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新連載『我らが至宝―ヨーロッパの楽器博物館を訪ねて―』

第1回 ミッテンヴァルト・ヴァイオリン製作博物館

ヨーロッパの各地には、楽器や楽譜など、音楽にまつわるコレクションを有する楽器博物館や美術館が点在しています。
当連載では、博物館の館長や学芸員、専門家の方々に、個人的に思い入れのある楽器について存分に語っていただき、さまざまな楽器の魅力に迫ります。
今回は記念すべき第1回として、ミッテンヴァルト・ヴァイオリン製作博物館をご紹介いたします。

山あいに息づくドイツの伝統

イタリアからオーストリアとの国境を越えてすぐの場所に、ミッテンヴァルトの町があります。17世紀に始まった弦楽器製作が大成功をおさめ、弦楽器の一大生産地として国際的に名をはせた町です。弦楽器がお好きな読者なら、製作学校やコンクールを通して、耳にしたことがある地名ではないでしょうか。

ミッテンヴァルトの弦楽器作りの歴史は、マティアス・クロッツという一人の弦楽器職人から始まったといわれています。
1683年ミッテンヴァルトに生まれた彼は、10代でイタリア・パドヴァのリュート工房で修行に励みました。1678年にパドヴァで修行を終えてから1686年にミッテンヴァルトで結婚式を挙げるまで、クロッツがどこで何をしていたか、はっきりとした記録は残されていません。確かなことは、故郷に帰ったクロッツは楽器作りに本腰を入れ、その仕事は成功をおさめ、町全体に影響を与えていくような大規模な楽器製作と輸出につながるビジネスの始まりとなったことでした。

写真:ミッテンヴァルト・ヴァイオリン製作博物館の看板

ミッテンヴァルトの町が楽器作りで栄えたのは、他の地域とは違って独自の貿易権を持ち、国外の貿易拠点とつながりがあったこと、そして楽器作りに適した材木が手に入りやすかったことという利点があったからだと言われています。輸出された楽器は国を越え、幼少時のモーツァルトもミッテンヴァルト製のヴァイオリンを弾いていたという話があるほどです。

楽器博物館の成り立ち

20世紀に入ってから最後に残った2団体の楽器小売商社が生産をストップしたことをきっかけに、楽器博物館を開くことを主な目的に掲げた博物館協会が結成されました。協会メンバーとして地元の弦楽器職人やホテルオーナーといった市民が中心になって、1930年にミッテンヴァルト・ヴァイオリン製作博物館のオープンにこぎつけました。

1960年には、町内で記録されている中で一番古い建物へと移転。マティアス・クロッツの銅像のある教会のすぐ裏手、フレスコ画の残る住宅に囲まれたところにあります。18世紀から20世紀にかけて楽器製作を営む人々が住んでいた場所なのだそうです。

当初から同館のコレクションにある楽器は、地元のBaader家などから買い集められたものでした。15年前からは博物館組合、Wolfgang Zuntererさんと館長のコンスタンセ・ウェルナー(Constanze Werner)さんが加わり、さらなる収集活動を進めています。

写真:館内に再現された弦楽器工房
館内には2フロアにわたって、ヴァイオリンをはじめとする擦弦楽器や、リュートやギターが展示されています。
外からは小ぢんまりとして見えましたが、2階にはバロックから20世紀に至るまでの多数の弦楽器がずらりと並んでいて、見ごたえがあります。

ミッテンヴァルトの楽器製作の中心的存在だった初期のクロッツ家の製作家の作品をほぼ網羅しているほか、クロッツとは作風の異なる楽器を手掛けたインスブルック近郊のヤコブ・シュタイナーのヴァイオリンなども展示されています。

ミッテンヴァルトに所縁のある楽器はもちろん、楽器の証明書や手紙などの資料、絵画や写真なども展示されています。
さらに、ヴァイオリン作りに関する基本的な知識を得られるような、音声ガイドやパネルも英語・ドイツ語の両方で用意されていました。

写真:楽器作りの工程を説明するパネル

我らが至宝 – 初代クロッツのヴィオラ –

今回は、この博物館に関わる二人のスペシャリストから、それぞれにとって一番思い入れのある展示品について教えていただきました。

まずは、館長のコンスタンセ・ウェルナーさん。ウェルナーさんは同楽器博物館および近郊の町オーバーアマガウの美術館のディレクターを務めています。
彼女にとっての特別な一台とは、どの楽器なのでしょうか。

「個人的には、マティアス・クロッツの1715年製のヴィオラに最も愛着があります。10年前にベルギーの由緒ある一家から購入することができたのですが、当時、マティアス・クロッツによるヴィオラとして知られているものの中でこれが最も古い楽器でした。その間に、より年代の若い1704年製の楽器があることを知りましたが、そちらは今でも個人に所有されています。
私たちのヴィオラは作られてからから間もなく買い取られ、1715年にはすでにベルギーの一家の手元にあったので、作られた当時のまま、オリジナルの状態を維持しています。これは非常に珍しいことなのです。私たちが知るかぎりでは、5台現存するヴィオラのうちの1台でもあります」

この端正なヴィオラを手掛けた、ミッテンヴァルトのヴァイオリン製作の創始者たるマティアス・クロッツ。彼の情熱と尽力があったからこそ、この地で弦楽器製作が広まり、一大産業が生まれました。その背景を考えると、ウェルナーさんの思い入れの深さも頷けます。

♪ 別連載のページにて、マティアス・クロッツについての記事があります。ご興味のある方はぜひご一読ください。 https://www.bunkyo-gakki.com/stories/yomimono/worldmakers/kloz

写真:マティアス・クロッツによる1715年製のヴィオラ

我らが至宝 –3台の小さなヴァイオリン–

一方、地元の弦楽器製作者で、35年前から同博物館のために収集活動をしてきたライナー・レオンハルト(Rainer W. Leonhardt)さん。同博物館のアドバイザリー・ボードを務めています。

「私たちは本物のラベル、署名のあるものだけを選んで、楽器や弓、絵画の収集活動をしています。予算は小さいのですが、ミッテンヴァルトに所縁のあるアーティストの作品を全て集めるべく励んでいます。コレクションの中には(作られてから)150年経ってミッテンヴァルトに戻ってきた絵画があれば、250年後にお家に帰ってきたという楽器もあるんですよ」(レオンハルトさん)

レオンハルトさんにとって特別に思い入れがあるのは、3台並べて展示されているピッコロ・ヴァイオリン。どれも1800年頃に作られたもので、スクロールの形がハート型になっていたり、f字孔の形なども個性的な楽器です。

「(左から)それぞれJoseph Rieger、Anton Zwerger、Andreas Röschによるものです。
(ピッコロ・ヴァイオリンには)特別な決めごとやサイズがないので、彼らは必要に応じて望みどおりに作ったのです。スクロールについても決められたルールはありませんでした。フルサイズのヴァイオリンに近いですが、ボディに関してはずっと小さい。これらの楽器は、旅をして回る時にポケットに入れられるよう作られたのです。ポシェットヴァイオリンと同様ですね。
そのうちの1つはかなり前から所蔵品にあるものです。もう1つは、とある古い家にあったBaader & Companyのコレクションから見つけ出したもの。残りの1つは、ヴァイオリン製作学校の校長を務めていたKonrad Leonhardtのコレクションから手に入れました。このような楽器を見つけるのは至難の業ですよ。3台も完璧なコンディションで持てることは、とても幸運なことです」(レオンハルトさん)

歴史ある製作学校のある町

ミッテンヴァルトには、国際的に知られる州立のヴァイオリン製作学校があります。1858年に開校され、1960年代には日本人ヴァイオリン製作者の先駆けとなった無量塔蔵六さんも通った学校です。同博物館とはどのような関わりがあるのでしょうか。

「数年前、製作学校と共同で展覧会を開きました。製作学校の先生や生徒は私たちのコレクションを見に来てくれていますし、学生たちがイタリアやフランスからのグループを案内することもあります。館内では製作学校についての映像を見ることができますし、連絡を取り合っています」(ウェルナーさん)

1989年には楽器製作コンクールが初めて開催され、2018年には第8回目の国際コンクールが開催されました。ミッテンヴァルトには現在でも弦楽器製作工房が9件あり、未来の弦楽器製作家が世界各地から集う場所でもあります。

博物館には、現代の私たちを見守るかのように、400年前以上にこの地で楽器作りを始めた製作者の作品がずらりと並んでいます。時を越えて、作り手の静かな情熱が伝わってくる楽器たちに出会えました。


《information》
ミッテンヴァルト・ヴァイオリン製作博物館(Geigenbaumuseum)
http://www.geigenbaumuseum-mittenwald.de/

取材・文・写真 / 安田真子