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楽器・弓の辞典

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Nicolas Leonard Tourte 'L'aine'

Bow Maker  1745-1807
Paris, MirecourtSeveral

フランソワ・グザビエ・トルテの兄である二コラ・レオナルド・トルテは1756年、10歳の頃より父親の二コラ・ピエールの下で修行を始めた。18世紀中頃に於いて、広い音質の幅を求め、演奏技術を変化させていったことが、弓の構造に全くの新しい要求を突きつけることとなった。1750年頃からの幾十年の間、製作者は実験的な製作を多く実施し、幾つかのモダン弓スタイルが並行して存在していた。彼のスタイルは、1769年にドイツ生まれのヴァイオリニスト、Wilhelm Cramerがパリへもたらした、ヘッドが高く重量の大きい「Cramer(クラーマー)」モデルを採用しているものが良く知られており、18世紀のバロック様式における演奏家達の間で人気を博した。後の「Viotti」モデルを採用した彼のモダン弓は、フランス革命の政治混乱の影響のために数が少ない。
 
1774年には弟のフランソワ・ザビエルと共同製作を始めたが、当時は楽器製作のルジューヌ家に少ない数を販売するに留まっていた。その後モダン弓が大きな人気を博し、労働制約が緩和された1776年に製作者に貴金属の使用が許される様になると、兄弟は市場の需要に合わせ製作を行うことが出来るようになった。
 
彼は「TOURTE L.」スタンプを用いたが、Louisの”L”と誤って認識されることで父親の弓と間違えられることもしばしばであった。1780年以降の作品の多くは弟の手が入っている。息子のシャルルも弓製作者として活躍した。