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連載『心に響く、レジェンドからのメッセージ』

1984年から1993年まで、文京楽器が発行していた季刊誌Pygmalius(ピグマリウス)より、インタヴュー記事を復刻掲載します。当時、Pygmalius誌では古今東西のクラシック界の名演奏家に独占インタヴューを行っておりました。
レジェンドたちの時代を超えた普遍的な理念や音楽に対する思いなど、心に響くメッセージをどうぞお楽しみください。

第33回 ミッシャ・マイスキー / Mischa Maisky

引用元:季刊誌『Pygmalius』第22号 1988年7月1日発行
■ミッシャ・マイスキー

1947年ラトビア(旧ソビエト連邦)のリガ生まれ。18才でチャイコフスキー・コンクールに入賞するなど早くから才能を認められながらも一時は強制収容所で生活を送る。1972年イスラエルに亡命、翌年カサド国際コンクールで優勝。ムスティスラフ・ロストロポーヴィチやグレゴール・ピアティゴルスキーに師事。使用楽器は1720年製のモンタニアーナ。

1. 楽器と弓について

ー私と楽器というテーマでお話を伺っています。早速ですが、今お使いの楽器はモンタニアーナでしたね?


ええ、1720年ごろに作られたものです。


―いつごろからお使いですか?


1973年の終わりごろ見つけまして、74年の初めから弾いています。その当時は私の力で買うことは出来ませんでしたから、このチェロはニューヨークにあるイスラエル出版社基金が買い求めて私に貸し出してくれました。3年後に彼らから譲り受けました。だからこのチェロは74年からずっと弾いていることになりますね。


―このチェロは気に入ってますか。


ええ、とても気に入ってますよ。


ーどんなところが?


とてもオープンで、しかもシャープすぎる感じではなくて、とてもまとまっています。それに温かい音色が気に入っています。とても美しいチェロなのですが、不幸なことにこのチェロは誰かの手によってあまり上手くなくカットされてしまっているのです。ご存知のように、モンタニアーナのチェロはとても大型の楽器ですからね。だからオリジナルの状態ならばもっと良いだろうと思うととても残念なのですが、でも美しい楽器だと思っています。


―モンタニアーナは本当に大型なんですよね。


そうなんです、大きいんですね。チェロに関しては、偉大なメーカーの一人だと確信しています。今まで何本かのモンタニアーナのチェロを弾いてみましたが、良くないのは一本もなかったですね。


ーストラディバリのチェロを弾いたことがありますか?


自分で持ったことはありませんが、試してみたことはもちろんあります…ピアティゴルスキーのもとで学び始めた時、よく2人でデュオをやりました。で、彼が私のチェロを弾いて、私に彼のもっているストラディバリのうちの一本を弾かせたりもしました。もちろんそれ程長く使ったわけではありませんからそう詳しく知っているわけではありません。

1974年に香港で演奏会があった時のことですが、現地がとても高温のために、私はチェロを持たずに行きました。この時、チャールズ・ベア氏が私のために香港在住のコレクターの方から楽器を借りる手配をしてくれました。この時、彼のストラディバリのチェロを使って4回コンサートをしました。いずれにしても自分で所有したことはありません。もちろん嫌いだからというわけではありませんよ。(笑)


ー人と楽器との出会いというのはあると思いますか?


ええ、それはとても強くあると信じます。それはとても密接な関係ですし、とても重要なことだと思います。というのは、とても偉大な演奏家でも、素晴らしい楽器を持ちながら、お互いに「あっていない」ということは時としてあるし、その逆に、名の通っていない近代の楽器なのに、それ以上に素晴らしく鳴らして弾く人も知っています。楽器がとても重要だということは確信しています。また、私のチェロをもし他の人が弾けば、全く違う音の出し方をするだろうということも経験を通してよくわかっています。

でも私のチェロは、私が弾く方が良い音が出るし、他の人の楽器もまた、私が弾くよりその人が弾く方が良い音を出します。これは楽器と人との関係だと思うのです。だから楽器はとても大切だと思います。


ー弓は?


何本か持っていますけど、残念ながら特に好きなのはペカット・スクールのニコラ・メアー1本だけですね。(笑)
他にはラミーとかサルトリーや無名の弓しかありませんし...だから今、良い材質で、同じ傾向を持つ弓を最低2本は持ちたいので本当に集中して探しているんです。(笑)


ーメアーとペカットは同じ傾向の弓ではありませんか?


とても似ていますが、やはりペカットは別格ですね。今まで試した中で、岩崎洸さんの持っているペカットが最高でした。自分の楽器が、その弓で弾くとまるで違った音になるんです。弦の上に弓を置くと、ひとりでに弾けてしまうような…とても信じられないような弓でしたよ。いいトルテも試してみたことはありますが...でもね、このペカットが最高でしたね。こういう弓を持てる幸運者になりたいですね。(笑)


ーチェロを始めたのはいつごろのことですか?


8才の時です。


ー8才というのは早い方ですか?遅い方ですか?


まあ、どちらかというと遅い方でしょうか。現代では平均的にもっと5才とか6才とかで早く始める子供が多いですしね。


ーチェロを始めたきっかけは?


難しい質問です。私の場合は本当に全く憶えていないんです。まあ、推測することは出来ますが、10才上の姉がピアノを弾いていて、6才上の兄も当時バイオリンを弾いていました。だから私がチェロを選んだのは、たぶん兄弟でトリオを弾けるだろうと。ただ、私が選んで固執したのがチェロで、しかも自分自身の選択だったことだけは間違いありません。...後悔はないですね。ただ、世界中を回って、チェロを持ち運ぶ時だけはちよっと...フルートだったら良かったのになあと...(笑)ずっと楽でしょ。


―モンタニアーナの前にどんな楽器を弾いてきました?


モンタニアーナ以外には、いわゆる「グレートな」楽器は使っていません。大きなクエスチョンマーク付きのランドルフィと称するチェロをその前に使っていました。今のモンタニアーナを見つけることが出来て大変喜んでいます。

2. 弦のこだわり

ー好んで使う弦は?


私がただひとつ特にこだわるのは糸の下の色です。(笑)私はブルーが大好きなので...だからヤーガーの弦を使っていますが、私自身弦を選ぶのにはとても奇妙な理由だと思っています(笑)。誰も信じてくれませんが(笑)。でも本当にヤーガーはいい弦だと思いますし、ブルーが好きなので使っています。ガット弦は決して使いません。ステージでチェロを調弦するのは嫌いですから。人の前でチューニングをすることはステキだと思いませんから、緊急の場合を除いて舞台ではチューニングをしません。


ーそれでも、時にチューニングの下がることは?


ラッキーなことに僕のチェロの場合、ほとんどないみたいですね。ずっと同じ状態を維持出来るのは驚くべきことのようですよ。


ー以前あるチェリストが、舞台で演奏中にチューニングが急に下がってしまったために、途中で袖に一度下がったという話を聞きましたが…。


僕はね、むしろ弦をよく"切る"んですよ。今はそうでもないんですが、以前は多分ギネスブックの記録に載るんじゃない...(笑)。...1回のコンサートで、これだけ沢山の弦を切った人はいないでしょうね。かつて日曜日の朝にパリでリサイタルをしたことがあるのですが…あれは55分間の短いコンサートで、ラジオの生放送だったのです。その間に3本もの弦を切ったのです!


ーえ?55分間に3本も?


AとGとCと…信じられないでしょう。GとCは、まず切れるということはないんですよね。もし誰かがこんな話を私にしたとしても、まず信じられませんけど、その話が自分に起きたのですから(笑)。これが本当の話だということを自分が一番よく知っています(笑)。


ーでは、その時どうしたのですか?


それはもう、すぐに手早く取り替えて、そして弾き続けました。

3. オープンな気持ちでいる限り、学ぶことが非常に多い

ーところで、ご自分が影響を受けたと思う人はいますか?


影響を受けた人は沢山います。私はいつも他の音楽家のレコードを沢山聴くよう心がけていますし、チャンスがあればコンサートにも出かけます。…例えば今回日本にいる間も、8回の東京でのコンサートを含め、13回ものコンサートの間をぬって、他の、例えばアバドの室内楽にも行ったし、カザルスホールの堀米ゆず子のコンサートにも行ってきました。他にもチャンスがあればもちろん行きます。

チェリスト、バイオリニスト、偉大な指揮者やピアニスト、それに歌も…選んで聴きます。というのも、私がオープンな気持ちでいる限り、学ぶことが非常に多いということを良く知っているからです。私は、自分の中へ閉じこもってしまって、何らかの危険な習慣を変に身につけてしまうよりも、そうすることの方が健康的だと思っているのです。


ー特に好きな作曲家は?


それもとても難しい質問ですね(笑)。バッハはとても偉大な作曲家です。でも昨日弾いたショスタコービッチでも同じことを感じるのです。何を弾くにもその曲を愛してしまいます。それぞれ違う音楽を、それぞれ違うように弾ける能力があればなあと思います。…例えば、ある種の感動的なスピーチのように、音楽をプロデュースすることが音楽を表現する上で一番大切なことだと思っているのです。

…テクニックの完璧さの存在について、その意味は別として私は信用していません。テクニックが完璧というのは、ある種の幻想だと思います。もちろん、より完璧に弾くための努力や改良は常に必要です。"これで完璧になった”と思った人は、その瞬間にもう音楽をやめてしまう方がいい(笑)。私は「ベストコンサートは常にネクスト」つまり、未来にあると思っています。水平線に届きたいと思っているようなものです。…
なぜかというと、現在では例えばコンピューターに弾かせれば、テクニック上の完璧さならどんな人間よりも簡単に、しかも完璧に弾くのではありませんか?コンピューターに置き換えることの出来ない何かーある種の人間のバイブレーションーというものがあって、音楽を表現する上で最も重要だと思うのです。…人が経験や選択を通して得る情緒が大切なのです。


ー本当にその通りですね。


そのように音楽をプロデュースするためには、あなたの弾こうとする音楽を心から愛することが大切です。私の場合、愛することの出来ない曲は弾きません。


ーCDであなたの弾くバッハを聴いた時そう感じましたよ。


(笑)ええ、間違いなくそうです、とってもね。でもシューベルトでも、ブラームスでも同じように思うのです。だから作曲家を比較することは正しくないと思います。音楽はスポーツではないですからね(笑)。

日本へ来るたび相撲が好きでTVで毎日見るのですが、横綱大乃国が北勝海を2度もうちまかすと大乃国はナンバーワンだし、北勝海は2位でしよ、明白で簡単ですね。


―よく知ってますね(笑)。


でもね、音楽は全く違いますよね。誰も彼がナンバーワンだとか言えませんよね。レコードが一番売れているとか、コンサート・フィーが一番高いとかという計算が出来たとしても、その人がベストとは言えないでしょう。確かにベストの中の一人とは言えるかもしれませんが…

誰がベストかというのは、聴く人の特別な好みの問題で、人によってまったく違うし、存在しないものだと私は思うのです。同じ曲をピアニストが弾く、バイオリニストが、チェリストが弾く…まったく違うように弾きますね。それが"人間"的なので、一人一人がまったく違う、これが素晴らしいことなのですよね。


―音楽は国境のない言葉といいますね。


ええ、本当にそうですね。音楽はインターナショナルな言葉です。言葉や文化の違う世界中の人々と、音楽を通して対話出来るのですからね。幸せですね。


―若い人にアドバイスをいただけますか?


実際、今まで人に教えたことがありませんので…経験がないので専門的なアドバイスをというわけにはいきませんが...。若い人にとって常に何を優先すべきか、何が大切なのかを常に頭に置くことが最も重要なことだと私は考えます。私自身はこれまでのところ、一番大切なものは"音楽"だと思っています。楽器はただ音楽を表現するための道具だと思うのです。

よくあることですが、無意識にもちろん目的としてではないと思いますが、"楽器を弾く"ことにとらわれすぎると楽器を完璧に弾く練習ばかりしていて、優先順位が逆転してしまうんですね。とても危険なことですが、いかに上手く"楽器を弾く"能力があるか、いかに自分が上手く楽器を弾けるかを示すのはまったく重要ではないのです。いわゆる完璧に弾くことの意味は、少なくとも私にとっては音楽的なアイデアやフィーリングを表現するために大切なわけです。決してそれだけがゴールではないわけですね。これをいつも憶えておくことがとても大切だと思います。

このゆえに、あまりにも沢山、練習時間をかけないことが大切だと思っています。別の方法で─例えばスコアを読んだり、他の音楽家のレコードを聴いたり、また、例えばピアノだけで弾いてみたりとかすることによって、学ぶことがとても多いのです。

楽器を弾くという問題ではなく、楽器に対する"自由な発想"が湧いてくるわけです。弾くということは、いずれ解決出来るわけですから。だから、表現することは、楽器を弾くという問題の影響を受けない方が良いし、これが一番大切なことだと思います。チェリストに限らず、どんな音楽家にとってもね(笑)。


ーありがとうございました。