11話 ~謎の名器・その1~へつづく