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小島で育つフェスティバル(前編) in Schiermonnikoog

アムステルダムから4時間半ほども離れたとある島に、遥か遠いアメリカからも学生が集まる弦楽器とピアノのマスタークラスがあります。

世界各地に数多のマスタークラスがある中で、どうしてオランダの小さな島が国内外の若者たちを惹きつけているのでしょうか。舞台となったスヒールモニコーフ島を訪れ、取材を行いました。


 

観光地で始まった音楽祭

オランダ本土の最北端からフェリーに乗って45分。アムステルダムからスヒールモニコーフ島まで公共交通を乗り継ぐと4時間ほどかかります。アムステルダムからパリまで3時間半で行けることを考えると、かなりの距離です。


舞台となるスヒールモニコーフ島は全長14km、幅3kmの島です。国立自然公園に指定されており、中央部には人口1000人に満たない小さな村があります。2分もあれば横切れる中心街には、ホテルが数軒とスーパーマーケットが一軒。
どの方向に歩き出しても、周囲には平原と池、干潟と海というシンプルな風景が広がります。

 

(写真/チェロの指導にあたるルーリングさん(左奥)と受講生)

 

フェスティバルの創設者は、オランダ人チェリストのイェルーン・ルーリングさんです。休暇で島を訪れ、「演奏会にぴったりの場所じゃないか」とひらめいたのが始まりでした。

一緒にいた親友はマーケティングの専門家で、「僕が資金を探すから、君は音楽家を探してくれ!」とイェルーンさんとともに音楽祭を作ることを決意。2人で力を合わせ、2002年に開催した室内楽コンサートの成功が契機となって、翌2003年の秋には音楽祭がスタートしました。


初年から毎年欠かさずに来島しているフランス人ヴァイオリニストのフィリップ・グラファンさんは、当時を振り返ってこう語ります。


「この島には昔からの友人のイェルーンに招かれて来たのが最初でした。ご覧の通り素晴らしい場所で、普段は取り上げない珍しい作品を皆で練習して演奏する場所、というのが初期のコンセプトでしたね」


そのうちに小規模のマスタークラスが始まりますが、次第に会場が足りなくなったため、2013年には春にマスタークラスと若手支援だけに特化して開催されました。
以降、春・秋のフェスティバルが年2回開かれています。


現在、マスタークラスには、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノ、そして室内楽のクラスが設けられています。今年の各楽器のクラスは各10名が定員で、日本人としてはヴィオラの田端音葉さん、チェンバロの大藤莞爾さんの2人が参加しました。

ヴィオラ、チェロのクラスには、それぞれ40名ほどの応募者から録音のオーディションで通過した10名ずつが選ばれました。室内楽のクラスには4団体が参加。応募者の全体数は、増加傾向にあります。

あえて固定の指導陣

今年の春のフェスティバルは3月8日から14日にかけて開催されました。期間中、指導者とコンサート出演者、受講生ら合わせて125名の音楽家が島に滞在しました。


ヴァイオリン科の指導はフィリップ・グラファンさん、チェロ科はルーリングさんとゲイリー・ホフマンさん、ヴィオラ科は今井信子さん、室内楽科はダネル弦楽四重奏団マーク・ダネルさんでした。豪華な顔ぶれです。

ピアノ科を指導したのは、ウィーンやエリザベート王妃音楽院で教鞭を執るアヴォ・クユムジアンさんでした。オランダのピアノ名教授として知られているヤン・ワインさん(2022年に逝去)の後を継いだ形です。

 

2013年の初開催から指導にあたる演奏家の顔ぶれがほとんど変わらないのには、理由があります。


「私は世界各地のマスタークラスで指導してきましたが、開催のたびに指導者が変わるとうまくいかないと感じていました。あの場所に行けばこの先生がいる、という規則性が大切なのです。3月にこの島に来ればこの先生たちがいる、と学生が分かる方がいいと思っています。

指導にあたる私たちには、一種の哲学があると思います。それは、何より音楽が第一であり、教えるのが大好きであること。指導し、共有し、一緒に経験して楽しんでいます」(ルーリングさん)


現在では欧州各国はもちろん、アメリカなど海外からも受講生が集まっています。
人口1000名弱の島にとっては、かなり大きなイベントです。


「音楽家に加えて1500名ものお客さんが来島するので、ちょっとした占領です。でも、春と冬は観光のオフシーズンなので、受け入れのキャパシティがある。だからこの静かで平穏な時期を選んでいます」


そう語るのは、昨年から新しく芸術監督として加わったカスパー・フォスさん。実はルーリングさんの息子の同級生で、小さい頃から島を訪れ、フェスティバルとともに成長してきた35歳のピアニストです。


今年は7日間のフェスティバル中に、約50のイベントが開かれました。非公開と公開のマスタークラスに加えて、屋外や教会でのコンサートや当日発表のサプライズ・プログラムを含む夜公演、自然公園の散策ツアーやドキュメンタリーの上映まで、プログラムは多彩です。

過去には、本土と島を繋ぐフェリー会社のオーナーとも協力して、フェリー上でのコンサートも開かれ、好評を博したそうです。


楽器ごとに開催される受講生コンサートも、若手にとっての『実験室』として重要な役割を果たしています。


「ステージで初めて演奏する曲や、音楽院で学ぶレパートリー、協奏曲の第一楽章などを弾く実験的なコンサートです。初めての曲というのはいつも難しいので、こういった機会は大切です」(グラファンさん)

プロカメラマンによるフォトセッションもプログラムの一環

成長のための多角的なサポート

演奏面以外手厚いサポートも、このフェスティバルとマスタークラスの特徴です。

 

受講生を対象にしたアーティスト写真の撮影会では3名ものカメラマンが集められ、海辺や砂丘など、独特の風景を生かしながら、一人ひとりの写真を撮っていきます。

 

レコーディングエンジニアも2名滞在し、演奏の録音や映像収録をサポートするので、滞在する間にマーケティング用の素材を一式揃えることができます。

 

 (写真/フォト・セッションでは島の風景をいかしたユニークなアーティスト写真が撮れる)

 

さらに、希望者は精神面のケア身体の使い方について、専門家からコーチング・セッションを受けられます。

 

「楽器のレッスンが主なアクティビティであり最重要。
それに加えて、今日の音楽業界では卒業後に自分の道を見つけていくのが大変なので、演奏以外のプログラムも充実させています。ウェブサイトを作ったり、舞台での意識の持ち方を学んだりといったことにも、若い音楽家には注意を払ってもらいたいと考えているのです。

 

オリンピックの試合に出るアスリートは大きな舞台に出ますが、クルーたちが後ろについている。だからこそ高い水準のパフォーマンスを発揮できる。どの音楽家もコーチを5人つけられるわけではありませんが、多くのプレーヤーはストレスや将来への不安にさいなまれているので、できるだけ手助けをしたいと考えています。

 

また、クラシック音楽の世界は今、変化しつつあります。20年前には人前であがってしまうことについて話す人はいませんでしたが、現在は違います。

第一段階は、舞台での不安について誰かに話すこと。誰もが舞台で経験していることですが、呼吸法や自分の身体、楽器をよく知ることも役立ちます。全身を使って演奏するのに、まだあまり意識されていません」(フォスさん)

今井信子さんのマスタークラス

客席から成長を見守る人々

今井信子さんの公開ヴィオラマスタークラスに足を運ぶと、平日の午後にもかかわらず、50名以上の人が詰めかけていました。


鳥の鳴き声が際立って聞こえるほどの静けさの中、教会にヴィオラのあたたかい音色が響き渡ります。レッスンに耳を傾けるのは、主に50代以上のお客さんたちです。楽器の構え方立ち方から音楽のイメージまで、学びは多方向に及ぶので、聴講していて飽きることがありません。


(写真/公開ヴィオラマスタークラスの水本桂さん(左)、受講生(中央)、今井信子さん(右) Photo:Mako Yasuda)

 

ベルギー人の受講生がシューマン”おとぎの絵本”の冒頭を弾きなおすとき、今井さんがこう一言アドバイスをしました。


「この部分、朝早くてまだ誰も起きていない時間、朝霧がかかっているような感じだと私は想像していて……もう一度弾いてみてもらえますか?」

その瞬間、聴衆の私たちも想像が広がる楽しさを味わいました。


レッスン中には終始笑いが絶えません。専門的な内容であっても、お客さんは一緒になって笑っているので、聴衆が内容を理解していることが伝わります。

今井さんが楽器をふわりと構えて少し奏でると、連れの方と顔を見合わせてうっとりするお客さんも……。実際にヴィオラを弾かなくても、聴衆としてヴィオラのレパートリーの理解を深め、もっと楽しむための知識が得られる場所だと感じました。さらに、ぐんぐん成長する学生たちの姿を見るのは喜びです。


「一週間かけて学生たちの成長を追うのが大好きなお客さんたちがいるんです。 楽器ごとのクラスのコンサートにも来て、成長を見て喜んでいるような方々。これが私たちのフェスティバルの大きな強みのひとつだと思います」とフォスさんは誇らしげです。


「受講生は島に降り立った瞬間、心配ごとやトラブルを向こう岸に置いてきて、ある種の閉じた空間に入っていき、短期間で成長します。全員が同じ場所に集まるので家族のような感じですし、ストレスがありません。人々は温かくて、皆がリラックスしています」

自然の中に音楽がある

実は、マスタークラスの創設を最初に言い出したのは、演奏で島を訪れた今井信子さんでした。


「このような健康的なところで集まれたら良いのでは、と言いはじめたのが最初でしたね。自然があって鳥がたくさん飛んでいて、空気がよくて。都市のような広告がない。自分を宣伝するような場所ではなく、静かで、勉強する場所という感じがぴったりだと思います。自然の中に音楽があるという感じです」


13日の夜公演では、クラス全員揃ってテレマンの2つのヴァイオリンのための組曲『ガリヴァー』、そしてビゼーのオペラ『カルメン』より”花の歌”をヴィオラ・アンサンブルで披露し、満員の聴衆を沸かせました。抜群のチームワークです。


(写真/クラス全員によるヴィオラアンサンブルは当日発表のサプライズ・プログラムの一部だった。10名のうち、3名はニューヨークからの参加)

 

「音楽を通して気持ちを分かち合い、音楽で繋がっている時が一番強い。彼らは自分たちだけで合奏練習をしていました。結局、皆が何か言わなければ発展しない状態だったわけです。

何でも躊躇しないで発言できるという環境や雰囲気など、自由があることが生徒にとって絶対に大事だと私は思います」(今井さん)


成長につながる学びの極意は、プロとして活躍し始める若手だけではなく、学ぶ人すべてに当てはまることなのかもしれません。今井さんがふと口にした私たちはいつも生徒であるべき」という言葉も心に響きました。

(写真/ヴィオラクラスの受講生(左)と水本桂さん(右))

 

ヴィオラクラスのピアノを担当したのは、ベルギー在住の水本桂さん。マスタークラス創設時に声をかけられ、「今井信子さんのクラスを担当したい」と名乗り出て以来、ヴィオラ科のレッスンやコンサートの専属ピアニストとして毎年島を訪れています。


「いつも世界から生徒が集まってくるのでレベルが高く、信子さんの雰囲気が相まってクラスもとても楽しい。有意義な時間で、私としては最高のマスタークラスです。

スタッフもフレンドリーで、全体的に雰囲気が良いです。有名な先生をただ集めたのではなく、もともと親しい先生方が集まっているので『自分たちで何かを作ろう』というエネルギーがあるのかなと思っています」(水本さん)

 


- 後編につづく -  

Photo : © Melle Meivogel & Schiermonnikoog Festival

Text : 安田真子(Mako Yasuda) 2016年よりオランダを拠点に活動する音楽ライター。市民オーケストラでチェロを弾いています。