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心に響く、レジェンドからのメッセージ

1984年から1989年まで、文京楽器が発行していた季刊誌Pygmalius(ピグマリウス)より、インタヴュー記事を復刻掲載します。当時、Pygmalius誌では古今東西のクラシック界の名演奏家に独占インタヴューを行っておりました。
レジェンドたちの時代を超えた普遍的な理念や音楽に対する思いなど、心に響くメッセージをどうぞお楽しみください。

第1回 ダニエル・マジェスケ(ヴァイオリニスト)

写真:左がダニエル・マジェスケ氏 
引用元:Embed from Getty Images

ダニエル・マジェスケ / Daniel Majeske 1932ー1993

デトロイト出身。1969年から24年間に渡りクリーヴランド管弦楽団のコンサートマスターを務める。熱心なアマチュアヴァイオリニストだった父に最初の手ほどきをうけ、のちにフィラデルフィアの名門、カーティス音楽学校で本格的にヴァイオリンを学ぶ。
1959年にアシスタントコンサートマスター、1967年に準コンサートマスターを経て、2年後、クリーブランド管弦楽団を世界最高峰のオーケストラの一つにまで育て上げた、巨匠ジョージ・セルから第11代コンサートマスターに任命された。
ソリストとして100回以上の舞台の他、室内楽での録音を数多く行うなどプレイヤーとしての活躍と、音楽学校での頻繁なマスタークラスの開催や、地域の教会で日曜学校を教えるなど、教育者としても貢献した。

1.ヴァイオリンを始めたきっかけ

“裕福ではなかったが、いつも我が家は音楽とぬくもりに満ちていた”

—ヴァイオリンを始めたのは、いつ頃ですか。 

母によれば、私が5歳になる少し前ということです。4歳半を少し過ぎた頃ですね。母はピアノを、父はヴァイオリンを少し弾けるくらいの腕前でした。私の幼い頃はテレビもなかったので、週に一度は誰かが遊びに来て、みんなでデュエットやトリオを組んで演奏したり、美味しいものを食べたり、話をしたりして過ごしました。これは本当に楽しい思い出です。


ーヴァイオリンを始めようと思ったきっかけについて、教えて頂けますか。

あれは、1936年のクリスマス。私が初めて、7ドルか8ドルくらいのプレゼントをもらった時のことです。父が、「お前はピアノとヴァイオリンのどちらを選ぶかな?」と私に聞きました。当時幼かった私は考えて、ピアノの鍵盤は88個もあるのに、ヴァイオリンの弦はたった4本。そこで「ヴァイオリン!」と答えたのがきっかけです(笑)

そして父は、 私を近くの楽器店に連れて行ってくれました。そこではじめて買ったのが、安物の1/4サイズのヴァイオリン。何せ弓とケースも付けて、4ドルか5ドル程度でしたからね…。でも嬉しくて、すぐに練習を始めました。
父は毎日仕事から帰ってくると、まるで老人のように疲れ切っていました。それでも、帰宅後にレッスン時間を取ってくれる、私の良き先生でした。


ーお父様との想い出を、教えていただけますか。

私は一生懸命、昼間は練習をして、夜は父の前で披露してみせました。あの頃の私はヴァイオリンが楽しくて、父の「レッスンを始めようか」という言葉に、「イエス・サー!」と元気に答え、稽古をつけてもらったものです。そんな感じで、父のレッスンは2~3年ほど続きました。

他には・・・そうですね、ラジオを聴いていて、クラシック以外の音楽だとスイッチを切られてしまったことかな(笑) 少し大きくなってからは、コンサートによく連れて行ってもらいました。もちろんロックじゃありませんよ!


ー初めてコンサートに行った時の感想はいかがでしたか。

もう、とにかく信じられないくらい素晴らしかったです。今にして思えば、父は初心者だったのですね。いつも、変な音を私は聞いていたんだなと、そのときはじめて知りました(笑)
オーケストラの人々が、弦の上に指を置いて、上手になめらかに演奏するのを聴き、本当に感動しました。全身が震え、手に汗をかいていたのを覚えています。

2.演奏上達への道

“ヴァイオリン奏法の神髄は右手”

ーその後は、どんな先生にお付きになられたのですか。

チェイス先生に師事しました。今でも、彼にはとても感謝しています。チェイス先生は曲を全然やらせてくれずに、スケールやエチュードをたくさん練習するよう教わりました。当時は分からなかったのですが、これは後になって、本当に役に立ちました。小さい頃は、コンサートで見る演奏家の左手の動きに感動したものですが、本格的にヴァイオリンを習うようになると、実は右手の方が難しいということに気がつきました。

ー右手の難しさとは、具体的にはどんなことですか。

弓の方向を一定に保つことですね。それは、単純に腕を動かす方向だけではなく、右手の中で弓がどう反応しているかということも含めてです。これに気づいて、自分のものにするまでに随分と時間がかかりました。つまりバランスですね。これがヴァイオリン奏法の最も難しい点と言えるでしょうね。


ーなるほど、右手の技術は奥が深いのですね。プロの道をめざしたのは、いつ頃ですか。

14歳の時です。フィラデルフィアのカーティス音楽学校に入り、ガラミアン先生に師事しました。


※イヴァン・ガラミアン(1903‐1981)
ヴァイオリン教育者。カーティス音楽院やオバリン音楽大学、クリーブランド音楽学校から名誉博士号を授与され、英国王立音楽院から名誉会員に任命されている。渡米後の主要な門弟に、マイケル・レビンやピンカス・ズーカーマン、チョン・キョンファ、イツァーク・パールマン、ハイメ・ラレード、サイモン・スタンデイジ、ジョナサン・カーニー、カン・ドンスク、ベティ・ジェーン・ハーゲン、セルジュ・ルカ、デヴィッド・ナディアン、アーノルド・スタインハート、ジョシュア・ベル、深井硯章らがいる。

写真:現在のカーティス音楽学校

“ヴァイオリンが上手くなりたいのなら、美しい音を出す人を探すと良い。そして、どうしたらそんな音が出せるのか、よく考えること”

―ヴァイオリンを上達するためのコツを、教えていただけますか。

ヴァイオリンが上手くなりたいのなら、演奏を聴いて、美しい音を出す人を探すと良いでしょう。その人の音楽を聴いて楽しめる、そんな誰かを見つけるのです。そして、どうしたらそんな音が出せるのか、よく考えて見てください。よく聴いてみると、世界で立派な演奏家といわれる人達は、みんな違う音を奏でています。だから、例えばラジオから流れてくる演奏を聴いても、これは誰の演奏だなと分かるのです。

それともうひとつ、“有名”ということにこだわるのはやめることです。往々にして有名な人々は忙しくて練習する時間があまりとれず、必ずしも素晴らしい演奏をしてくれるとは限りません。

最後に、歌を勉強する事も良いですね。ヴァイオリンに限らず全ての楽器は、それこそ口笛だって素晴らしい音楽を奏でる人達は、“歌ごころ”を持っているからです。

3.良い楽器をえらぶためのヒント

“楽器を選ぶには健康状態とセットアップが肝心”

ー今まで何本くらいのヴァイオリンを弾いてきましたか。

分数ヴァイオリンからスタートしたので、10歳までに4本使いましたが、これはお世辞にも良いヴァイオリンでは無かったです。私の家はそれほど裕福ではなかったので、フルサイズになった時も、初めは父のおさがりを使っていました。しかし、だんだん腕が上がるにつれて、少しずつ良い楽器に買い替えました。


ー楽器を選ぶ際に気を付けていることは、なんでしょうか。

まず楽器の健康状態を見ます。 そしてどのような修理が施されているかなどもチェックします。あとはセットアップの状態です。駒などは特に気をつけてみますね。駒はとても大切で、ちょっとの高さや調整が悪くても、大変弾きにくく、良い音が出ませんからね。

ー今、お使いになっているヴァイオリンは、どんな楽器ですか。
私は今、ストラディヴァリを弾いています。1718年製のヴァイオリンで、”Marquis de Riviere”という名前のついた作品です。輝かしく甘美で、しかも深みのある豊かな音色を持っています。今ではこの上なく気に入っていますが、じつは第一印象はあまり良いものではありませんでした。
この楽器の前はガリアーノというナポリの製作者のヴァイオリンを弾いていました。ある時、ストラディヴァリに買い替えようと思い、私が信頼を置く楽器商ミューニッヒ&サン※に頼んで見せてもらいました。

しかし、実際に弾いてみると、これが天下のストラディヴァリかと疑うくらい弾きにくく、驚きました。 率直に言って、私のガリアーノの方がはるかに良いと感じました。しかし、その楽器商が言うには、この楽器に対してそう感じるのは、多分慣れていないからだろうと。彼はストラディヴァリをきちんと良い状態にすると言ってくれたので、私はそれを信じて調整が仕上がるのを待ちました。

そして、調整完了後にあらためて試奏してみると、その変化に気付きました。彼の言うように弾き慣れてないせいか、いくらか違和感もあったのですが、最も根本的な音色の良さは、確実にガリアーノよりも上だと実感しました。
例えていうなら、おなじ焼き加減のステーキでも、ただのフィレ肉とフィレ・ミニヨンを食べ比べているような感覚です(笑)

ミューニッヒ&サン(William Moenig & Son)
アメリカ・フィラデルフィアにあった100年以上の歴史をもつ老舗弦楽器商。2009年に閉店。

写真:”Marquis de Riviere”と同年に製作された Stradivarius "Mylnarski" 1718年
引用元:『Violin Iconography of Antonio Stradivari/ Herbert. k. Goodkind著』より p.497 

 

ーちなみに以前のガリアーノは、その後どうされたのですか。

私が7年間愛用していたガリアーノは、 セカンドヴァイオリンのトップを弾いている 、ゴールドシュミット氏(Bernhard Goldschmidt)が使っています。当時買い替えるつもりだと言っていたら、譲って欲しいと頼まれたので。


ーそれは幸運でしたね。普通、一度手放した楽器は、その後誰の元に渡ったか分からなくなることが多いですからね。

そうですよね。私の場合、同僚が使ってくれているおかげで、いつでも傍で見たり聴いてたりできる。とてもラッキーです。


ーガリアーノ以前にも、何かお使いでしたか。

その前はミラノのビジャッキ、1894年製のものを5年間。その前はシュリックという製作家のヴァイオリンを使っていました。これがまた、ユニークな出来事があったんですよ。

ある時、演奏旅行でカナダの国境を抜ける際に所持品検査があって、私はシュリック1本と言ったんです。しかし、相手はビールの銘柄の方のシュリックと誤解してしまったのです。それ以来、楽器の名前を詳しく言うのはやめました(笑)


ービールの名前と間違われてしまっては、面目ないですね(笑)


ー最後に、楽器を買い替える際の、コツはなんでしょうか。

まずは、正しく良いアドヴァイスをくれる人に、意見を求めることですね。どんな楽器も数年使えば自分の体の一部みたいに馴染みます。それと比べたら新しい楽器は、最初は誰にとっても弾きにくいことでしょう。なので、そういった点の加味した上で、適切な意見を述べてくれるアドヴァイザーを見つけることが良いと思います。
それともう一つは、バーゲン品に手を出すな、ということです。私はバーゲン品で得することは絶対ないと思っています。何か理由がなければ、損をしてまで安く売ることはないからです。